■ ゆとり世代 平和と戦争どっちかというと戦争の方が人生を色濃くするだろう。様の意見
三島由紀夫は田母神さんのように、冗談が好きな人だったんでしょうかね。
まぁ、自衛隊、憲法9条について言及、とかその二つの共通点だけで三島由紀夫と重ね合わせるのは、幼稚な観念だと思います。
三島由紀夫は決して、憲法九条だけに身をやつして死んだわけではないということだけは言わせてください。
あとね、現実みよう。9条じゃ先制攻撃ができない→アメリカに頼む→なんか、ださい→九条改正→諸外国反発→経済封鎖とかされちゃう→日本の経済大ピンチ→右翼が騒ぎ出す、歓喜に満ちあふれた顔で自衛隊を出動させようとデモる→待ちに待った戦争!みんな死のうぜ!ともに闘って!
最高の未来が開けますね。
実質、自衛隊自体実質的に憲法違反(漢字が連なったけど)だと三島由紀夫はいってるんです。三島由紀夫は自決の演説で「自衛隊が国軍となるチャンスは逃した」という趣旨のことをいっている。
現代はもう、諸外国(特にアジア)に逆らってあからさまに動けないんです。だいたい、戦争になったら法律なんて効力持たないと思うんだけど。憲法憲法五月蠅いんだよ(本心が出てしまった)。日本を護る気持があるなら、体力作りにいそしみやがれって思いますね正直。あんたらは観念界のお遊びの域をでていない。と思います。少し言葉が乱れました。すみませんでした。
■ 霊界の住人のコメント
あなたの方こそ現実が全く見えていない。
日本は法治国家であるという事をお忘れか?
法を無視していては何も出来ないし、何も動かない。
不具合が生じているのに、その部分に手を加えなければ問題は何も改善されない。
それに、何故憲法九条の改正が戦争に繋がると考えるのか、その短絡思考にはホトホト呆れてものが言えない。
「9条じゃ先制攻撃ができない→アメリカに頼む→なんか、ださい→九条改正→諸外国反発→経済封鎖とかされちゃう→日本の経済大ピンチ→右翼が騒ぎ出す、歓喜に満ちあふれた顔で自衛隊を出動させようとデモる→待ちに待った戦争!みんな死のうぜ!ともに闘って!」
上記のカッコ内はあなたが見ている現実から予想される未来であるようだが、これを本気で言っているのならただの世間知らずだし、国民の意識を誘導しようとしているのであればとてもお粗末なものだ。
戦争をするには多大なリスクを伴う。
国がその決断を下すのは容易なことでは無い。
その多大なリスクを押してでも決断しなければ守れないと判断された場合のみ、最後の手段として開戦を決断するだろう。
あなたは一国家が戦争を決断する過程を軽く考え過ぎているし、国民一人一人の命に対する国家の責任を甘く見過ぎている。
あなた自身の命に対する認識が甘いからなのだろうか?
それとも戦争は簡単に出来るものだとでも思っているのかな?
あなたの認識だと、日本の周囲は自国を防衛することすら許さないほどの敵だらけで、日本には戦争になる事を待ち望んでいる人間で埋め尽くされているのか。
そして、自分の死に様を想像して、その姿に酔いしれながら戦いに身を投じて命を落とすのか…。
事前策を何も打ち出さずに自国を追い詰めさせ、わざわざ他国に戦いを挑んで自分の死に酔いしれるとは、何とも物騒なマゾヒストでナルシストな国だな。
わざわざ誘っていじめさせるとは何とも高度なテクニックだ。
防衛することすら許さず日本を追い詰める周辺国は、差し詰めサディスト国と言ったところか?
物騒なマゾヒストで埋め尽くされている日本なら、いくら領土問題で脅かされても何も対処しないでいるのも納得できる話か。
あなたの認識だと、マゾヒストな日本はサディスト国に責め苛まれることに喜びでも感じて、今か今かと開戦するその日を指折り数えてでもいるのかな?
そんな国には住みたくないなぁ…。
何の為に憲法九条改正の必要性が訴えられているのかという、その根拠の部分を無視しているのではお話にならない。
戦争を仕掛ける為に改正しようなどとは誰も言っていないだろう。
あなたは一国の国防を何だとお思いか?
それ以前に、国家を何だとお思いか?と問いたい。
国が脅かされているのに適切な対処ができないように憲法が足枷になってしまうのであれば、その憲法の方を改善する必要があると考えるのは自然な考えでは無いのか?
法はあっても無きに等しい無法国家なら別なのかもしれないが、日本は法治国家なのだから、不具合が生じたならば制度自体を変えようと考えるのは当たり前のこと。
そもそも、憲法九条の概念が世界の共通認識であれば、日本が他国の脅威に晒され、警戒して憲法を改正する必要など無いのだ。
もし仮に憲法九条を改正する必要が無いというのであれば、その根拠を具体的に示すのが筋だろう。
それから、日本は一部の極端な考えの人間だけで構成され運営されているわけでは無い。
様々な考えを持った、様々な人間が一国民として日本を支えている。
一部の極端な考えの持ち主の言いなりで国が動くと本気で考えているのであれば、あなたの想像力は何ともお粗末なものだ。
例え一部の人間の思惑通りに事が運び、一時的に極端な方向に流れたとしても、すぐに揺り戻し現象が起き、極端な状態が何時までも保たれるということはありえない。
日本は独裁国家ではなく民主主義国家なのだから、極端に偏った状態がそのまま放置されることはありえない。
気付いた側から改善しようと試みることだろう。
戦争の為に軍隊を持つのでは無い、防衛の為に軍隊を持つのだ。
その違いがあなたには解らないのか?
大変残念なことであるが、世界はまだとても身勝手で野蛮で残酷な考えの基に成り立っていると言っていい状態だ。
今の世界はとてもではないが秩序が安定して保たれているとは言えない。
まだまだ世界は無防備でいられるほど安全では無いのだ。
防衛のためではなく他国を脅かすために軍事力を強化している国がある中で、確実に生き残るには強い軍隊を有する国と協力関係を結ぶか、自国で強い軍隊を備えようと考えるのは当然であろう。
今の日本は、折角セキュリティーシステムを備えていながら実質稼動していない施設のようなものである。
それどころか、その折角のセキュリティーシステムでさえ失われようとしてはいないか?
それでいかにして国民の命を守るのか?
あなたは最初から日本の軍隊=悪という基準で、結論ありきで物事を考えているのではないか?
憲法九条の改正が諸外国の反発を生むというその根拠は一体何であるのか?
諸外国(特にアジア)というは具体的にどの国の事を指しているのか?
あなたの話はとても曖昧で具体性に欠ける。
あなたの話は、一部の偏った情報を基に考えた勝手な思い込みによる感想文に過ぎない。
あなたは一体何がしたいのか?
あなたはもっと人間の本質を学んだ方が良いだろう。
あなたは有事になれば法律が効力を持たなくなると思うというが、もし仮にその様に国としての体を成さない状態に陥ったとして、身体を鍛えただけの一民間人に一体何が出来るのか?
それ以前に、国の体をなさなくなれば即敗戦となる。
トップからの指令が行き届かず、統制も取れない状況下では戦争以前の問題で、即占拠されてお仕舞だ。
その様な状況下で、いかに一民間人がバラバラに奮闘しても国防には繋がらない。
何の心得も無く、統制も取れず、それぞれ好き勝手に力をふるえばそれで全てが解決するのか?
きちんと統制の取れた組織で訓練を受けてこそ、いざ有事の時に役立つのでは無いのか?
いくら身体だけ鍛えていても、軍隊という組織の中で訓練を受け、ある程度統制が取れている敵を相手にするにはかなり勇気がいると思うが、果たして身体を鍛えただけの何の武器も持たない一民間人が、複数の兵士から銃を向けられて冷静に対処できるのか?
あなたは、果たして自分の頭に銃を突きつけられても同じ事が言えるのか。
もし仮に、兵士と同じだけの働きが出来るように訓練するとしても、普段の生活はどうするのか?
片手間の付け焼刃では、いざと言う時に役立つほどの訓練は難しいと思うのだが。
それに、個人の能力がいくら高くとも、集団行動になったときに秩序が保てなければ、その能力をいくらも発揮する事が出来ないのではないか。
個々に身体を鍛えたくらいでは国を護る事は出来ない。
それこそ甘えた考えだ。
組織として秩序が保たれてこそ、それぞれの能力が遺憾無く発揮されるのだ。
秩序の乱れはそのまま隙に繋がり弱みとなる。
もし仮に有事になったとしても、法の効力が失われて秩序が乱れることの無いように、きちんと整備しておくのは必要なことであるのでは無いか?
現状では維持できないと思われるのであれば、改善されて当然であると思うのだが。
事前にあらゆる事態を想定して法を整備するのは当然の事であるのに、何故そんなにも拒絶反応を起こすのか理解に苦しむ。
そもそも、日本の憲法に関して外国がとやかく言う筋合いのものではないだろう。
身勝手な振る舞いで無秩序に他国を脅かすのは暴力以外のなにものでもないが、自国民を守る為の備えとして整える防衛力強化は単なる暴力行為とは異なる。
日本は脅かしている方ではなく、脅かされている方である事は周知の事実だ。
国家の存亡を左右するような、防衛力強化のための話し合いにすら拒絶反応を示す外国の言いなりでは日本は自国民を守れない。
反発すると予想される外国は、日本の代わりに日本国民を守ってくれるのか?
日本を脅かしている国に対して、日本の代わりに牽制して考えを改めさせてくれるとでも言うのか?
日本が他国に攻め込まれたときに、それら反発した外国は自国民の命をかけてまで、日本の代わりに日本国民の命を守るために戦ってくれるのか?
自国の国益に適いもしない、そんな面倒事を誰が日本の代わりにやってくれるのか?
周辺国に配慮する事と言いなりになることは全く異なる。
自国の安全を確保できて初めて周辺国に配慮できるのだ。
自国が危機的状況であるのに、外国に反発されるからと言って防衛力を強化しないなら、それはただの馬鹿だ。
それに、軍隊を有し、日本を脅かしている側の国が文句を言える立場には無い。
日本に無防備なままでいて欲しいなら、自分も軍隊を手放し、無防備宣言をすべきであろう。
自分は軍事強化しておいて、日本だけ無防備でいろと言うのはご都合主義の典型ではないか?
自衛隊が憲法違反なら、憲法を改正すれば良いだけの話だろう。
ここは日本、外国人の為にある国ではなく日本人の為にある国なのだ。
日本人の為にある国なのに、何故日本人が肩身の狭い思いをしながら怯え暮らさなければならないのか?
それでは国家の存在意義が失われる。
あなたの思考の中心は常に諸外国。
そこに日本は存在していない。
日本を中心にして物事を考えた時に、果たして同じ事が言えるだろうか?
(2011年2月27日)
最後に「言葉が乱れました」とありますが、ご意見の趣旨が掴み難いので、あるいはご意見の意図を読み違えている部分があるかも知れません。
霊界の住人の皆様も、霊媒の意識を通じて文章の意味を理解しますので、霊媒が正確に意味を理解しやすい様に簡潔な文章を書いて頂けると、意図した回答を得やすいと思います。
それから、『三島由紀夫』と名乗る霊について若干補足します。
三島霊は、生前の自身の考えや行動について「今から振り返っても、当時の自分が間違っているとは思わないし、後悔もしていない」と述べております。
その一方で、「当時は分からなかった様々な物事が見える様になってくるにつれて、もっと効果的な方法があったのかも知れないと思う様になった」そうです。
【Silvercord】管理人
2月28日現在回答待ちの質問
下記のご質問につきましては、回答に時間が掛かっておりますので、しばらくお待ち下さい。
- 記事【狡さと賢さは別物】のコメント欄からお寄せ頂いたはつゆき様の質問「欧州と中国で、行動の中心にある概念が異なる理由」について
12 件のコメント:
ゆとり世代(長いお名前なので以下省略します)様の御意見と、霊界の方のコメント、ほか最近の投稿などを読んでみますと、「感情」についての考察のわかりやすい形が提示されている時期なのかなと思います。
ゆとり世代様が述べていらしたご意見からは、ご本人がどう生きたいのか、なにを望んでいるのかは、わかりませんでした。ただ、憤っていらっしゃることはわかりました。熟考しての御意見ではないのかなとも思います。
日本国憲法9条は、敗戦国日本が付きつけられた憲法であり、それを押し付けたのは戦争好きな国家、米国です。勝った国が負けた国に対して、2度と刃向うことができないように処置を施すのは当然なことでしょう。それでも、この憲法を制定するにあたって、日本側はかなり頑張って主張を入れさせたようですが。この押し付けられた憲法の基でも、日本は立派にやってきたと思います。まるでスポーツ界でのルールの改正の一件のごとくに。そういう日本だからこそ、脅威に思う国々、頼りに思う国々があるのだと思います。脅威に思う国々はもし憲法が改正されたら、日本が自分たちに仕返しをするだろうと思ってびくびくしているのでしょう。自ら創り出した不安で、疑心暗鬼にしか生きられなくなっているのではないかと。その不安をごまかす為に、さらに虚勢を張り、高圧的な態度をとり、話し合いには応じもせずに、持論を押し付けているように思います。それらの不安を手放してくれないと、協力的な関係は世界に構築できないのかと、うんざりしてしまいます。 でも、自分も疑心暗鬼になった時があるし、それは越えられないものではありませんでした。国家と個人は規模も事情も違うとはいえ、どんな国、社会にも、気づく人はいるだろうし、投げやりにならないで、一つ一つ越えていくつもりでいますけれど。
「霊界の住人」様のおっしゃるとおりですね。
憲法9条は改正するべきです。
これだけ近隣諸国から刃を向けられているのにいつまでも丸腰のままでどうするんですか。
悪意のある外国から攻められて無条件降伏するのでしょうか?
そろそろ自分の国のことは自分で決めるべきです。
baseheat様
世の中の様々な出来事に関心を持ち、少しずつ“世の中の仕組み”を知って行くにつれて、「何と理不尽な!」と憤りの感情を募らせてしまうのは、どうしても避けて通れない道であると思います。
ただ、そこで最初から諦めてしまうのか、憤るに任せて暴れてしまうのか、はたまた理不尽な状況を変える為に試行錯誤するのかによって、その後の展開も変わって行くでしょう。
さて、憲法九条が米国から押しつけられたとのご意見ですが、私は日本国民が自ら望んで(九条を含む)日本国憲法を抱え込んできたのだと思います。
確かに、日本国憲法は占領下で制定されておりますから、例えばハーグ陸戦条約に照らしても、正当性があるのか疑わしい所です。
しかし、占領下で制定した憲法に不服があれば、独立回復後に憲法改正を行わなかったのはなぜでしょうか。
独立回復して間もなくの頃でしたらともかく、もうすぐ独立回復から60年を迎えようとしております。
しかも、ハードルが高いとはいえ、改憲規定も設けられておりました。
日本国民が日本国憲法についての問題意識を共有できれば、もっと早い時期に憲法の見直しが行われていたでしょう。
結局、現行憲法に付いての問題意識を持つ国民は少数派であり、多くの国民は現行憲法に肯定的、ないしは無関心であった為に、日本国憲法は維持されてきたのです。
そろそろ甘えた他者への責任転嫁は止めて、自らの問題として受け止めても良い頃ではないでしょうか。
「~のせい」と言って思考停止している間は、どの様な問題も解決には向かいません。
3月1日8:43投稿の匿名様
憲法のせいで丸腰なのではなく、外交・安全保障政策に無関心な国民が、それ以外の政策を優先する様政府に求めた為、結果的に安全保障政策がお座なりに扱われてしまったのです。
baseheat様へのコメントでも述べましたが、憲法が問題であれば、なぜその憲法が、独立を回復してもなお60年近くも維持されてきたのでしょうか。
この機会にもう一度考えて見てはいかがでしょうか。
管理人様
昨日投稿した匿名です。
なぜ9条がこんなにも長い間改正されなかったかという話ですが、
戦後時の為政者(吉田茂)が日本の防衛はアメリカに任せて経済成長を優先したのがそもそもの始まりですよね。
朝鮮戦争の際、アメリカは日本に国防軍の創設を求めたが吉田はこれを却下したそうです。
(まあ、もちろん日本が貧しい時代でしたから経済を優先したのは分るのですが。)
そして、朝鮮戦争が終わった後もアメリカは日本に米軍駐留を存続させました。アメリカもその方(日本になるべく軍備を持たせない方向)が都合が良かった。
このあたりから日本は思考停止状態に陥ってしまったんでしょうね。
もう戦争は嫌だという国民の気分と戦争は悪だ、日本は加害国だ、軍備を増強するな、と叫ぶ左翼の刷り込みや近隣諸国の圧力そして日本を軍事大国にすると危ないと思っているアメリカに押さえつけられて日本はここまで来てしまったのではないですか?
その結果9条が改正もされずここまで来てしまった。
国民の無関心もありますが政治の責任も大きいでしょう。
でも、近隣諸国が刃を日本に向けている今、憲法を改正しなければ日本は持たないのではないですか?
ようやく目の覚めてきた日本人も増えてきたと思います。
あとは政治家の決断と実行力ではないでしょうか。
まあ、これは政権交代してからの話になりますが。
3月2日9:01投稿の匿名様
基本的なところを抑えておきたいのですが、日本においては「政治の責任とは即ち国民の責任である」と言うことです。
なぜなら、日本の政治を担う国会議員の権力の源泉は、選挙を通じた国民の支持にあるからです。
どれほど優れた資質を持つ者でも、選挙に出馬して国民の支持を得なければ、国会議員になることは出来ません。
ですから、資質に問題のある人物が国会に送り出されるケースがままあるのは、国民が判断を誤った結果であると認識する必要があります。
その様に捉えることによって、「国政を委ねられる資質を持つ人物を的確に見分け、国会へ送り出して充分に能力を発揮して頂く方法」を考え、実行するという建設的な取り組みが出来るのだと思います。
国民と政治を分けて考えている間は、何度でも同じ過ちを繰り返すばかりではないでしょうか。
記事内容と直接関係ないコメントで申し訳ありません。
三島さんは自殺にあたるのですよね。
霊界では、自殺というのは重い罪にあたり、自殺した時のままの苦しい感情を持った状態で、かなりの長期間(それがどれくらいなのかはよくわかりませんが・・)過ごさねばならない、と聞いたことがあるのですが、三島さんもそのような時期を過ごされたのでしょうか?
記事を読んだ印象からは、三島さんは案外早く霊界に復帰されたように感じるのですが、それは三島さんが人生の苦しみから逃げるためではなく、日本のためを思い決行されたことによるのかどうか、疑問に思ったためコメントいたしました。
たとえ自殺という形でも、本人の意識の持ち様で、霊界での状況もまた変わってくるのでしょうか。
Silvercord manager様、
コメント、ありがとうございます。
詳しい歴史の裏側のことはわかりませんが、
憲法については以前より(といっても、成人後ですが)どうして改憲しない、できないのだろうと思っていました。
父や母の世代となると大分とらえ方が違います。子どもから大人になりかかった時に終戦を迎えた方々は、昨日まで信じていたものがすべて間違いだと聞かされて、そこからの立ち直りは不信感との戦いでもあったようです。入ってきた米国のやり方を見習い、生活も変え、敗戦のみじめさから立ち直ろうと必死でやってきた・・・時には自分をごまかしながら・・・だと思います。そういう意味で、現憲法は押し付けられたものを主体的に受け入れて、その中で精いっぱいやればいいじゃないかという、敗戦国日本ならではの考えではないでしょうか。スポーツ界の1件でも、理不尽でも状況を受け入れ、その中でどうするかを考える思考回路があります。私はこれまでの日本のやり方を否定はしません。それがあっての今です。しかし民族や文化の存続に関わることについて不当な扱いを受けた時などは、正式な手続きによる抗議や行動をするべきだと思います。
日本では終戦記念日といいますが、敗戦記念日ですよね。なぜ終戦なのかというのは疑問に思っていました。明らかに負けたのだってことを子供の頃に親から聞いたことはありませんでした。内地に引き上げる時の話も最近になってやっと聴くことができるようになりました。その時代を生きた人の多くが、語りたくない恥のように感じているのかもしれません。負けたことを。
武器による戦争という形で戦うことには、実際嫌気が差していただろうと思います。また、あのみじめな体験をするのかという気持が戦争・軍隊といった言葉に過剰反応するようになっているのではないでしょうか。戦後世代は、その後の日本の在り方からして、戦うことへの罪悪感の方が勝ると思います。戦う=人殺しという短絡的な図式があります。
私は戦うというのも、一言では済まされず、何をもって何の為に戦うのかにより、戦うことが是となることもありだと思います。
最近、先手を打ってから、相手の動向を見守るといったことを職場でやったりしていますが、自分と場を護る為の先手は必要です。そういうことなしに、大切に思うものを護り育てることはできないでしょう。
先のコメントで疑心暗鬼になっていると推測した国々の方でも、個々それぞれ違いがあるわけで、アプローチの仕方で関係が改善することはあるというのも確かです。
たらこ様
霊媒に伝えましたので、少々お待ち下さい。
baseheat様
私には、当時を生きた方の心の内は分かりませんが、現在の日本が抱えている様々な問題の根源には、大東亜戦争の総括をせずに目を背けている日本国民の姿勢があるのだと思います。
戦勝国に取って都合の良い戦後処理に従った部分はありますが、当時の政府と軍に敗戦の責任を押しつけたまま、そもそも戦争に突入してしまった真の原因をきちんと検証しないままに時間が経ってしまいました。
この点については、当Blogでも霊界側の事情も織り交ぜながら度々述べて参りましたが、日本国民全体として責任を負い、当時犯してしまった過ちを改善する方法を考え、実践しなくてはなりません。
自らの責任に60年以上も目を背け続ける様な事態を再発させない様に、国民の一人ひとりが強く自覚する必要があると思います。
Silvercord manger様
そのとおりですね。
>>大東亜戦争の総括をせずに目を背けている日本国民の姿勢
実際に何がどう起きちんと調べないまま、クレームが来たらあやまるなんて愚をしていますからね。昔はそれを調べるのも時間と手間がかかりました。聞いても話さない人がほとんどでしたし、話す人が現れたと思ったら、日本人の非道の数々だったりしてましたし。
私は父や母の世代の人の話を聞くことができるようになって、ずいぶん納得がいくようになりました。目を背け、伝えられないでいたはなぜかとか。
戦争になる前の駆け引き等について、その当時を生きていた方々全てが、正しく認識しているわけではないので、そこは日本国として筋道の通った見解を、まとめられたらいいのにと思います。戦後世代の多くは、まだ憶測でしか語れないですから。
baseheat様
昔の事情は余りよく分からなくとも、今現在の日本人の人となりを見れば、残虐非道な行為を好む人々か、否かを、容易に推し量ることが出来ます。
以前ご紹介した記事【ヒトラー霊が読者の皆様の質問に答える(その2)】にて、『アドルフ・ヒトラー』と名乗る霊も、「どこの国の人であれ、そう簡単に民族性が変わる訳がない。培った文化があるから誤魔化しはきかない」と述べております。
つまり、現在の私たちの日常生活は、先達の皆様の人生の積み重ねの上に成り立っているのですから、自分の両親や祖父母の人となりを思い浮かべれば、果たしてそれらの人々が非道な行為の数々を行いうる人なのかどうかは、容易に判断が付くと思います。
人によって個人差はあるにせよ、民族や種族単位でみれば大まかな傾向から外れる例はそれ程多くはないでしょう。
この様にして、詳しい内容は分からなくとも、日頃の経験から「説得力がある」とか「疑わしい」という程度の大まかな判断は出来ると思います。
しかし、自分自身で考えて判断を下すという過程を経ずに、他人の言葉を安易に鵜呑みにする人々がまだまだ多数を占めるのでしたら、それらの人々が自分で考えて判断を下せる様になるまでの間は、行くも戻るもままならない膠着状態が今しばらく続くのでしょう。
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