2011年8月29日月曜日

諦めない事、求め続ける事

今回は、記事【日本の偏りと中国の偏り】のコメント欄にお寄せ頂いた匿名(中学生)様の質問について、『日本の神様』の回答が届いておりますので、ご紹介したいと思います。





■ 匿名(中学生)様の質問

回答ありがとうございます!

励まされた感じでなんか温かくなります

お盆前に読んでお盆中は気分が晴れてました

しかしまた不安が襲ってくるようになりました

何なんでしょう。病院に行ったほうがいいでしょうか?

こんな風になってしまったのは震災が起きてからです

津波のニュースを見すぎてなんか授業中でも涙があふれて

独りぼっちになりたくない死にたくないと

おかしくなってネットで死後の世界はあるのか?とか

調べるようになってここにたどり着いたわけです

ずーっと安心してほのぼのみんなが笑顔で暮らせたら

それだけで良いわけです。

私は最近は戦争というものが怖くなって

弾圧とか侵攻という言葉を見るたび内心おびえます

自衛隊は強いと信じてますが

自衛隊は弱いとかどこかの国防系ニュースサイトでは

そこの広告リンクで日本は中国に数時間で占領される

と不安を煽ったニュースの広告をたくさん出してたり

マスコミはすべて外国に掌握されてるとか

本当に何を信じたらわからなくて・・・

それに10月16日にエレニン彗星が地球に接近して残虐な

ことをおよぼしてNASAが隠蔽してるとかいう書き込みを

みてもっと不安になりました

よくみるんですが

世界の要人だけ宇宙船に乗る準備してるとか

本当なのか嘘なのか

2012とかアセンションとかフォトンベルトとか

よく分からないものばかり

この不安をすべて消しさって元の生活に戻りたいです

管理人さんも私みたいなことで不安になりませんよね?

私の周りの人もそんなことで不安になってません

日本の神様に日本とか地球が深刻な分かれ道に立たされているのかお尋ねしたいです。

よろしければお願いします。





■ 『日本の神様』の回答

震災時の津波の映像は、誰が見ても大きな衝撃を受けたことでしょう。
それを何度もニュースで見ていたということでしたら、不安になるのも仕方がない事なのだと思います。
あなたがご家族やお友達との生活を大切に思い、ずっと守りたいと願う気持ちはとても自然なものですから、それが失われるかもしれない可能性を考えてしまうと不安を感じるのでしょう。

日本はずっと長い間、この土地にあり続けました。
幾多の苦難にあっても、日本に暮らす人々は諦めることなくずっとこの土地を守ってきました。
いつの時代もずっと大切に守ってきたのです。
だからこそ、今があるのです。
それは、この土地に暮らし続けている日本国民たちの努力の賜物なのです。
そして、それはこれからも変わらないと思います。
あなたのように安心して暮らせる環境を守りたいと思う人がいる限り、日本国民は自分たちの手で日本を守り続けることでしょう。
日本国民が安心と安定を求め、それを実現するために活動を続けていれば戦争は起きません。
諦めない事、求め続ける事、これはとても重要な事です。

彗星などのお話は、誰にも確かめようが無い、確証のないお話です。
彗星が地球に接近するであろう事は、これまでの彗星の動きなどから推測できるとしても、残虐な事をおよぼすという部分に関しては、その時が来るまで確かめようがありません。
いくらでも創作する事が可能です。
もしもNASAが情報を隠蔽しているとしたら、その情報は一体誰がどこから得たものなのでしょうか。
隠蔽しているというくらいですから、最重要機密として相当厳重な扱いになっているはずですから、そう簡単には情報を得る事は出来ないと思われます。
もし内部の人間が情報を漏らしたのだとしても、隠蔽しなければならないほど重要な情報が、なぜ誰にでも閲覧可能な場所で無防備に公開され続けているのでしょうか。
世界の要人が宇宙船で非難するにしても、人にはまだ地球を離れて生きていけるほどの技術はありません。
その後、彼らはどのようにして生きてゆくつもりなのでしょうか。
宇宙で自給自足できるほどの技術はまだありません。
もしも宇宙に非難しなければならないほど地球環境が破壊されるのだとしたら、彼らに生きる術はありません。
このようなお話は、矛盾点をあげれば切りがありません。
落ち着いてよく考えてみると、その矛盾点に気付く事が出来ると思います。

誰か相談できる相手がいるようでしたら、その方に不安な気持ちを聞いていただくと良いと思います。
いつまでも不安が消えないようでしたら、一人で悩まないできちんとご家族に相談しましょう。

(2011年8月29日)





回答では触れておりませんが、以前投稿した記事【アセンションについて】では、『バチカンの拠点開放に携わる霊団』の皆様がアセンションについての見解を述べておりますので、合わせてご覧になってはいかがでしょうか。

Sulvercord管理人 





8月29日現在回答待ちの質問

記事【ご覧の皆様からお寄せ頂いた質問について】の理由により、下記のご質問につきましては、しばらくの間回答を延期させて頂いております。

2011年8月27日土曜日

自分の責任を理解するということ

今回は、記事【道具は使うことではじめて活きてくる】のコメント欄にお寄せ頂いた匿名様のご意見につきまして、『日本の神様』の補足説明が届いております。
上記リンク先の記事では説明が足りていないと感じたようです。





■ 匿名様のコメント

失敗を恐れるというより、失敗したときに降りかかる責任の重さを恐れているのでしょうね。
失敗したのなら失敗しない新たな方法を考えれば済む話なのはそのとおりなのですが、だからといって失敗に対する責任をとらなくていいということにはなりません。だからいざ失敗したとき、責任を逃れようと、失敗自体を無かったことにしようとするのでしょう。

まるで大きな子供ですね。

どうも首相や官僚など最近の「大人」は、待遇のよさは享受したいがリスクは負いたくないという、みっともない人間が多すぎるように思います。既に霊界に居る昔の日本人が見たら、あまりの精神の劣化ぶりに臍をかむのではないでしょうか。
これが今の日本人の姿かと思うと暗澹たる気分になります。





■ 『日本の神様』の補足説明

説明が足りず大変失礼いたしました。
自分の責任をきちんと理解できている人でないと、同じ失敗を繰り返さない方法を探ることは出来ません。
失敗の原因を理解できていないと、新たな方法を探る事は不可能なのです。
失敗の原因を理解しているという事は、失敗に対する責任をきちんと認識しているという事です。

自分の責任を理解していない人は、何があっても自分の失敗とは捉えないので、責任を負う必要性を感じる事もありません。
自分自身はきちんと出来ている、失敗は無いという認識ですから。
責任を追及されると、周囲の者たちは何故自分を責めるのかと逆に憤ってしまう事でしょう。
不当に責められていることに憤り、認めてもらえないことに焦りや不満を感じても、責任を感じることはないのです。
失敗を無かったことにしてしまう以前の問題なのです。
もとの判断基準がずれているのです。
失敗を恐れる人とは、一度でも失敗をしたら取り返しがつかない、やり直しは効かないと自分を追い詰めるタイプの人のことです。
だから失敗を異常なほどに恐れるのです。
一度でも挫折すると心が折れてしまうようなタイプですね。
失敗を素直に認められないのは、心が折れないように必死に防御している姿と言えるのかもしれません。
責任の重さに耐えかね、思考が停止してしまうという事なのでしょう。
現実以上に責任を重く捉えすぎるタイプがこのような状態に陥りやすいですね。
どちらにしても、問題が先送りされ、事態が悪化してしまうという意味では同じですが、後者の場合は責任を感じる心を持っているので、何か切っ掛けがあれば一歩前に進むことができそうですね。

(2011年8月25日)





霊媒が当Blogを日常的に閲覧しておりますので、ご覧の皆様が投稿されたコメントについて、霊界の住人の回答を求めていない場合でも、霊界の住人の皆様のコメントが届く場合があります。
今回の場合は、匿名様のコメントを受けて、補足説明の必要があると『日本の神様』が判断されたようです。

Silvercord管理人 





8月27日現在回答待ちの質問

記事【ご覧の皆様からお寄せ頂いた質問について】の理由により、下記のご質問につきましては、しばらくの間回答を延期させて頂いております。

2011年8月25日木曜日

喪中の時は鳥居をくぐってはいけないのか?

今回は、記事【神社の鳥居を車で潜って良いのか?】のコメント欄にお寄せ頂いた日本鬼子様の質問について、『日本の神様』の回答を預かっておりますので、ご紹介したいと思います。





■ 日本鬼子様の質問

なかなか、興味深い質問回答で、私も楽しく読ませていただきました。

便乗になりますが、喪中の時は鳥居をくぐってはいけないと聞いたことがありますけど、やはりそうなのでしょうか?
気にする必要はないという人もいますし、また、喪中の時期も聞く人によって、またその方の宗教によっていろいろのように思います。

そもそも、喪中とはいつまでを指すのでしょうか?
故人の四十九日が過ぎればいいのでしょうか?それとも1年でしょうか?故人との関係にもよるのでしょうか?

こういった折ですので、終戦記念日に靖国神社に参拝したかったのですが、喪中の定義がわからなかったので止めておきました。神様や英霊の皆様に失礼にあたる事をしたくはありませんでしたので。

よろしければお返事お願いします。





■ 『日本の神様』の回答

記事【神社の鳥居を車で潜って良いのか?】のコメント欄、2011年8月17日16:18 投稿の匿名様も仰っておられるように、一般的には50日とされているようでございますね。
神社にご迷惑をおかけしないためにも、定められているルールは守ったほうが良いでしょう。
また、神社によって多少の違いもあるようですから、よくわからない場合は事前に問い合わせて確かめてみては如何でしょうか。
さて、ここまでは皆様の世界で定められているルールに基づいたお話になりますが、以降は私どもの考えをお話させていただきますね。

神道では死は穢れであると考えられているようですが、そもそも死は穢れであるのでしょうか。
誕生と死は、この世に生きとし生けるもの全てに等しく訪れるものです。
誕生も死もこの世の仕組みとして欠かせないものです。
どちらも欠かせない対のものであるのに、一方が好まれ、もう一方が忌み嫌われるとは矛盾していると思われます。
この世での誕生は出会いを意味しており、死は別れを意味するものである事から、死は穢れという様なネガティブな考えが定着したのかもしれませんね。
この世が何故今の形態で存在し続けているのか、その意味を今一度考えてみてください。
穢れを心配しなくてはならないのは心です。
心のあり方次第で、穢れを生むこともあれば、穢れを浄化する事もできるのです。

(2011年8月25日)





参考として、以下のリンク先も合わせてご覧になってはいかがでしょうか。
喪中の扱いについて、神社の神職の皆様がどの様に考えておられるかを知る手掛かりになると思います。
【神社本庁|コラム>12.服忌について】
http://www.jinjahoncho.or.jp/column/000025.html

Silvercord管理人 




8月26日現在回答待ちの質問

記事【ご覧の皆様からお寄せ頂いた質問について】の理由により、下記のご質問につきましては、しばらくの間回答を延期させて頂いております。

日本の本気を見せる必要がある

今回は、記事【自ら率先して動くと言うこと】のコメント欄にお寄せ頂いた匿名様の質問について、英霊の皆様の回答が届いておりますので、ご紹介したいと思います。





■ 匿名様の質問

神様からのお招きが無ければ、参拝したいと考えてもそれはかなわないわけですね。

となると疑問が生じます。

靖國神社にて2008年に中国人が、参拝に訪れた老人から日の丸を奪い踏みつけにした上、止めに入った男性に暴行を加えるという事件が、2009年にも台灣の某議員が同神社に集団で乱入し騒いだ上、神社職員に暴行を加えるという事件が発生しましたが、これらはどのように解釈すればよろしいのでしょうか。
神様は全てを分かった上で敢えてこれらの不埒な人間を招いたということなのでしょうか。それとも、招いた人間が境内でなにをするかまで、神様は責任を持てないということなのでしょうか。
個人的には、こういう邪な人間は、最初から神様が神社を訪れるのを拒んで頂けないものかと思うのですが……。

それとも、「銀の紐を越えて」にて、「他の神社は神々が祀られているが靖國神社には英霊が祀られている」とのお話があったことから、靖國神社に関しては一般の神社と同じように考えてはならず、招かれざる客も参拝に訪れることができる、ということなのでしょうか。

つまらない疑問ではありますが、お時間がございましたらで結構ですので、ご回答頂戴できましたら有難く思います。





■ 『英霊の皆様』の回答

あなたのお気持ちは痛いほどわかりますし、一日も早く皆様が安心して参拝できるようにしたいと思っております。
靖國も神社として運営されておりますから他の神社と同じで、靖國だから違うという事はありません。
靖國は本来、日本の平和と繁栄を、延いては世界の平和と繁栄を心静かに祈り、実現へ向けて決意を新たにする場所であるのですが、私たちが英霊として祀られているためか、一部の方々に戦争の象徴とされ、政治的な活動に利用される事もしばしばあり、私たちもとても悲しく思っております。
ご遺族にとっては大切な方と再会し、心静かに会話する場所でもあると思いますが、その様に大切な場所が荒らされるのはとても辛い事でしょう。
破壊を求めて振るわれた力はただの暴力であり、荒廃を生むだけですが、その事を理解せず、ただただ暴力行為を繰り返す方が居られることは、日本にも世界にも有害でしかありません。
彼らが靖國に来られないように私たちの力で抑える事はできると思いますが、それでは根本的な問題解決にはならないと思います。
その様な事をしても、彼らは靖國に訪れなくなるだけで、必ず日本のどこかで同じ行動を繰り返します。
それでは日本が晒され続けている脅威が去ったとはいえません。
身勝手な欲望から来る暴力は身を滅ぼすという現実を彼らが知るには、実際に経験してみるしかないと思うのです。
そうしなければ、どれ程愚かな事を繰り返しているのか理解できないでしょう。
靖國でいくら日本を蔑み、罵り、暴力を振るっても、何も得るものは無く、寧ろ失うものの方が多いという事実を理解していただくためには、一体どのような方法があるものかと私たちもいろいろ思案しているところなのです。
他者が大切に思う場所で破壊行為を繰り返す事が如何に無意味であり、己の身を滅ぼす結果に導く行為であるのかを彼らに理解していただくには、国民の皆様の協力が必要不可欠であると思うのです。
小手先の対応で誤魔化すのではなく、一つひとつの問題にきちんと決着をつける必要があると思います。
そうしなければ、日本はいつまでも中国などの隣国の脅威に晒され続ける事になります。
彼らの行動は全く無意味であり、何の利益も生まない事を理解していただくためには、目に見える形で示す必要があり、国民の皆様の行動がどうしても必要になるのです。
日本が戦後ずっと抱え続けている問題を解決するためには、彼らに日本の本気を見せる必要があると思うのです。
皆様のけじめは私たちのけじめでもあり、皆様の本気は私たちの本気でもあるのです。
私たちは、常に皆様と共にあります。
国民の皆様と私たちで協力して、日本が抱える問題を根本から解決できるように力を尽くそうではありませんか。

(2011年8月25日)





英霊の皆様は婉曲に述べておりますが、昨年私たちの『秋葉山本宮秋葉神社』参拝が叶わなかった理由は、この世界の秩序を維持する目的で、秋葉山を活動拠点とする天狗さんが行なっていた霊的な活動の悪影響を、霊媒が受けてしまう可能性があったためであると、『秋葉神社の神様』が記事【自ら率先して動くと言うこと】で述べております。
霊界の住人の主体的な活動の影響が人間に及んでしまう可能性を避けたのです。
一方、匿名様の質問にある事例は、ある人物が特定の神社の秩序を乱す目的で敷地内に立ち入り、不埒な行為に及びました。
神社は神域にありますが、神々と人間の共同作業により維持・運営されております。
霊界と地上界を繋ぐ窓口の様な位置づけにあるため、霊的な側面は神々や使いの霊団の皆様が秩序の維持に努め、物質的な側面は神職の皆様を始めとした私たち人間が秩序の維持に責任を持ちます。
そして、神々や霊と人間の双方が分担して責任を果たし、連携して秩序の維持に努める事によって、はじめて神社の秩序が保たれます。
さて、質問にある靖國神社の事例は、果たして英霊の皆様が彼らを招いた結果なのでしょうか?

Silvercord管理人 





8月25日現在回答待ちの質問

記事【ご覧の皆様からお寄せ頂いた質問について】の理由により、下記のご質問につきましては、しばらくの間回答を延期させて頂いております。

2011年8月23日火曜日

道具は使うことではじめて活きてくる

今回は、記事【人間の手によって引き起こされている問題に注目しよう】のコメント欄にお寄せ頂いたbaseheat様の質問について、『日本の神様』の回答を預かっておりますので、ご紹介したいと思います。





■ baseheat様の質問

私は現状の問題は、元々の発端となった震災(本当の発端は、もっと前のことだと思いますが)よりも、その後の人災とそれに関わる人々のそれぞれの思いが入り乱れた混沌ゆえだと思っています。
あからさまになっている様々な問題ですが、それを目の当たりにしても理解できない人も少なからずいるように思います。何か暗示にでもかかったかのように、あるところを指摘すると、思考停止になるような感じです。それが失敗を認めないということなのでしょうか。
元々日本人は個が集まり場として働くことで、絶大な効果を発揮する業がありますが、今回それが働かしきれていないように思います。機能するべきところに阻害する力がある為です。この20年程は特に社会の様々な場を解体し、個人の利益を追求するのが是とされる風潮がありました。個の力を活かすことは今後の日本にとって大切なことですが、それは場の解体ということではないでしょう。場の解体を意図したものの策略にうかうかと乗ってしまい、災害の際にも場が解体されているところは立ち直りが遅く、場が機能しているところは被災が酷くとも前へ進み始めているように感じます。人災の部分については、私ども日本国民の能天気ぶりが、悪い方に発揮された感があります。今、力を結集して迅速に行うべきことをやらず、仕掛けられたムーブメントに注目をしてしまうなど本末転倒です。良くも悪くもお祭りの方に目が向きやすい国民性でしょうか。
被災地の、特に被害のひどい三県沿岸部や、福島の原発の二重被災の方々は、大変ご苦労されています。そこにつけこんで海外、国内の心無い方々が利を得ようと寄ってきています。しかし同じ被災をしても個々に受け取り方が違い、その後を迎えていることがあります。新たな場をしっかり作ろうと動き出したところも少なからずあるようですし。
第二次世界大戦での敗戦、先の阪神淡路大震災や、新潟の地震、今回の大地震と津波と福島の原発の事故(というより事件)など、まずは衣食住の方に目が行っても仕方ないでしょう。特に今回、人災の側面として国が国民を護るという当たり前の政策を遂行しない(できない?)という事態もあり、一層衣食住のことに(被災地以外まで)執着せざるを得なくなっているようにも思います。
けれど、当初震災後の一週間に感じたのは、何かが起きた時なによりもまず大切になるのは、人としての心であるということでした。 「私たちの平和宣言」として、先日広島で、公式の平和宣言とは別の宣言があったことを本日知りました。そこには、私が感じたことに近いことがつづられていました。先の大戦の時も阪神淡路やその他の災害の時も、口蹄疫の事件も、日本国民の心身の働かせ方で国を護ってきたのではないですか?そういう人の力がある場には神々の力も降りやすくなるのでは? それをじりじりしながら待っているのは、神々の方ではないかと思うのですが。





■ 『日本の神様』の回答

そうですね。
あなたが仰っておられるように、現状の問題は、震災以前から蓄積されていたものが、震災の影響から誰の目にも明らかになったということなのです。
あからさまになっている様々な問題を目の当たりにしても理解出来ない方々というのは、原因と結果を関連付けて考える事が出来ない方々です。
失敗したのなら失敗しない新たな方法を考えれば済む話なのですが、失敗する事を恐れるタイプの方は失敗自体を無かったことにしようと考える傾向にあるようです。
建設的なものの考え方が出来ない方々なのですね。
一つの考えに凝り固まり、その考えから脱する事ができません。
気持ちに余裕がなく、融通が利かないタイプといえるでしょう。
だから、事態を悪化させる事はあっても収拾する事ができません。
その様な方が多数派であると、問題は先送りされたまま、後の世代に引き継がれる結果になりますね。

個々の力は発揮される場があってはじめて意味を成します。
場の解体を目論み推し進めてきた者たちは、なぜ国家や地域、家庭という場が存在しているのか、その意味を全く理解していません。
場は個を守るためにあり、個は場を守ることで自らの身を守ることに繋がるのです。
個がどんなに素晴らしい力を持っていたとしても、それぞれがバラバラに好き勝手に行動していれば、場は破壊され、居場所を失った個もやがて存続できなくなります。
個が纏まるためには場がしっかりしている必要があります。
場をしっかりしたものへと作り上げるためには、個が場の持つ意味を充分に理解する必要があるのです。
場の持つ意味をしっかり理解出来ている方々が尽力しておられる地域が、新たな場を作り出そうと動き出しているのでしょう。
問題の早期解決のためにも、個の力が集結することで場を作り、場が個を繋ぎ支えている事実に早く気付く必要があるのでしょうね。

私どもは常に皆様へと力を注ぎ、そのことに一日も早く気付いていただけるように注意を促し、皆様のお気持ちが動くのを今か今かと待ち望んでいるのは確かですね。
国民の皆様が自ら求め、実践してはじめて私どもが注いでいる力が活きてくるのです。
道具は使うことではじめて活きてくるのと同じ事です。
私どもの注ぐ力も、皆様方が使う事ではじめて活きてくるのです。
ただ「助けてください」と願うだけでは、私どもの注ぐ力は活かす事が出来ないのです。
願った後に提供された機会を見逃さず、しっかりと活用してください

(2011年8月23日)





この所、回答をお待ち頂いている質問が増えてしまいましたが、順番に回答して参りますので、しばらくお待ち下さい。

Silvercord管理人 





8月23日現在回答待ちの質問

記事【ご覧の皆様からお寄せ頂いた質問について】の理由により、下記のご質問につきましては、しばらくの間回答を延期させて頂いております。

2011年8月22日月曜日

日本としてのまとまりが無いので成果を得られない

時系列として前後してしまうのですが、記事【徳川家康公の役どころ】にて『久能山東照宮』を訪ねる直前に、『静岡縣護國神社』を参拝致しました。
以前投稿した記事【『日本を護りたい』思い】の中で、現在靖國神社や全国の護国神社を通じて、霊的なエネルギーが日本全国に向けて放出する働きかけを行っているとの話を伺いました。
そこで、検証の意味合いも込めて、今の時期に各地の護国神社を訪ねて回る意味があると考えました。








■ 『静岡縣護國神社に集う英霊の皆様』との対話

管理人
今回は『静岡縣護國神社』を参拝致しました。
こちらでも霊媒が御神籤を引いておりますので、最初にそちらの解説をお願いしたいと思います。



運勢|大吉
さくらばな のどかに におう
春の野に 蝶もきて
まうそでの うえかな

(身も進み財宝も出来て立身出世することは
春の暖かい日に美しい花の野を心楽しく遊び行く心地にてよき人の引立にあずかります
けれど心正しくないと災があります)


英霊
こちらは、日本が今までに得てきた物について書かれていますが、その得てきた物を日本人自身が理解出来ておりませんので、今現在日本が陥っている問題、混乱が起きています。
自分たちが今当たり前と認識している物事が、如何に多くの努力の上に成り立っているのかをしっかり理解しないと、なかなか先へ行くことは難しいでしょう。

管理人
以上でしょうか。
では、裏側についてはいかがでしょうか。



神の教
神の心に叶えば嬉し、暗いこころも、晴れて来る
金のためなら、慈善をするという人は、ためるお金に限度がないから、なかなか慈善が出来がたい。
物がなければ力で、力がなければ言葉ででも、人を慰め、人の力になってやれ。
情は人のためならず慈善をすれば心が明るくなって、まず自分が救われる。


英霊
これは、今現状で出来ること、自分の力で出来ることを行うのがよい。
こちらでは慈善という言葉で表現されていますが、自分が良いと思った物事であれば、「こういう条件が整ったらやろう」ではなくて、今の自分に出来ること、今の状態で出来ることを考えて実践すると良いでしょう。

管理人
裏を返すと、色々理由をつけて「何々が無いから出来ない」と言っている人は、本当はそれをやりたいとは思っていないのでしょうね。

英霊
やりたいとは思っていないと言うよりは、融通が利かないので、実現できる方法が一つの形しか――誰かが過去にある行いを示したとしたら、その方法しか思いつかない。
誰かが一つ道を示していたら、それと全く同じ方法でなくては出来ないと思い込んでしまう。
そう言う傾向が見えます。

管理人
そう言う場合もあると思いますが、それだけではなくて、本当に実現したいのであれば、自分自身が現在置かれた状態から、どのようにすれば実現できるかを考え、実践すると思うのですね。
それを何かと理由をつけてやらないのは、何か別の要素が影響していて、本心ではそう思っていないけど見せかけたいだけであって、本心からそれをやりたいと思っている訳ではないのかなと思うのですが。

英霊
必要性に迫られた場合には…。

管理人
遣らざるを得ないですよね、必要に迫られれば。

英霊
そうですね。
自分自身の心に問うているのではなくて、周囲に見せる為に求めている場合もあるでしょう。
それは周囲に見せることが目的となっていて、その物事を成し遂げることによって何かを実現しようとしている訳ではないので、中途半端になっているのではないでしょうか。

管理人
その様な場合もあると言うことで、御神籤については以上でしょうか。
では話を変わりまして、今靖國神社や全国の護国神社から、日本全国に向けて集中的に働きかけを行っていると伺っています。
その現れとして、護国神社の社殿から天に向かって光の柱が聳えている様に見えると霊媒が述べております。
そのエネルギーの放出を始めてからある程度の時間が経過して、徐々に変化が現れてきました。
今のところ、その働きかけの影響についてはどのように見ていますか。
放出したエネルギーを人間が上手く受け止めて活用しているなとか、きちんと受け止められていないとか、現状をどのように見ておられるのかを伺いたいのですが。

英霊
個々の人間としては、上手に活用している方が大勢居られますが、日本としてみた時にまとまりがないですから、誰にでも分かるような形の成果を得るのは難しくなっている。
自分自身が取り組んでいる物についてはそれなりの成果を得ているのですが、全体としては今一よく分からない状況だと見ています。

管理人
では、過去の経緯を見れば、現状はある程度しようがないと見ているのか、それとも現状は物足りない、もっと頑張れという事なのか、どのように感じておられますか。

英霊
求めに応じてエネルギーの供給量を増しているので、『供給するエネルギー量の増加』に対しての反応という意味では、求められたから供給しているので、多いとか少ない、早いとか遅い、成果が上がっている・上がっていないとは一概には言えない。

管理人
では、今後も同様の働きかけを続けて行かれるのでしょうか。
それとも、ある程度期間を区切って行っていることで、また事態が変われば働きかけを変える場合があるのでしょうか。

英霊
一時的に、求めに応じて増やしているので、安定してきたら通常の状態に戻します。

管理人
あくまでも一時的な、応急的な処置であると言うことですね。

英霊
怪我を負った時に手当をしている状態と考えて頂ければ宜しいと思います。

管理人
なるほど。
あと、これは今回と言うよりは、以前から感じていたのですが、こちらの御神籤でも霊媒が大吉を引いております。
でも、お話の中身を伺っていると『大吉』などは余り関係ありませんね。

英霊
何を伝えたいのかが一番重要なので。
運勢も、結局は自分自身が切り開いて招き寄せる物であると考えますので、例えば今大吉を引いたから安定した状態であるのかというとそうではなくて、安定を得る為の努力とか、維持する為の努力を重ねることは大切だと思います。

管理人
今回の御神籤についても言えると思うのですが、御神籤に書かれている文面を読んだだけでは、なかなか解釈が難しい場合もあると思うのですね。
御神籤を通じて、今引いた人に対して「この点についてもう少し考えてみましょう」というメッセージを込めていたとしても、読み取る側がある程度の洞察力を備えていないと、なかなか真意が伝わらないのではないでしょうか。

英霊
御神籤は占いとは違います。
神々がその時々で、引いた人の置かれている状態にあったアドバイスを示している物なので、その言葉が一体何を示しているのかについて、自分の今の状態を踏まえた上で、自分なりに考えてみるという作業は欠かせないと思います。

(2011年8月5日)





靖國神社や全国の護国神社を通じた働きかけについては、今後とも継続して取り上げて行くつもりでおります。
「東日本大震災からの復興が充分に成し遂げられた」という方向で日本国民の意識が共有化されるまで、この働きかけは継続して行われると見ているからです。
また、御神籤の有意義な活用法について、この度改めて取り上げましたが、ただ単に『運が良い/悪い』というのではなく、その文面に込められた真意を読み込んで頂き、皆様の日常生活に役立てて頂ければと思います。

Silvercord管理人 





8月22日現在回答待ちの質問

記事【ご覧の皆様からお寄せ頂いた質問について】の理由により、下記のご質問につきましては、しばらくの間回答を延期させて頂いております。

2011年8月21日日曜日

徳川家康公の役どころ

記事【努力する方向性をはっきりさせよう】でご紹介しましたように、小國神社を参拝した翌日、同じく静岡県にあります『久能山東照宮』を訪ねました。





御祭神は徳川家康公です。

ちなみにこちらは久能山から見た景色です。







■ 『徳川家康』公と名乗る霊との対話

管理人
本日は静岡県の久能山東照宮を訪ねました。
こちらは徳川家康公にゆかりの場所で、東照宮と家康公の御霊廟を訪ねて回りました。
そして、この度は徳川家康公にご登場願い、お話を伺えるとのことですので、まずは東照宮で霊媒が引いたお神籤についての解説をお願いしたいと思います。


東照公御遺訓
味噌は擂木(すりこぎ)でするものである

謹解
味噌を擂るにはその擂るための擂木を使うのが一番よろしい、他の物で代用してはうまく行かない、物には各使命があるのだ。
この道理をわきまへよ。

運勢
人は性に合わない職業に就いた時は失敗が多い。
性分に適した職業を選んで真面目によく働けば苦労は多くとも必ず家運はよい方向に向くであろう。


徳川家康公
味噌を摺るには適した道具で摺った方が良いということなのですね。
どんなに心を砕いて、どんなに注意深く事を運んでも、道具一つが適さない物であれば全てを台無しにしてしまう。
これは仕事でもそうなのですが、人それぞれに適した役割、適した役回りという物があって、そこを外れた部分では力を充分に発揮することが出来ませんね。
ですから、大切なことは、今の自分の力を如何にして発揮できるようにするのか。
活かしていけるようにするのかということを、よく考えて行動すること。
その為には、自分自身の持つ資質をきちんと理解しておく必要がありますよ。

管理人
こちらを見て最初に思い浮かんだ言葉は「適材適所」なのですが…。

徳川家康公
一言で示すとそうですね。
やはり自分自身の能力を活かせない場所でどんなに努力しても、成果がないことはないのですが微々たる物になってしまうので、どうせ努力するのであれば存分に行かせる場所で活かした方が、自分自身の為にも周囲の為にも非常にプラスになると思います。
ですから、その為にもまず自分自身を知る。
最初は分からなくても、経験を積むことで段々自分という物が見えてくるので、そうやって少しずつ自分を知って――最初から全てを発揮することは出来ないので、知ったら知っただけでも発揮できるように環境を整えて行く努力は必要だと思います。

管理人
よろしいですか?
こちらの御神籤の裏には何も書いていませんので、御神籤については以上となります。
さて、今回は家康公の御霊廟に伺いまして、その際に霊媒さんが「家康公の御霊廟から光の柱が伸びている」と話しておりました。
実は「光の柱が伸びている」という話は、今東京の靖國神社と、全国各地の護国神社の拝殿から天に向かって光の柱が伸びている様子が霊媒には見えるようです。
その様な光が見えるのは、今の日本にとって非常に重要な働きをしている為に、霊媒にも光の柱として見えるくらい強いエネルギーを発しているとのことなのですが、家康公の御霊廟からも光の柱が伸びているということは、何か関連する活動をされているのでしょうか。





霊媒M
これは言葉ではなくてイメージなのだけど、神社と神社、お寺など霊的な活動を行っている場所の、横の繋がりを強化する様なイメージが来ました。

管理人
神社と神社の連携を強化するということですか?

徳川家康公
神社に限らす、霊が活動している場所同士の連携の強化。

管理人
これは日本の話ではないのですが、欧州諸国ではキリスト教会が霊的活動の要となる場所となっていて、多くの霊が集っているという話を伺ったことがあるのですが、そう言った元々日本には無かった宗教施設などととの連携強化に関わる活動をされているのでしょうか。

徳川家康公
震災以前から、日本全国各地にある霊的施設の連携は取っていましたが、地域の独立性が強かったのです。
それを今、震災後は日本として一致して動く必要性が出てきました。
今まではお互いの活動を理解しつつも距離を置いていた部分があったのですが、これからは日本として共通の目的に向かって強力に連携して行く。
ただ「あの場所ではこの様な活動をしている」と認識するだけではなく、互いに協力し合う事でより大きな力を発揮して行く。
そう言う意味での連携・強化の活動をしています。

管理人
日本国内でと言うことですか?

徳川家康公
そうですね。
日本国内で。

管理人
それで、「光の柱が立っている」ということは、どのように考えれば良いのでしょうか。

徳川家康公
戦でいえば、殿様が張っている陣のような物だ。
まとめ役を仰せつかっているので、その目印として立っている。

管理人
では、全く関係ないとは言えないけれども、今靖國神社や護国神社などで行われている活動とは、ちょっと異なる目的なのでしょうかね。

徳川家康公
彼らは人手が多いので、活動が多岐に渡っている。
私がしている活動の補助的なこともして頂いている。

管理人
では、英霊の皆様の一部が、家康公のされている活動にも関わっているということですね。

徳川家康公
そうですね。

管理人
では全く関係がない訳ではないですね。
今のお話を伺っていて思ったのですが、別の方の話の中で「今の日本には目標がない」という事だったのですが、「目標がないからまとまれない、一致できない」という事だったのですが、日本全国の神社の活動に携わっている方の間でも、これまでは余り連携されていなかったと言うことでしょうか。

徳川家康公
というよりは、地域ごとの独立性を保った状態でも成り立っていた。
だから震災後は霊的な面でも状況がガラリと変わっている。

管理人
その、「震災後は霊的な面でも状況がガラリと変わっている」というところがよく分からないのですが。

徳川家康公
国民の意識としては「復興しよう」という方向である程度一致しているのですが、それが国としてまとめられた目標となっていない部分が、今問題となっている部分だと思います。
だから、そこをどのようにして一致してゆくか。
今の国の中心としての政府が、そこを共通の目的として具体的に方針を示すところを、如何にして実現するのかが今の日本の課題。
日本としての目標が示されていない。
国民は今「震災復興の為にがんばろう」と個々にはとても努力をしていて、それぞれに出来る範囲内では成果を上げている。
ただそれだけでは限界があるので、やはり中心となっている者が明確な形で方針を打ち出す必要があるでしょう。
それが政府の責任ではないかと思います。
国を運営するのであれば、そこはきちんと示さないと、国民がどのようにして努力を積み重ねれば良いのか迷ってしまいますので、個人で出来ることには限りがあることを政府は知っていないと、中途半端なまま尻すぼまりになってしまう。
それだけは出来れば避けたいところではあるけれど…。
ただ国民自身も自覚しなくてはならないところがあって、国民自身の課題も抱えている。
受け身的な考え方の人が多い為に、なかなか自分たちの考えが社会に反映されて行かないので、国民自身もその点を自覚する必要はあります。

管理人
今、全国の神社などが、元々地域の独立性を保っていた物を、もう少し日本全体としてまとまれる様に束ねていきましょうというお話がありました。
私たち人間の側でも日本として一致してまとまって、明確な目標を立ててそこに向かって進んでいきましょうという方向に向かわないと駄目なのじゃないのという事だったのですが、霊界の住人の皆さんの側でも、私たち人間の側でも似たような傾向が現れて面白いと思います。
そこで伺いたいのですが、両者共に似たような傾向が見えるのは何か共通の因果関係があるのでしょうか。

徳川家康公
神々とか私たちは、人間が何を求めるのかによって、どのように働きかけるのかという方針を決めているので、常に同じ働きかけをしていても、時代によって人の認識も変わるので、変化に伴って働きかけ方も変える必要があるという事ですね。
そして、必ず日本は一致した目標を持って活動できるようになりますので、国民自身が辛抱できなくなって、「一致した方向に行かなくては立ちゆかないぞ」となりますから、大丈夫ですよ。

管理人
ちなみに、霊界の住人の側でもそう言う動きが起きていて、私たちもこれからそう言う方向へ向かわないと立ちゆかないと自覚するようになるとのことですが、霊界でも私たちの間でも似たような動きが起きているのは、『霊界と地上界を繋ぐバチカンの拠点開放』に伴う変化と見て宜しいでしょうか。

徳川家康公
多少は影響がある。
ただ、これはあくまでも日本としての問題。
日本がどれだけ成長したかという問題。
そしてバチカンというのは、西洋の方の国々がどれだけ成長したかという問題なので、基本的には別。
但し、今まで日本が負担していた部分を、西洋で、自分たちで負担するようになるので、影響はあるだろう。
結局、そこに暮らす人間がどれだけ成長したかという部分を見て対応している。

管理人
そうすると、家康公は日本で活動されているので、「日本がどうなの」という点が基準となるということでしょうか。

徳川家康公
そう言う意味ではない。
さっき「地域ごとに独立性が保たれていた」といったのと同じ事なのだけど、それを世界としてみた時に、日本と西洋の地域という風に独自性を保ちつつ、お互いに連携はしているけれども、繋がりとしては互いの活動内容を把握する程度。
強力に繋がって、それこそ一体となって活動している訳ではない。

管理人
それこそ一体となって活動するようになるのは、今はまだ閉じている『霊界と地上界を繋ぐ拠点』が全て開かれた後のことですね。

徳川家康公
まあ、そう言うことです。

管理人
かなり先の話ですね。
その頃には、私もそちらの世界の住人としてかなりの経験を積み重ねた後の時代になると思いますが。

(2011年8月4日)





今回の対話を終えるに当たって、徳川家康公から「一時に色々な話をしても、なかなか理解がついて行かないと思うので、また機会を改めて話をしたい」旨の意向を伺いましたので、いずれまた機会を見て、お話を伺う機会を持ちたいと考えております。
また、以前投稿した記事【目的を見誤らないように】でも紹介しましたように、徳川将軍家の皆様のお話も伺っておりますので、合わせてご覧になってはいかがでしょうか。

Silvercord管理人 





8月21日現在回答待ちの質問

記事【ご覧の皆様からお寄せ頂いた質問について】の理由により、下記のご質問につきましては、しばらくの間回答を延期させて頂いております。