こちらは元伊勢外宮の豊受大神社です。
こちらは元伊勢内宮の皇大神社です。
そして、こちらが皇大神社の奥宮とされる天岩戸神社です。
さて、今回は皇大神社の神様にお話を伺うことが出来ましたので、ご紹介したいと思います。
■ 皇大神社の神様との対話
管理人:
今日お招きに預かりましたが、まずお招き下さった目的について話して頂けますか。
霊媒M:
ちょっと漠然としたイメージ…。
今来たのは、この世界の延長上に神様の世界があるというイメージ。
管理人:
それを?
皇大神社の神様:
人は、自分たちの世界と神様の世界は全然別物の、違う存在であると切り分けて考えている方が大勢おられると思うのですが、私たちの姿は未来の皆さんの姿なのです。
皆さんは今この世界で色々学んで、成長するために多くの経験を積んでいますね。
その経験の蓄積の先に、私たちの世界がある。
一本の道として繋がっているんだ。
だからこそ、崇めるのではなくて、もっと身近に…。
(霊媒が通信の内容を上手く表現できない様子)
管理人:
よろしいですか。
これは、かつて戦争で戦った英霊の皆様の話なのですが、彼らは今の日本国民からみて、神様という扱いで崇め奉られているのですが、彼ら自身は「肉体があるとないとの違いはあるけれども、私たちはあなたたちと同じだよ」と言っています。
私たち日本国民が、日本国の繁栄と安定を願って日々努力をしているのと同じように、英霊の皆様も霊界の住人の立場から、同じことを願って望んで日々活動をしていますと。
ですから、神様のような全然別の存在として崇めるのではなくて、「私たちと同じ同志なんだ」という感覚を持ってもらいたい――という話を伺っておりますが、趣旨としては似たようなものと言うことでよろしいでしょうか。
皇大神社の神様:
大体似たようなものですが、私たちはより多くの知識を得ているので、皆様にとって役立つことを沢山知っていて、生きる姿勢やものの考え方という意味で、目標としてそこを目指す対象として――「将来の私たちの姿なのだ」という意識で接して頂いた方が、注がれた力をより自分のものとして活用しやすくなるだろうし、不可能であるとして諦めることも徐々に減ってくると思います。
何かを目指しても、すぐに諦めてしまう人が多い。
「全然かけ離れた、私たちは相容れない存在なのだと言う意識でみるから、素晴らしいのは当たり前だ」という見方をされると、それはマイナスになる。
管理人:
私たちにとって、そういう見方をしていても成長がないと言うことですか?
学ぶものがないと…。
皇大神社の神様:
これは他の方も仰っておられたと思うのですが、崇めるというのは一種の依存――崇めるというのは完全に相手に縋って頼ってしまう精神の表れなので、依存以外の何物でもない。
崇めるのではなくて、素晴らしいと思ったら自然に敬う…。
尊ぶ?
皇大神社の神様:
尊敬の念を持って、自らもそうあろうと、その状態を目標として目指す。
それが本来の正しい姿、あり方であると。
管理人:
私たちと神様とのつきあい方であると。
皇大神社の神様:
そうですね。
管理人:
それでは、今回は元伊勢の神社を参拝しましょうと言うことで、外宮の豊受大神社、内宮の皇大神社、それから天岩戸神社を訪ねたのですが、先に外宮を訪ねた時には、余り積極的に働きかけてくるという印象はありませんでした。
一方、内宮では霊媒も神様からの働きかけを充分感じ取っているようでしたが、外宮と内宮とで何か異なった役割を受け持っているのでしょうか。
皇大神社の神様:
分かりやすく言うと、外宮で門の中に入った――門を通された。
管理人:
内宮と外宮があると、外宮が入り口ですか。
皇大神社の神様:
だから、順番に立ち寄ることに意味がある。
管理人:
今日は、最初に外宮に伺って、次に内宮に伺って、その次に天岩戸神社に伺ったのですが、その順番に意味があるとのことですので…。
霊媒M:
写真を見せてもらえますか?
(ここで霊媒が、外宮で撮影した写真を順番に見てゆく)
霊媒M:
あぁ、感じますね。
実際にその場にいた時には余り分からなかったのですが、写真だと強く感じます。
でも、門扉の内に入ったという印象です。
(さらに内宮の写真をみる)
霊媒M:
門に入って、神様にご挨拶をして、清めて帰った…。
管理人:
外宮で門に入って、内宮で神様にご挨拶をして、天岩戸神社で清めたと言うことですか?
皇大神社の神様:
流れとしてはそうです。
管理人:
そういう順番で参拝することに意味があると言うことですか?
皇大神社の神様:
普通に神社を参拝する順序と同じだと思う。
管理人:
ということは、それぞれの場所は離れていても、全体として一つの神社と同じような構造であるということでしょうか。
皇大神社の神様:
別にそれぞれの場所を単体で参拝するのでも構わない。
管理人:
構わないけれども、その順序で参拝することによって、何か特別に作用する物事があるのでしょうか。
霊媒M:
余りよく分からない。
言葉にするのが難しい。
管理人:
伝わっては来ている?
霊媒M:
ちょっと言葉にできない。
管理人:
では、それは結構です。
後はもう一点確認だけなのですが、ちょうどその日は皇大神社を参拝している時には晴れ間も覗いていたのですが、そのうちに雪が降って来まして、天岩戸神社に向かう間にだんだん降りが強くなって来てしまいました。
それでも、参拝している間は一時的に小止みになったのですが、参拝を終えるとまた徐々に雪の降りが強くなって来ました。
ちょうど参拝している時だけでも雪の降り方を抑えて頂いていたのでしょうか。
参拝しやすいように。
皇大神社の神様:
本当はよい天気だとよかったのですが、今回はあの状態が限界でした。
管理人:
天候は余り良くはなかったのですが、ちょうど参拝の間だけ小止みになったりと、天候の変化が分かりやすい形で観察できましたので、神様のお心遣いを感じることができました。
やはり、元々雨が降ったり、雪が降るはずであったのに、それを無くしてしまうと言うことはあってはならないと思います。
その中でも、雨が降る勢いを弱めてみたり、降る時間を少しだけずらしてみたりということは、時と場合によってはされているのかな――神様のお招きに預かっているとのことでしたので、その片鱗が感じられたと言う意味で確認させて頂きました。
皇大神社の神様:
一部の人達の為だけにそういう現象が起きているわけではないので、やるにも限界はある。
管理人:
そういった体験はこれまでにも他の場所でしてきていましたので、「今回も…」と、分かりやすく観察させて頂きました。
そこで、そろそろ本題に移らせて頂きたいと思います。
ちょうど皇大神社を参拝した時に、霊媒が御神籤を引きまして、それについての解説をお願いしたいのですが。
玉ちはう かみのめぐみの風受けて
もえ出でにけり のべの若草
時が来れば思うまゝになります
鏡のかげにしたがう様に心正しく行いをすなおにしないと家の中に不和が起って災いが生れます
特に男女の間をつつしめ
管理人:
一見したところ、プライベートな物事についてのメッセージの様ですが…。
皇大神社の神様:
何事も家庭が基本です。
家庭の中の安定というものは、すべてに影響してきます。
それこそ世界に影響を及ぼす。
だから家庭内の安定というものを蔑ろにしてはいけません。
管理人:
今回、私たちは幾つかの神社に参拝したのですが、他のところで引いた御神籤のメッセージは、どれも概ね似通った意味合いが込められているのですが、こちらだけ、他とは異なった視点から見た内容になっているので、一体どういう意味なのかを確認したいと思いました。
皇大神社の神様:
家庭、家族というものは、この社会の中で一番小さな集団であるし、それこそが全ての雛型である。
そこが安定していないと、当然安定していない人間が社会に出た時にどのように振る舞うかというと、やはり安定を乱す者となる。
心根の問題。
管理人:
ということは、他の御神籤を通じて伝えられたメッセージは、「今後社会的には概ねこの様な方向へ変化してゆくので、それに対する心構え――そういう視点から見た内容だったのですが、その社会とは裏腹にある、社会に対して働きかけるにしても、その基本にあるのは家族ですよと。
自分自身の精神的な安定、充実した心理状態が維持されるには、家族との関係が重要であると。
皇大神社の神様:
肝になっている。
管理人:
そこを安定させていないと、社会に対して何を訴えるにしても…。
皇大神社の神様:
元々自分自身の心が不安定な状態では、社会の現象を見た時にも不安定な状態で世の中を観察することになるので、見え方が不安定になる。
管理人:
では、今までに来ていたメッセージに対して、抜けている部分を補足するという意味合いなのでしょうか。
皇大神社の神様:
結局、広い視野を持って――というのが、今までの皆様が仰っておられたことだと思うのですが、その広い視野で物事を見る為にも、自分自身の心の安定に努めるのは大切なことですね。
そこが安定していて、初めて広い視野で物事を観察することが出来るようになりますよ。
そして社会の中での取り組みも、安定して行うことが出来ますよ。
管理人:
これを最初に見た時にはプライベートなメッセージなのかと思いましたが、今解説を伺って改めて読み返すと、そのまま今の日本の世相に対する忠告として、そのまま当て嵌まりますね。
皇大神社の神様:
個として安定する為にも、集団としての安定は不可欠。
どちらも欠くことが出来ない物だからこそ、大切に考えて行かなくてはならない。
管理人:
この最後に、「特に男女の間は慎まなくてはならない」とありますが、これは『特に男女の間で意識のすれ違いが見られる』と言うことなのでしょうか。
皇大神社の神様:
男女とは言い切れない。
パートナーという表現の方がしっくりくる。
管理人:
では、この言葉のままではないけれども、御神籤の中ではこれが神様の伝えたいメッセージに一番近いと言うことでしょうか。
皇大神社の神様:
なぜ男女かというと、男性と女性は体の機能が違うし、感情の流れ方も性別でかなり変わってくる。
そういう意味で『相容れないもの』として、無意識のうちに相手を見てしまう。
そういう意識の象徴として、そういうメッセージを選択した。
管理人:
相容れないもの…。
皇大神社の神様:
本当はそうではないけれども、無意識のうちにそう思い込んでしまう。
管理人:
相容れないと思い込んでしまいがち。
そこは特に気をつけたいと言うことですね。
(2010年12月24日)
実は、ここでご紹介した丹後の元伊勢三社を訪ねた後、そのまま宮津へ抜けて『天橋立』から『籠神社(こちらも元伊勢ですね)』へ向かおうとしたのですが、雪が路面を白く覆って積もりそうな気配となってしまいました。
この度は残念ながら雪用の装備を持ち合わせておりませんでしたので、諦めて京都市内へと戻ることにしました。
天候の変化から見た元伊勢三社との比較をすると、神様のお招きを受けていない場合は、これほど極端に天候が変わる物かと呆気に取られてしまいました。
ちなみに、宮津行きを諦めて京都市内に戻る途上で、それまでの降雪が嘘の様に日が差して来る中、次の目的地へと向かったのです。
【Silvercord】管理人
