さて、こちらは上記記事で既にご紹介しておりますが、追加の解説はこちらについてです。
『言』
自圭の玷けたるはなお、磨くべし。
斯言の玷けたるは為むべからず。
(御神籤には「自圭」とありますが、「白圭」が正解のようです。誤植でしょうか)
小國神社の神様:
玉は磨けば元に戻るとありますが、そもそも大切に扱っていれば傷は付きません。
言葉もそれと同じで、人間の交流に言葉は不可欠ですが、言葉をよく選んで交わす事によって、関係が傷つくことなく良い状態を保てます。
もし関係に傷が入る事態に陥っても、玉を磨くように弛まぬ努力を続けましょう。
時間は掛かりますが、必ず修復される時は訪れます。
関係を修復する中から、己が犯した罪の重みを知りましょう。
そこまで読み取って頂けると、より一層成長に近づけると思います。
(2011年1月4日)
次にご紹介するのは、琵琶湖に浮かぶ竹生島に鎮座する『竹生島神社(都久夫須麻神社)』です。
残念ながら、本殿の修復工事が行われておりましたので、ご覧のような状態でした。
これだけでは少々寂しいと思いますので、同じく竹生島に鎮座する『宝厳寺』より、国宝の唐門と本堂です。
さて、竹生島神社でも御神籤を引いておりますので、続けてご覧下さい。
解説は竹生島神社の神様にお願いいたしました。
「運勢」
何ごとも思うようになります。
しかし、油断はいけません。
いまから来年の計画をたて、充分の用意をしておくことです。
竹生島神社の神様:
こちらは読んで字のごとくなのですが、年が明けてしまいましたので、新しい動きに向けて今のうちに準備を整えておきましょう。
何事も「思い通りに物事が運んでいる」と思う時ほど隙が出来やすいので、どの様な状態の時であっても油断せずに、準備を怠らないようにしましょう。
『言』
その家を救う可からずして
能く人を救うる者は之れなし。
竹生島神社の神様:
大局にばかり囚われて、足下にある小さな事柄を疎かにしてはなりません。
小さな事柄を成し遂げられない人間は、大きな事も成し遂げられません。
「親が全然話を分かっていない」という不満を言ってしまう状況で、どの様にして周囲の多くの方々に言葉を聞いて頂けますか?
管理人:
そこで伺いたいのですが、人によって判断の分かれる事柄に付いては、まず聞く耳を持っている相手に話を伝えて理解を得る。
そして、なかなか話を聞いてくれない人(ここでは親)については後回しにして、まず自分が理解者と共に動いて実績を作る。
その上である程度の実績が見える段階になったところで、聞く耳を持たない人に改めて話をするという手順を踏めば、言葉の裏付けとしての実績がある分だけ、耳を傾けて貰いやすくなると思うのですが、いかがでしょうか。
竹生島神社の神様:
それは、言葉を受け入れない事で家族を見限っているのではなくて、可能性を広げる為に今出来る事を行っているので、「あの人は話を聞かないから駄目だ。何も分かっていない」と批難しているのとは違うのではないでしょうか。
そして御神籤の裏側です。
『教え』
小事にも徹する人は、大事を成しとげる力を恵まれる。
竹生島神社の神様:
小さな事を疎かにする方は、何かと抜けていると言いますか、見落としている部分がありまして、一見成功しているように見えても、実は綻びがあって、内部から崩壊する事態を招く場合もありますので、何をする場合でも丁寧を心がけましょう。
『天のみこえ』
暑しとも いわれざりけりにえかへる
水田にたてる しづを思へば
竹生島神社の神様:
大変な思いをしている人が居るのに、不満を言う事も出来ないという意味になりますが、そこで終えてしまうのではなくて、その不満を解決する方法を考えましょう。
状況を改善する方法を考えた方が良いでしょうという話です。
(2011年1月4日)
さて、今日の最後にご紹介するのはこちらです。
こちらは滋賀県の山王総本宮『日吉大社』です。
こちらでも御神籤を引いておりますので、ご紹介したいと思います。
吹きあるゝ 嵐の風の末遂に
道埋るまで 雪はふりつむ
(親類まで災をして思うに任せず心痛する事多し 何事も時の来るまで天にまかせて 静かに身を慎んで居れば雪の朝日に消える様に楽しい時あり 今は何も控えよ)
日吉大社の神様:
嵐の勢いが激しい時に、嵐を抑えようと無理をしても、なかなか物事がうまく運ばずに、成果が見えてきませんので、嵐の中に飛び出すのではなく、家の中で出来ることを行い、来るべき時に備えましょう。
そして来るべき時が訪れた時に迅速に動けるように、今出来ることに尽くしましょう。
今事を急いて、無理に物事を推し進めようとしても、決して上手くは運びません。
そして御神籤の裏側です。
『神の教』
かわる此世にかわらぬ物は、神のめぐみと日の光り
私共を御いつくしみ下さる神様の御心は、大空に照り渡る太陽の光りの様にいつ迄立っても変らない。それなのに、ともすれば、私共の心が神様からはなれる。神様にそむいて逃げまわる。屹度其時、心に暗いかげがさす。不安が伴なう。不幸が出来、不幸が湧いて来る。
日吉大社の神様:
神という存在は、いつの世でも変わりなく、同じように恵みを注がれております。
人間は時として、恵みに目を向ける事が出来ずに、自ら神の手から逃れてしまう行動をとる場合がありますので、人間であると言うこと、神という存在との関わりを、日々の生活の中から経験を通してより深く理解して頂けると、不幸を感じる機会も減りますし、より安定した生活が送れると思います。
(2011年1月4日)
それぞれの御神籤を見比べて頂くと、ある特定の方向性のメッセージが重ねて強調されている様子が伺えると思います。
神様や霊界の住人は、この様な手段を通じて私たち人間に向かって語りかけているのです。
【Silvercord】管理人
1月7日現在回答待ちの質問
下記のご質問につきましては、回答に時間が掛かっておりますので、しばらくお待ち下さい。
- 記事【それぞれの立場から見た戦争】のコメント欄からお寄せ頂いたNK様の質問「原爆投下について」




