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2011年5月11日水曜日

技術的には被害を抑制する事が可能

今回は、記事【改めて考えてみたいこと】の続編として、土佐神社に関する記事の後編をお届けしたいと思います。
当初、私たちは土佐神社の神様のお招きに預かったと思っていたのですが、どうやら別の神様の強いお招きがあったようです。





■ 神明宮(土佐神社の末社)の神様との対話

霊媒M:
境内にあった末社の神様に強く引き寄せられました。
ここですね。



管理人:
こちらは神明宮とのことですね。

神明宮の神様:
現地でも少し話したのですが、震災に遭ったことで、気持ちが挫けそうになっている側面が見られるのですが、現実の被害状況を見た時に、本来であればもっと大きな影響を受ける様な災害でした。
それでも、この規模の災害としては、被害の規模は小さめに抑えられています。
ただ、今までにはない被害の大きさだった為に、「もの凄く大きな災害であった」という所に気持ちが向いてしまっている。
もっと大きな被害が出てもおかしくない災害だった。
今は当事者になってしまったので、客観的にしてみることは難しいだろうと思います。
他に抱えている問題もあるし。
但し、震災の規模の割に、被害の程度は皆様が感じているほどではない。
だから、それほど落ち込むほどでもなくて、本来であればもっと大きな被害が出てもおかしくない震災を受けて、この程度の被害に押し止められたと言うことは、それだけ力を尽くして対策をしてきた結果なので、自分たちが持つ力を信じて、今まで考えないで過ごしてきた物についても目を向けて、持てる力を発揮して、更に強固な物にして行くように心掛けると良いでしょう。

管理人:
よろしいですか。
この度の震災は、災害の規模からすると、被害の程度は比較的抑制されている、小規模に収まっているとの事なのですが、実際に我々が災害の規模と被害の程度を比べて判断する時に、その比べる対象となる物がなかなか思いつかないのですね。
実際に経験している中では、被害の規模は充分に大きい。
だから、相対的に抑制されていると言われても、比較する対象がないので、判断がつきません。
経験している中では、とても大きな災害であると言うことなのですね。

神明宮の神様:
ここは難しいところです。

管理人:
今の話は、地震が起きました、それに伴って津波が襲いました、という部分についての話なのだと受け止めておりますが、そこから派生して原子力発電所が危険な状態にありまして、その危険な状態がなかなか収まっていかないまま一ヶ月以上経過しているのですが、その点については何かございますか?

神明宮の神様:
こればかりは皆様がどう対応するのかにかかってきてしまうので、私たちは私たちの立場で出来る限りのことを行っていますが、それをどう受け止め、どのように活用するのかは、皆様が自分たちで実現して行く物なので、皆様は何を選択するのかという話になってきます。
暮らしている世界が違いますので、直接何かをする訳にはいきません。

管理人:
霊界の住人の皆様が様々な活動をされているという話は伺っております。
一応ここまでのお話は分かりましたが、その真意がどの程度伝わるのかを考えると、なかなか難しいですね。

霊媒M:
上手く表現が出来ていない。

管理人:
上手く表現が出来ていないと言うよりは、これまでの私たちの経験の中で、「これまでにもっと酷い時があったじゃない。確かに地震の規模は大きかったし、津波の被害も広範囲に及んだ。でも、あの時に比べれば何とかなるよ」と例えて比べる対象になる経験がなかなか思い当たらないのですね。

神明宮の神様:
これだけ広い範囲で立て続けに被災する機会がなかったので、比べる材料がないと言うのは分かります。

管理人:
そこで比べる材料がないので、実際に大きな被害が出ている現状を見て、「実は想定される被害より小規模に収まった」と言っても、なかなか説得力を持たないのですね。
ただ、「被害の程度が抑制された」という見解の裏付けになる事実もあって、巨大な防潮堤を設置した海辺の町が、津波の被害を免れた例もあるのですね。
逆に、津波が防潮堤を越えて町を押し流した場合もありましたが。
そこで、同じ津波に襲われても、甚大な被害を受けた場所もあれば、軽微な被害に留まったところもある。
その両者の違いはどこにあるのだろう――どうして被害が拡大したのだろう、どうして被害が抑制されたのだろう――その点を深く追求し、適切な対策を施すことによって、仮に今度同等の災害に襲われたとしても、今回よりも被害を抑制できるだろうし、災害からの復旧・復興も迅速に行える様な備えを用意しておける。

神明宮の神様:
既に、技術的には可能になっている。
後は、それを実行するかしないか。
力は既にある。
技術的には可能となっているけれども、実際にやろうと決断をしてきたか、無駄だと言ってそういう対策を省いてきたか――そこの違いが出てしまった。
もう過去を悔やんでもしようがないから、次に新しく町を作る時に、そういう点を考慮して作れば、将来的に安心して暮らせるようになる。
実際に被害を最小限に食い止めることが出来た町があるのだから、技術的には出来るのだから、これから取り組んで行けば、暮らしやすい安全な町が築けますよ。
福島の原発については皆様の選択によるので、私たちの立場で出来ることは行っているので、後は皆様が何を選択するか。

管理人:
如何に菅直人を黙らせるか?

神明宮の神様:
黙らせるというか、きちんと対応してもらうか。

管理人:
それは無理でしょう。
彼らはきちんと対応していると思っているのでしょう。
その結果として今があるのだから。
やはり現場の人間が一番事情をよく分かっているのだから、今最前線で尽力されている方々にとって一番動きやすい環境を作る為に、周りの人がどのように支えるかという部分が問われているのだけれど、そこをとりまとめる立場の政府がきちんとマネージメント出来ていないと言うことでしょう?
政府にも言い分はあるのだろうけど、今最優先させなくてはならないのは何か、その目的を達成させる為に必要な環境は整えてあげないと。
口先で「やれ」と言って怒鳴りつければ物事が動くのではなくて、今現場で動いている人が動きやすい環境を整えるのが、マネージメント役のやらなくてはならない仕事でしょう。
まずそれをやらなくてはお話にならない。

神明宮の神様:
結局、より多くの方が何を望むかというところが大きく影響してくると思われます。
まず皆様の意識が変わる必要がある。
責任を問うと言うことは、自分自身にも責任が問われてきますよ。
なかなか思うようにならないので不安になる気持ちは分かるのですが、やはり自分自身も責任を持って行動できる・発言できるという風になっていかないと、世の中はなかなか改善されていかないと思います。
相手の方が悪くて、私自身は被害者で悪くないと言うことでは、世の中は動いていきません。

管理人:
そうですね。
誰が良いとか悪いとかは、余り関係ないですね。

神明宮の神様:
今何が問題で、その問題を解決する為には何ができるのか、何をすれば良いのか。
そこに善悪はないです。

管理人:
その善悪を云々しても良いけれども、物事には優先順位があって、まず今の目の前にある問題を片付けるには何をしなくてはならないのか、そこに力を注いで、問題が解決して落ち着いてから、誰が良い悪いとやってくれればいいのですが。

神明宮の神様:
善悪とはあくまでも主観なので、立場によっては判断が真逆になってしまう。
そういうあやふやな感情、曖昧な感情で問題を見つめても、なかなか解決策は見えてこない。
今何が起きているのか、そして何が出来ていて何が出来ていないのかをきちんと把握して、足りていない部分を補っていく。
あるいは必要のない部分を取り除いて行くという風に、現実の物として一つずつ作業をこなしていけるように組み立てる。
一つ一つ作業をこなすというのは、パズルのピースを一つ一つ埋めていくような物で、ある一つのピースが見つからない時にただ「無い、無い」と騒いでいてもそこが埋まるわけではなくて、ピースを見つける為にあらゆる可能性を考えて探して行かないと、いつまでもピースは埋まらなくてパズルも完成しない。
ピースの見つかりそうな可能性の高い場所から順序立てて探して行かないと、なかなか前には進めないと思います。
徐々に冷静になっている人も増えていますが、「出来ない、出来ない」で留まっている人も多い。
なぜ出来ないのかを、まず確かめて、そして出来ない原因となっている物を出来るようにするには、何が必要で何がいらないのかを考えて、それが分かったら足りない部分は補って、不必要な部分は削って行くように努めると、比較的早く問題は解決できます。

(2011年4月30日)





今回の記事は、内容的に誤解を招きかねない微妙な部分を含んでいた為、記事として公開するか否か、霊媒との間で議論となりました。
しかし、私たち人間とは別の視点から見ると、この様な見方も出来るのだと言う点をご紹介するという意味で、敢えて公開することと致しました。
霊媒も「上手く表現できていない」と述べております様に、神様の真意を何処まで表現できているかは分かりませんが、今の私たちにとって重要な指摘を含んでおりますので、慎重に読み込んで頂ければと思います。

【Silvercord】管理人 





5月11日現在回答待ちの質問

記事【ご覧の皆様からお寄せ頂いた質問について】の理由により、下記のご質問につきましては、しばらくの間回答を延期させて頂いております。

2011年5月10日火曜日

改めて考えてみたいこと

今回は、高知県を巡る旅の第一弾として、土佐一ノ宮『土佐神社』をご紹介したいと思います。
御祭神は味鋤高彦根神と一言主神であり、消失した社殿を戦国武将の長宗我部元親が再建、江戸時代には藩主の山内氏の保護を受けていたようです。




さて、参拝を終え、霊媒がこちらの御神籤を引きました。


「吹きあるゝ 嵐の風の 末遂に 道埋るまで 雪はふりつむ」
親類まで災をして思うに任せず心痛する事多し
何事も時の来るまで天にまかせて
静かに身を慎んで居れば雪の朝日に消える様に楽しい時あり今は何も控えよ



神の教
かわる此世にかわらぬ物は、神のめぐみと日の光り
私共を御いつくしみ下さる神様の御心は、大空に照り渡る太陽の光りの様にいつ迄立っても変らない。それなのに、ともすれば、私共の心が神様からはなれる。神様にそむいて逃げまわる。屹度其時、心に暗いかげがさす。不安が伴なう。不幸が出来、不幸が湧いて来る。

この御神籤の文面には見覚えがありましたので、土佐神社の神様にご登場願い、まずは御神籤の解説からお願い致しました。





■ 土佐神社の神様との対話

管理人:
今日は高知県の土佐神社に参拝しましたが、その際に霊媒が引いたお神籤の文面に見覚えがありました。
そこで確認したところ、昨年末に滋賀県の日吉大社(記事【年明けと共に日本の夜が明ける・補足】)に参拝した際に、やはり同じお神籤を引きました。
時期的にも、昨年末と今年の春と言うことで、これまでには、これほど短い期間で同じ文面の御神籤を引く機会はありませんでしたので、敢えて今このお神籤を引いたことについて、何かコメントはありますか。

土佐神社の神様:
自分の身近に感じていなかったような問題に対しては対処しやすいのですが、いざ我が身に降りかかってくると、一歩引いてみていた時には出来ていた物が出来なくなってしまう――という風になりやすいので、今の状況の中でもう一度この御神籤の内容について考えてもらいたかった。

管理人:
つまり、震災の前と後で、自分に災害の及ぶ可能性など想像もつかなかった時点では冷静に考えることが出来ていても、実際に災害の発生した今は、自分の身の周りにも様々な影響が及ぶと――そうなった今、もう一度考え直してみましょうということでしょうか。

土佐神社の神様:
そうですね。
そういうことで、敢えて同じ内容の御神籤を引くことになりました。
これは結構重要なので、よく考えてみてほしいと思います。
その上で、どのように行動を起こしたらよいのかを、よく考えてみてください。

管理人:
御神籤については以上でしょうか。
では、今回土佐神社に参拝しましたのは、これまでにも私たちが様々な神社に参拝した際と同様に、霊界の活動の必要性に応じてお招きに預かったのではないかと想像しているのですが、今伺った御神籤に関するメッセージを伝えるのが主な目的なのでしょうか。

霊媒M:
ちょっと(回答が)来ないですね。

(ここからは土佐神社境内で撮影した写真を見ながら話を進める)

(2011年4月30日)





今回は、土佐神社に関する記事の前編をお届けすることに致しました。
近日中に後編を投稿致しますので、しばらくお待ち下さい。

【Silvercord】管理人 





5月10日現在回答待ちの質問

記事【ご覧の皆様からお寄せ頂いた質問について】の理由により、下記のご質問につきましては、しばらくの間回答を延期させて頂いております。