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2010年10月24日日曜日

京都・奈良の旅をまとめてみた(その7)

今回は、記事【京都・奈良の旅をまとめてみた(その6)】の続編となります。
一言コメントは引き続き霊媒Mに依頼しました。





No.17:長谷寺







霊媒Mのコメント:
今回の一番の目的地である長谷寺は、山の上にありましたので結構大変でしたが、頑張って階段を登った甲斐のある場所であったと思います。
足が疲れてしまった事もあり、帰りに転ぶというハプニングもあり、痛い思いもしましたが、軽い捻挫で済みましたし、今回はこちらで「よい厄払いをさせていただけた!」と、喜んでこの場を後にしました。





No.18:橿原神宮









霊媒Mのコメント:
こちらは本当に霊力が強いです。
全てを包み込むような、とても大きな力が働いていました。
最初は予定に入っていなかったのですが、時間が出来たので訪れる事ができました。
どうやら、神武天皇と名乗る霊にお招きいただいたようで、道理で予定よりも早いペースで動けたはずだと思いました。
多分、地元の方だと思うのですが、鳥居の由来についてご親切に説明していただけたりして、こちらでもチョッとした心のふれあいを楽しみながら、とても良い気分で参拝する事ができました。
「こういうチョッとしたふれあいが旅の良さなのかな?」と、つくづく思いました。
とても安心できる霊力が分け隔てなく誰にでも降り注がれており、このような素晴らしい存在を、何故、否定する人たちがいるのだろうかと不思議に思うくらいでした。
天皇陛下という存在を否定するという事は、いつでも誰にでも援助の手が差し伸べられているのに、わざわざその手を振り払っているようなものですから、「本当に勿体無いことだなぁ」と、思ってしまいました。
こちらでも御神籤を引かせていただきました。





No.19:神武天皇陵





霊媒Mのコメント:
こちらは神武天皇と名乗る霊から「あなたとの繋がりをより強化したいので訪れて欲しい」とのご要望がございましたので、橿原神宮とすぐ側ですし、訪れることになりました。
天皇陵ですから、やはり霊力はとても強いです。
とても癒されますし、安心します。
「こちらに訪れるのが実は本当の目的であったのでは無いのかしら?」と、思えるくらい、とても有意義な時間を過ごす事ができました。





これまで約一ヶ月に渡って『京都・奈良の旅』関連記事を集中的に投稿して参りましたが、こちらの記事で一区切りとなります。
今回の旅では、どの様なきっかけからであったにせよ、神社・仏閣を訪ねる機会に恵まれるのは、その施設の管理を司る神様や霊界の住人に招かれている場合が少なくないという事、そして、神域を訪ねた人間は、霊的な側面に何らかの働きかけを受けている事を再確認いたしました。
すぐに目に見える反応が現れなくとも、神様や霊界の住人はあらゆる機会を通じて私たち人間に働きかけているのです。

【Silvercord】管理人 

2010年10月3日日曜日

長谷寺の観音菩薩様から皆様へ(その2)

前回投稿した記事【長谷寺の観音菩薩様から皆様へ(その1)】に続いて、今回は(その2)をお届けいたします。





そして、宿に戻ってからのお話も、前回の続きからとなります。





■ 長谷寺のご本尊(十一面観世音菩薩座像)に宿る観音菩薩様との対話

【長谷寺の観音菩薩様から皆様へ(その1)】のつづき)

管理人
この霊媒が霊媒能力を本格的に発揮し始めてから数年経つのですが、何故あえて今この時期にお招き頂いたのでしょうか。
私たちは今、「霊界と地上界を繋ぐバチカンの拠点が開放されます」ということで、その中で霊界と地上界を繋ぐパイプ役の一部を担っていると言うことになるのですが、その活動とは何か関連があるのでしょうか。

長谷寺の観音菩薩様
今、世界の状況が目まぐるしく変化する中で、大勢の方の声・思いが届いています。
その中でも、“恐れる思い”が今一番強く出ている。
そういう中にあって、ありのままの姿を見つめるきっかけを持てることで、“恐れ”というものが“目標”とか“希望”に、己の中で昇華させることが出来るようになるから、そういう声を分かり易い形で届ける必要がある時期なのではないかと思いました。

管理人
その「声や思いが届く」というのは、全世界的にそういう傾向が見えると言うことでしょうか。

長谷寺の観音菩薩様
全世界的に。

管理人
今、長谷寺があるのは日本国内ですし、私たちは日本国民ですから、日本国内の皆様に向けて「長谷寺の菩薩様がこの様に述べておりますよ」という紹介は出来ると思います。

長谷寺の観音菩薩様
教義として出来上がったものを長い間伝え広めてきた状態だと、やはり足りていない部分とか、今必要な解答とはズレている部分が出てきます。
基本的な部分は教えられているのですが、経験を積んでいないと理解するのが難しくなってしまう。
分かっている人は、その一文を読んだだけで"十"分かる。
しかし、分からない人にとっては、その一文に書かれていることを知るのがやっと。

管理人
その一文とは、仏教でいうと経典・経文のことですね。

長谷寺の観音菩薩様
そうするとやはり、理解するにはちょっと難しい。

管理人
基本的な部分は同じなのだけれども、昔と比べると私たちも少しずつ成長しているじゃないですか。
そうなると、昔世に出された経典・経文だけでは足りない部分が出てくると思います。
そういった足りない部分を補いたいという意図もあるのでしょうか。

長谷寺の観音菩薩様
そうですね。
やはり、こういった知識は一部の限られた人達のものではなくて、生活の中で生かしてゆく、生活の中に溶け込んでいる姿が一番自然な姿であると思うので、より分かりやすくお伝えしたかった。

管理人
では、今回はとりあえず「霊媒との繋ぎをつけたい」との意図で、お招きに預かったと受け取りました。
そして、今お話の点について、「もう少し考えてみてはいかがでしょうか」ということであったと思いますが、今後も折に触れて色々なお話を聞かせて頂けるということでしょうか。

長谷寺の観音菩薩様
必要があれば。
長谷寺はお寺で仏教だけれども、他にも神社や教会などがあるでしょう。
そういう違いはあっても、霊界は連動して動いている。
他の方の説明で十分説明が尽くされているなら、敢えて触れることはない。

管理人
では、こちらからお伺いしたいことがある場合は、それに答えて頂けるのでしょうか。

長谷寺の観音菩薩様
答えられる範囲内で。
場合によっては、お話してもまだ、今の人間の状態ではよくわからないことがあります。
そうすると、言葉を伝えている相手が人間の方(=霊媒)ですので、言葉にできない。

管理人
つまり、人間の知識の限界を超える事柄は伝えようがないということですね。

長谷寺の観音菩薩様
ですから、お寺などに来ていただいて、直接霊の部分に訴える、霊同士の関わりを通じてであれば、言葉で説明できなくても通じ合わせることができます。
しかし、「言葉で説明していただきましょう」となると無理があるので。
ですから、直接赴いていただければ、言葉で説明できない部分にも働きかけることはできます。

管理人
それは、今の状態では認識することすら出来ないかも知れないけれども、この後亡くなってしまって、肉体との繋がりが解けた時に「そういえばあの時!」と理解することができるのでしょうか。

長谷寺の観音菩薩様
そういう場合もあれば、肉体を持っているうちに理解できることもあります。

管理人
日常生活を送っているうちに、ふと気づく?
それが以前、「長谷寺へ赴いた時に教えてもらったのか」とは思わなくても、ふと気づく。
そして、気づいたきっかけを遡っていくと、実は長谷寺を訪ねた時に、霊的な働きかけを通じて教えてもらっていたのかも知れないですね――ということでしょうか。

長谷寺の観音菩薩様
はい。

管理人
では、今回はそろそろ終わりたいと思いますが、何か話しておきたいことはありますか。

霊媒M
あぁ、何で転けたかが判明。
(長谷寺を後にする際、霊媒が参道の石畳の隙間の凹みに足を取られて転けるというハプニングがありました)

管理人
何で転けたのでしょうか。

長谷寺の観音菩薩様
人は転ぶと起き上がりますね。
一度転んでもそれで終わりではないのですよ。
起き上がる意思があれば起き上がれますよ、前に進めますよ。
今躓いてしまったからと言って、そこでそんなに深刻に考えなくても、ちゃんと起き上がれますよ。
ちゃんと立ち上がって前に進めますよ。
後は、自分次第。
自分が起き上がろうとするかどうかですよ。

(2010年9月24日)





前回、今回と二回に分けて、長谷寺の観音菩薩様のお話をご紹介いしましたが、いかがでしたか。
特に今回の記事の中にありますように、私たちが神社・仏閣などの霊的スポットを訪ねた際、実は気付かないうちに何らかの霊的な働きかけを受けており、その結果が別の機会に「新たな気づき」として実を結んでいるのかも知れません。
私たち人間にとって、その因果関係は分かりにくいのですが、何か特定の信仰がある訳ではなく、観光の一環としてその様な施設を訪れた方であっても、その場所を訪ねることによって得るものがあるようです。
長谷寺の観音菩薩様も、皆様が訪ねるのをお待ちしているようですので、機会を捉えて訪ねられてはいかがでしょうか。

【Silvercord】管理人 

2010年10月2日土曜日

長谷寺の観音菩薩様から皆様へ(その1)

前回投稿した記事【大神神社の神様から皆様へ】でご紹介しましたように、奈良県桜井市の『大神神社』を後にした私たちは、いよいよこの旅の目的地である『総本山長谷寺』(奈良県桜井市)へと向かいました。







本堂に鎮座するご本尊様にご挨拶申し上げ、そのまま境内を散策して回りました。
その後、宿に引き上げてから改めてお話を伺うこととしました。





■ 長谷寺のご本尊(十一面観世音菩薩立像)に宿る観音菩薩様との対話

長谷寺の観音菩薩様
人の世は移ろいやすく、非常に不安定なものだ。
その不安定な世の中にありながら、変わらないことを望む。
変わらないと言うことは、この世界ではあり得ないこと。
そうであれば、変化する世の中に如何に順応していくかを考えて、今までの経験の上に更に積み重ねることで、変化しないことを望むのではなくて、変化する中で自分がどうありたいのかを考えた方がいい。

管理人
うーん。
まだ余りよく伝わっていないようですが。

霊媒M
話しているうちに伝わりやすくなると思います。

管理人
では、こちらから質問をします。
今回、京都・奈良の霊的スポットを訪ねて回ったのは、そもそも霊媒から「長谷寺に行きたい」との話があったので、首都圏に住む私たちとしては、せっかくのチャンスなので、京都・奈良の気になる霊的スポットを訪ねて回ろうということになりました。
そこで伺いたいのですが、今回長谷寺にお招き頂いた理由というか、目的について教えて頂けますか。

霊媒M
イメージで伝わってきたのですが、「手の中で蓮の花が開く」イメージ。

管理人
手は誰の手でしょうか。

霊媒M
手は、長谷寺のご本尊ですね。

管理人
では、蓮の花は?

霊媒M
蓮の花は、「大切に育ててきたものが花開く」と言っています。

管理人
では、「大切に育てられてきたもの」とは何でしょうか。

霊媒M
「人の心」と言っています。

管理人
人の心といってもかなり曖昧ですので、それは何かしらの心の状態のことでしょうか。
喜怒哀楽とか色々ありますけど、何か特定の心の状態を示すのでしょうか。

霊媒M
そうですね。

管理人
では、それはどの様な心の状態を示すのでしょうか。

霊媒M
「確信に満ちた揺るぎない思いが、もうすぐ花開く」と言っているので、これからそういう風に人の気持ちが動いていく。
それを大切に、「人の気持ちを大切に育ててきた」ということのようです。
ここの場所から…長谷寺は全国にあるから、各地の長谷寺からエネルギーを発していたと言うことだと思いますが。
長い時間を掛けて、人の心を育ててきたそうです。

管理人
――育ててきましたと。
それが実を結ぶ所まで来た今、霊媒と…私も含めてだと思いますが、お招き頂いたのはどの様な理由があるのでしょうか。

長谷寺の観音菩薩様
心を合わせることで、より効果的な援助というか支援が出来る。

管理人
では、私たちが今行っていることが、今長谷寺で活動を行っている皆様とも関係があるので、私たちの活動についても支援をして頂けると言うことでしょうか。

長谷寺の観音菩薩様
支援という表現はちょっと違っていて、元々お寺などに興味のある人は進んで訪れるので、そういう人とは心を合わせやすい。
でも、そうではない多くの人たちとのきっかけ…。

管理人
関心があるとかないと言うことでしょうか。
元々関心を持っている人であれば、比較的すんなりと意思の疎通――話が通じ合えるけれども、関心のない人に幾ら話をしようとしても、まずその話を理解する為の基礎知識がなかったり、そもそも関心がないのだから聞く耳すら持たないと言う状況もあるでしょうね。

長谷寺の観音菩薩様
だから、そういう人たちとの縁を繋ぐ為のきっかけを持ちたかった。

管理人
では、Blog(=【銀の紐】)で紹介することによって、「長谷寺の観音菩薩様は私たちをその様に見ているのだな」と、それを予め知っているのと知らないのとでは受け止め方が全然違っていて、予めそういう話を聞いていれば「では、今度長谷寺へ行ってみましょうか」という話になりますね。

長谷寺の菩薩様
ですから、ご支援させて頂くと言うことではなくて、私たちの思いを遂げる為にご協力頂きたかった。

管理人
だから窓口というか、繋ぎの役割を期待されていると言うことでしょうか。
やはり現時点では霊媒能力を発揮している人が限られているので、どうしても集中してしまう印象があります。

長谷寺の観音菩薩様
そして、冒頭に話していたことですが、変化することを恐れている限り、心の平安は訪れません。

管理人
まあ、そうですね。
もともと変化するものですからね。

長谷寺の観音菩薩様
ですから、変化を恐れるのではなくて、変化する中を如何にして生きるのかを考える。

管理人
変化に順応しましょうと。

長谷寺の観音菩薩様
そうすることで、自分自身が揺らぐことは少なくなるでしょう。

管理人
それはわかるのだけど、今の世の中、それがわかる人は少なくて…。

長谷寺の観音菩薩様
変化するのが当たり前。

管理人
変化するしないに関わりなく、自分自身が流れを作り出す位に考えていてちょうど良いような気もしますが。

長谷寺の観音菩薩様
それは時と場合に因ります。
やはり外からの影響で、流れにうまく乗る方法を考える。
たとえば同じ変化でも、激しく変化している部分と緩やかに変化している部分があるから、そこを見極めて自分が乗り越える方法を考えてみる。

管理人
だから、その変化を見極められると言うことは、その変化を見極めることを前提として、では自分にとって都合良く変化を利用するにはどうしたらいいか。

長谷寺の観音菩薩様
サーファーは波を読んで、その波に乗ります。
乗り損ねるとひっくり返ってしまう。

管理人
ただ、サーファーが自由に波を作り出すことは出来ないので、来た波に乗るのだけれども、その波に乗った中でも技術が上達してくると、「あちらへ行きたい、こちらへ行きたい」と、ある程度の範囲内で自分で制御できる様になります。
自分でどうしようもない部分はどうしようもないけれども、まず「自分で操れるのはどこからどこまでなの?」という部分を掴む必要がありますね。

長谷寺の観音菩薩様
自分自身の力量をちゃんと理解しているというのは、基本ですね。
その上で、「自分の力なら、このくらいなら出来そうだ」という基準があると思いますから、それを基準にして「どの程度だったら出来るのか」という部分を見られるようになると…。

管理人
人生変わりますね。
有意義な人生が送れますね。

(記事【長谷寺の観音菩薩様から皆様へ(その2)】へつづく)

(2010年9月24日)





今回は記事の長さの関係上、(その1)と(その2)に分けてお届けいたします。
(その2)は明日の投稿を予定しておりますので、お楽しみに。

【Silvercord】管理人