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2010年10月20日水曜日

京都・奈良の旅をまとめてみた(その6)

今回は、記事【京都・奈良の旅をまとめてみた(その5)】の続編となります。
一言コメントは引き続き霊媒Mに依頼しました。





No.14:石上神宮







霊媒Mのコメント:
こちらの神社は朝一番に訪れたので、参拝客も少なく静かなものでした。
朝の御勤め中のようでしたので、神様もそちらに集中していたようです。
こうして毎朝、神様方との繋がりを深めているのだなと思いました。





No.15:大和神社











霊媒Mのコメント:
こちらの神社は規模としては大きい方ではありませんでしたし、私たちが訪れた時には参拝客もいませんでしたが、霊力は強く感じました。
地元の皆様に大切にされているのかなと思いました。
ここは結構穴場かもしれません。
こちらでも御神籤を引かせていただきました。





No.16:大神神社













霊媒Mのコメント:
こちらでは、参道をお掃除されている方からにこやかに挨拶をしていただいたりして、チョッとした心のふれあいがあって、とても気分良く参拝できました。
こちらの神様も地元の方にとても大切にされているのですね。





今回ご紹介した神社は、霊媒Mにとっては好印象だったようです。
記事【大和神社の神様から皆様へ】でも述べましたが、特に大和神社は、同地を訪ねる機会があれば是非立ち寄りたい、おすすめの場所の一つのようです。
末社からもかなり強い力を感じるようですので、併せて参拝したいですね。

【Silvercord】管理人 

2010年9月30日木曜日

大神神社の神様から皆様へ

先日の記事【大和神社の神様から皆様へ】でご紹介しましたが、奈良県天理市の『大和神社』を参拝した後、そのまま国道169号線を南下して、奈良県桜井市の『大神神社』へと向かいました。





そして、こちらでも霊媒が御神籤を引いたところ、これまでと関連する内容の和歌が綴られておりました。



秋去らば いまも みるごと
妻ごひに かしまむ やまぞ
この原の うへ

(このクジ運の人は なぜか小さな「吉」を摑んで放さないが それがまた 不安のたね 思ひなほして新しいみちをミチを歩めば 更に「大吉」を摑む相あり
心も言葉も皆朴を保つべし)

こちらの御神籤についても、大神神社の神様のお話を伺うこととしました。





■ 大神神社の神様との対話

大神神社の神様
御神籤では『運』として表現しておりますが、そもそも『運』とは自ら招き寄せているので、日々の行いの結果――日々の考え方とか活動の結果ですので、その辺を踏まえておく必要がある。
ここでは小さな『吉』を掴んで放さないとしておりますが、何か自分にとって一つ好ましいことがあった時に、次に何かがあっても「これがあれば大丈夫」と思い込んでしまいます。
たとえば、ある商売で成功したとします。
ある一つの商品が大当たりして一時的に儲けたとしたら、その商品にしがみついて、新たな商品を開発しようと言うことが出来ないタイプの人ですね。
逆に、その商品だけに頼ってしまっているから、「もし売れなくなったらどうしよう」という不安が常に付きまとう。

管理人
言い方を変えると『一発屋芸人』みたいなものですか?

大神神社の神様
そうですね。
今商売がうまくいっているので、そこで儲けたお金を元手に新たな商品を開発しようとか、更にその商品を改良してよいものを作ろうとか、発想を変えて新しいものを生み出す努力をする。
そうすることで、「売れなくなったらどうしよう」という不安が無くなります。
まあ、「それが当たらなかったらどうしよう」という不安は付きまとうかも知れません。

管理人
「当たらなかったらどうしよう」ではなくて、出来るだけ当たるものを作り出す為に、例えば『マーケットリサーチ』を行って市場の動向を掴む。
お客様のニーズを事前に把握することによって、ある程度「当たらないかも知れない」というリスクを下げることは出来ますね。

大神神社の神様
そして、そうすることによって新しい『運』をたぐり寄せることが出来ますね。

管理人
ここで個人的に注目したいポイントがあるのですが、一番最後の所ですね。
『心も言葉も皆朴を保つべし』
下らない小細工をして、「あいつを出し抜いてやろう」などと妙なことを考えても…。

大神神社の神様
そういうやり方をしても、満足のゆく結果を得られない。

管理人
そういうことですね。

大神神社の神様
とにかく「運がよい、悪い」と言いますけれども、『運』とは自分の意志とは関係ないと思われがちですけど、『運』とは自分の意志や行動によってたぐり寄せられるものなので、『宿命』と『運命』を混同されている方が多いようです。
『宿命』の部分は動かし様がないけれども、『運命』は変えられるのですよ。
それはその時々の自分自身の対応によって、変化する可能性がありますよ。
生まれた時から臓器が病に冒されていたり、体の一部が無いという場合は、自分で選んでその環境に身を置いたといえます。
それは『宿命』に当たる部分ですが、後の選択によって起きてしまったものは『運命』の部分なので、可能性は他にもありました。
その辺を混同されませんように。

管理人
そうですか。

霊媒M
その点は私も気になっていました。
混同していて、その違いがよくわかっていないのかなと。

管理人
よくわかっていないと言うより、余り突き詰めて考えていないのかな。
何となくの雰囲気でその様な言葉を使ってしまっているけれども、正確な意味までは理解できていない。
そして「何となくこういうものなのではないか」で止まってしまっている。

霊媒M
それはともかく、『運命』と『宿命』は違いますよ――ということを伝えたいのだと思いますよ。
『運命』には幾つもの可能性がありますよ――と述べていますので。

管理人
その時によって可能性はあるけれども、ある一つの可能性を叶える為には、普段よりも一層の努力を積み重ねないと叶わない場合もあるでしょう。
何もしなければ何もしないまま流れてしまう道もあるでしょう。
可能性はあっても、多くの努力を積み重ねないと実現できない可能性もあって、自分では努力しているつもりでも、客観的には足りていない場合もあります。
でも、自分では十分努力をしているのに出来ないじゃないか、これは『宿命』だ――と結論づけてしまう場合があるのではないでしょうか。
自分の努力が足りていないと結論づけたくない…。

霊媒M
これは自分の経験から思っているのですか、「こうしたい」と思っていても叶わない時は、実は自分が心から望んでいる訳ではない場合があって、「何とかしよう」と努力を傾けることが出来ていない。
そんなものは変わるはずがない。
それこそ『絵に描いた餅』を「食べたい、食べたい」と言っているだけで、具体的には餅を手に入れる努力をしていない。

管理人
それが、努力をしていないのか…。

霊媒M
自分なりには努力をしているつもりでも、あとで関心が無くなってから振り返った時に、「あれは真剣に望んでいた訳ではないな」と思ったことがあって、それでは思っていても叶う訳がないと言う結論が出ました。
それはその時の状況に憧れていただけですね。
本当に欲しいものとは違っていたと思う。
本当に欲しい場合は諦められないから、あらゆる方法を使ってでも手に入れようと思う。

管理人
ちょっと余談が入りましたが、以上でよろしいでしょうか。

大神神社の神様
はい。

(2010年9月24日)





今回の京都・奈良の霊的スポットを訪ねる旅では、元々霊媒の要請によって“とある場所”を訪ねるのが目的でした。
しかし霊媒によると、京都は元々街全体が神域と言っても良い状態にあるようですし、数多くの気になる霊的スポットが存在します。
そこで、この機会に京都・奈良の気になる霊的スポットを巡り、その途上で本来の目的地にも立ち寄ろうと言うことになりました。
そして、大神神社を後にした私たちは、いよいよ本来の目的地へと向かいます。

【Silvercord】管理人