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2011年9月4日日曜日

魂が感じられないものには魅力がない

今回は、先日投稿した記事【韓流戦略は既に破綻している】の補足として、【自ら率先して動くと言うこと】のコメント欄にお寄せ頂いた匿名様の質問に関連して、『手塚治虫』と名乗る霊のコメントが届いておりますので、ご紹介したいと思います。





■ 匿名様の質問

今、韓流のゴリ押しに対してネットを中心に批判が高まっています。
彼らは「やりすぎ」たせいで市場の反感を買って、そこから今まで中々表には出てこなかった、メディアや広告代理店の「裏事情」が
一気に噴出したように思います。

でも、この「ゴリ押し」って神様がおっしゃる「自分が良かれと思って相手に押し付ける行為」そのものなんだと、今回のお話を読んで気づきました。
もしかしたら、今の韓流ゴリ押しも、「相手の感情を無視して、自分本位で物事を押し付けられると、相手は嫌がるものですよ」
と言う事を気づかせる為の物なのかな?なんて思ったりしました。

日本の韓国合併も上手くいかなかったように、今回の韓流ゴリ押しも恐らく上手くはいかないんじゃないかな?と思います。
日本人はyes noが曖昧だとのご指摘がありましたが、今回韓国ゴリ押し批判で「デモ」がありました。
これは、自分達の論調をきちんと相手に伝える為には一定の効果があったように思います。(暴力的な事もないように配慮もしていたそうですし)
私はむやみに海外の人を差別はしたくはありませんが、正直いって、日本を陥れ、富を奪い、日本を嫌う人には、この国にいて欲しいとは思いません。
それは同じ日本人でもそうです。
逆に、日本を愛し、貢献してくれる方なら何人でも歓迎ですし嬉しいです。
なんとなく、韓流ゴリ押しは、韓国人と在日の「驕り」と「焦り」の両方を感じます。
メディアは「人気がある」とあおっていますが、本当は上手くいってないんじゃないのでしょうか?
神様から見て今韓国や在日がやってる「韓流戦略」はどのように映りますか?教えて頂けると嬉しいです。





■ 『手塚治虫』と名乗る霊のコメント

彼らにはね、魂が感じられないんだよね。
“韓国魂”というものが全く感じられない。
文化であろうと、芸術であろうと、己の魂を表現したものだと思うんだよ。
表現する上で一番重要である魂が籠められていないというのは、相当深刻な問題だと思う。
魂を宿すには、己が一体何者であるのか、そのルーツを認識しておく事は大切だと思うよ。
個人の経験でも国の歴史でも、過去からの蓄積を大切にする必要があるし、自由な発想力を育てる努力をしなくては無理だと思う。
そうして自国内で最高のものを作り上げ、それが定着すれば、自然に世界にも広がってゆく事だろう。
一つの価値観しか許容できないような風潮では、最高の作品を作ることは難しいだろう。
新たな可能性を持った人物が現れても、相容れないからとして排除するようでは新しい文化は生まれない。
多様な価値観の中で揉まれ、切磋琢磨しながらも生き残ったものが本物なのだと思う。
彼らが表現しているものは、単なる技術の模倣に過ぎない。
手っ取り早く成果だけを得ようとするから、ただの模倣になってしまう。
そこに魂は無い。
オリジナルを生み出した国々の人たちが、ただの模倣品に見向きもしないのは当たり前だ。
オリジナルが生まれ育ってきた過程を見てきた人からすれば、劣悪なコピー品にしか見えないものね。
それでも、オリジナルが持つ魂を理解できていれば(それはどこまでいってもオリジナル国の文化であるが)少しは違っていたかもしれないが、そのためにはオリジナルを生み出した国を理解する必要がある。
だが、自国の魂を表現できない人々には、到底他国の魂は理解出来ない。
魂が感じられないものに魅力が無いのは当たり前でしょう。
ただの技術的模倣ではなく、そこに“韓国魂”を組み合わせる事ができていれば、世界の反応ももう少し違っていたんだろうにね。
そうすれば、わざわざ大枚をはたいて国策として売り込んだりしなくても、自然に興味を持つ人は出てきたと思うよ。
技術的には完成されていなくても、いくらでも魂は籠められるんだよね。
拙い表現ながらも、心にグッとくるものはあると思う。
人間が生み出すものに最初から完成されているものなんて無いんだし、それを自分の力で精錬して完成させる過程が重要なんだと思うよ。
それらの経験によって魂が成熟し、より深みのある味わいを表現できるようになる。
これらのことは、全てにおいて言えることだと思うね。
「韓国!韓国!!」といくら称賛してもそれは口先だけのことで、その実全く魂が籠っていない現実に彼らは早く気付く必要があるのではないだろうか。
彼らの行動を観察していると、実は彼ら韓国人こそが韓国を一番嫌っているのではないだろうかと思えてくる。

(2011年9月2日)





匿名様からお寄せ頂いた質問について、『日本の神様』からはいわゆる「韓流戦略の日本国内における現状」についての回答がありましたが、一方『手塚治虫』と名乗る霊からは「創作活動における韓国人の心理分析」と言った趣旨のコメントを頂きました。
余り頻度は高くありませんが、ご覧の皆様からお寄せ頂いた質問やコメントについて、霊界の住人の皆様からこの様なコメントが寄せられる場合があります。
さて、今回の『手塚治虫』と名乗る霊の指摘は、私が以前から感じていた点でもあります。
以前投稿した記事【盧武鉉霊が李明博韓国大統領を語る】にて、同様の趣旨についての対話を交わしておりますので、合わせてご覧になってはいかがでしょうか。

Silvercord管理人 





9月4日現在回答待ちの質問

記事【ご覧の皆様からお寄せ頂いた質問について】の理由により、下記のご質問につきましては、しばらくの間回答を延期させて頂いております。

2010年7月17日土曜日

『アドルフに告ぐ』に関連して

前回に引き続き、記事【中国人の視点と日本人の視点】のコメント欄より、たらこ様が質問をお寄せ下さいました。
こちらも『手塚治虫』と名乗る霊をご指名ですが、早速回答が届いておりますのでご紹介しましょう。





■ たらこ様の質問

手塚先生のメッセージ、元気をいただきました。
中国人と日本人との視点の違いはありますが
お二方とも、未来に希望を持って生きようと呼びかけてくださっているのは同じだと思いました。
私も、自分のやりたいことを精一杯やっていきたいと思います。ありがとうございます。

ところで、手塚先生が質問を受け付けてくださるということで私も質問しても宜しいでしょうか?

質問は2つあります。
ひとつは、手塚先生から見た大東亜戦争時の日本のあり方についてです。
先生の名著『アドルフに告ぐ』を参考にさせていただきます。
ソ連のスパイ・ゾルゲに協力する本田大佐の息子・芳男という青年の弁で、日本の軍国主義、満州での日本人の中国人差別、戦争をするために使われる「愛国心」「大和魂」というものへの批判をされています。
芳男青年の言葉は、当時の日本に対する、戦後の日本人の想いそのものだと思います。
私もそう思って生きてきましたが、自虐史観というものを知り、また、このブログで英霊の方達のお言葉を聞き、当時の戦争や、日本軍についての考えもかなり変わりました。
先生は、あちらの世界へ行かれて、当時生きていた頃とまた違った広がりのある視点を持たれていると思います。
また、このブログに関係するということは、当然英霊の方達との何らかのつながり、あるいは彼らの弁をご存知だと推察します。

そこで質問1です。
先生が生きていらした頃と、今現在の視点と比較して、戦中当時の日本軍・日本国のあり方について何かお考えが変わられたことはありますでしょうか?

ふたつめの質問なのですが
ここにきて日本人は、もう一度近現代史をしっかり見つめなおし、自分達を必要以上に貶めるのではなく、祖国のために戦った英霊の方達を認め、感謝することが大切だと思います。

質問2として、日本人が今まで他国によって隠されてきた歴史事実を認める作業について、何かアドバイスがありましたらどうぞ宜しくお願い致します。

以上2点について、質問をさせていただきました。
(質問の内容が不適切なものでしたら、却下してくださって結構です。)

最後に先生の作品『アドルフに告ぐ』について。
高校生の時に読みました。
親友同士だったアドルフが、やがてそれぞれの立場で対立し、最後は殺し合い、迫害されていた立場の人間が逆に迫害する立場になって物語が終了する・・・
戦争は、どちらが悪くてどちらが正しいというものではない。
それぞれの正義があるから戦争が起こる。
そのことが、単なる知識としてではなく、実体験のようにものすごく腑に落ちた、あの最後の衝撃は未だに忘れられません。
戦争について、何も考えていなかった馬鹿な私に、戦争というものの一端を教えてくれたあの漫画は今も私にとって大切な作品です。
ありがとうございました。
お礼を含めて、先生にコメントを送らせていただきます。





■ 『手塚治虫』と名乗る霊の回答

「僕はね、世の中の事象を出来るだけ俯瞰する事を心掛けていたいたから、細々とした一つひとつの事象だけでは無くて、全てを総合した時に見えてくるものを作品の中で表現しているつもりなんだ。
登場人物たちがそれぞれの立場から語る言葉は、その立場の人間から見れば真実であり、それは何者にも覆す事の出来ない真理のようなものであると思う。
それぞれに守るべきものがあり、それを守る事が最優先事項とされるだろうからね。
立場の違いから来るすれ違いは、善悪で推し量る事は出来ない。
十人居れば十の正義があるように、十の国があればこれにもまた十の正義がある。
もし仮に誰かが『我こそは正義なり!』と名乗りを上げれば、その考えに反する者は不義と位置づけられてしまう。
全ての国や人々がその様な考え方だったら、この世界は常に衝突を繰り返す事になるだろう。
自分達にも守りたいものがあるように、相手にも守りたいものがあるのだという事を世界の人々は知っておく必要があると思う。
例え自分達が正義と信じて活動している事でも、他の人々の目から見たら不義としか映らないかもしれない。
考え方の違いから生じる誤解やすれ違いを解消するためには一体どうしたらいいんだろうね?
それらを解決出来なければ、何れは衝突する結果へ至る事になる。
これらの事は、世界全体で考える必要がありそうだね。
誰か一人だけ、あるいはどこか一国だけが実践したのでは完成されない価値観だと思うもの。
自分達と相容れない価値観を持つ人達とどのように付き合ってゆくのかは、みんなが暮らす世界にとって永遠のテーマなのかもしれない。
違う事を許容出来るのが一番いい事だと思うんだけれど、場合によっては自分達の命が脅かされてしまうから、そこは対処する必要がある。
今の世界はまだまだ価値観が違いすぎるから、国境は重要な意味を持つと思うんだ。
違うからこそ、それぞれにルールを設けて国を守っているんだから、そこのところは配慮する必要があるよね。
それぞれの国の中で決められている法律を侵すのは、例え外国人であってもルール違反だと思うし、それすら守れないのであれば国境を無くす事なんて永遠に出来ないと思うんだ。
理想は理想として大切に心の中に秘めておくとして、現実を見据えたものの考え方が出来るようになりたいね。
そういう意味では各国と協力関係を築いて、例えその中でだけでも同じルールの下に価値観を共有出来るのはいい傾向だと思うよ。
今はまだ腹の探りあい状態かもしれないけれど、実績をあげる中で信頼は生まれるものだと思うからね。
他国との協力関係を築く事が自分達の為になると思う人が増えてくれば、何れは世界中で協力関係を築けるようになるだろうね。
ルールを守るとか相手を尊重するといった価値観が世界中に広まって、誰に言われなくても個人の意思で実践出来るようになれば、その時が世界にとっての新たな第一歩に繋がると思う。
それまでは、価値観の伴わない人達にも誤解が生じないようなルール作りを徹底する事が、かなり重要な作業になりそうだね。
その為にも、外国人の価値観は把握しておく必要がありそうだ。
誰かの命を削る事で維持される繁栄よりは、共に生きて繁栄出来る道を選びたいね。

さて、大分話がそれてしまったね。
生前と今とでは確かに視野も変化したし、物事の捉え方も大分変化したと思うよ。
でも、心の奥底にある根っこの部分は変わっていないと思う。
日本軍や日本国について聞きたいということだけれど、こればっかりは善悪では語れない部分があるからなぁ…。
いろいろな要因が絡み合って一つの事象が発生していると考えると、それらの要因を一つひとつ検証してみて、同じ事を繰り返さないように他の可能性を探るのが一番いい事のように思う。
過去に起きた事は今更変えようが無いからね、それらの事柄について結果論を唱える事には意味が無いと思うんだ。
過去に学び、その教訓を未来へと繋げるためには、寧ろ、その結果に至るまでの経緯をきちんと把握しておく方が大切な事のように思う。
どのような経緯でその結果へと導かれたのかを把握していれば、他の可能性を探るのにとても役に立つだろう?
それこそが知識の蓄積に繋がり、成長するという事であると思うよ。
英霊の皆様については、先人達の努力の結果が今の日本だと思うから、感謝する気持ちを持てるのはとても良い事だね。
それと同時に、みんなの手で日本を未来の子供達へと大切に受け継いで行きたいね。」

(2010年7月15日)





今回のメッセージを受け取る際、霊媒Mが『アドルフに告ぐ』について余りよく知らなかった為に、手塚治虫霊が伝えたいことを上手く受け取れなかったようです。
そこで霊媒Mは急遽『アドルフに告ぐ』に目を通したところ、やっと手塚治虫霊の意図を受け取ることが出来たのだとか。
このエピソードは、霊界の住人がどの様なメッセージを送っても、受け手の霊媒が関連する知識を得ていなければ、受け取った情報を的確に表現出来ないという、霊界通信の特性を示しております。

【Silvercord】管理人 

2010年7月15日木曜日

ニートや引きこもりの問題について

今回は、記事【中国人の視点と日本人の視点】のコメント欄にて、山桃様からお寄せ頂いた質問を取りあげたいと思います。
『手塚治虫』と名乗る霊をご指名頂きましたが、早速回答を預かりましたのでご紹介しましょう。





■ 山桃様の質問

大好きな手塚先生からの励ましのお言葉、
嬉しくて朝からニコニコしてしまいました。

もしかしたら、将来、日本の国を守ってくれるのは、
漫画家の先生方が創造した心優しいロボット達なのかもしれませんね。
そんな未来がきたらいいなと、ワクワクしています。

私自身は普通の主婦で何の能力もありませんが、
せめて自分の子供が明るい夢を見られるように、
楽しい物語や漫画を教えてあげたいと思います。

今の社会では、ニートや引きこもりなどと呼ばれる若者達が問題になっていますが、
彼らは日本人の心を純粋に保とうとしているだけではないのかな?と私は感じています。
そのような若者について、手塚先生のお考えをお聞きしてもよろしいでしょうか。
可能性を秘めた若者達が、社会になじめず孤立していることが気になっています。





■ 『手塚治虫』と名乗る霊の回答

「ニートや引きこもりなどの問題はいつの時代にも多少はある事だけれど、確かに今の日本ではそれらの問題を無視出来ないほど大勢の若者達がその様な環境に置かれていると思う。
各家庭の経済力が向上したという事も一つの要因だろうから、そういう意味では悪い事ばかりでもないと思う。
それだけ生活が豊かになったという事だものね。
戦後の一面焼け野原だった時から考えたら、比べようも無いくらい経済発展したよね。
あの頃はみんな復興という一つの目標の為に懸命に働いた。
大変な状況だったけれど、未来には大きな希望があった。
そして、みんなが懸命に働いた結果、希望は叶えられたよね。
日本は立派に経済成長を遂げ、世界第二位の経済大国とまで言われるようになった。
でも、そこで希望が叶えられた結果、国としての成長意欲が失われてしまったね。
バブル崩壊の影響から先行きが見えない不安に襲われてしまったよね。
今も、多くの問題が明らかになりつつある。
こう言ってしまうと、まるで日本は今絶望のどん底にいるような気になるよね。
確かにこれは今の日本が抱えている問題の一側面であるけれども、その裏側には日本がこれから発展する上での多くのヒントが隠されていると思わないかい?
問題が生じるという事は、何かが噛み合っていないという事だろう?
その噛み合っていない何かを探り出す事で、問題を解決するヒントになるんじゃないのかな?
人は思うようにならない事実に直面すると気持ちも塞ぎがちになってしまうけれど、ほんの少し視点を変えてみるだけで、今を正確に知る事が出来るし、その先に未来を思い描く事も可能だと思うよ。
ニートや引きこもり、今は自殺者の増加も問題になっているけれども、何でもなくて安定した世の中であれば、社会現象として問題になるほど大勢の人達がその様な状況に陥る事は無いよね。
そこにはやっぱり、歪みがあるんだと思うよ。
大勢の人達が、今の社会には大きな歪みがあるから、そこを改善する必要があるという事を示してくれているんだよ。
彼らだって、今のままでいいと思ってはいないだろうからね。
どうしてその様な現象が起きてしまうのかを検証してみる必要があると思うよ。
僕は、戦後の復興を遂げた後に希望を見出せなくなったのが一つの要因だと思うけれどね。
燃え尽き症候群っていうのがあるだろう?
戦後復興という一つの目標を達成してしまった今、日本の状態はそれに当たるんじゃないのかな?
これから未来を創造する為に、国民みんなで力を注げるような新たな目標が必要になったんだと思う。
だから、国として新たな目標を掲げて、国民に希望を見せてあげる事こそが問題解決に繋がると思うんだよなぁ…。
だって、明確な目標と未来への希望があれば活動せずには居られなくなるもの。
企業だって今よりも積極的に事業展開するようになるだろうし、何より、国民の心が明るくなるよね。
そうすれば、経済不況なんて吹き飛んでしまうんじゃないの?
そうなれば、ニートも引きこもりも自殺者の数もぐっと減るんじゃないのかな?
細かい事を言えば切りが無いけれど、気持ちが前向きになれるようなアプローチが、今最も求められているものだと思う。
リスクを把握しておくのは確かに大切な事、でもそれと同時に希望が見えていればより大きな成果に繋がる。
大切なのは『社会に積極的に参加してみたい』と、国民が思えるような提案を国が示す事だと思う。
まあ、別に国じゃなくても、地域でも一企業でも家族間でも構わないと思うけれど、物事のマイナス面だけに目を向けるのではなくて、その裏側にあるプラス面にも同時に目を向ける事が出来ればいいよね。
そして、みんなで共通の目標を掲げて、完成に向けて力を傾けられるようになるといいよね。」

(2010年7月15日)





同様のテーマについて、記事【田中角栄霊が読者の方の質問に答える】にて『田中角栄』と名乗る霊の意見を伺っておりますが、双方の意見を読み比べて見るのも興味深い試みではないかと思います。

【Silvercord】管理人 

2010年7月13日火曜日

中国人の視点と日本人の視点

このところ三回立て続けて、『鄧小平』と名乗る霊からマスメディアの問題や、それから派生する話題についてのメッセージを頂きました。
霊媒を通じてその様子を観察していた『手塚治虫』と名乗る霊が、別の視点から見た意見を述べたいとの事で、メッセージを預かっております。





■ 中国人の視点と日本人の視点

「最近、数回続けて鄧小平さんからお話があったけれど、それを読んでみて思うところがあったからお話したいとおもう。

僕はね、鄧小平さんが考えているほどには日本の事を心配してはいないんだ。
まあ、中国が心配だから、少なからず影響を与えている日本に対して働きかけてきたんだろうけれど、僕は彼とはまた違った視点から日本を見ているんだ。
だって、僕は日本人だから、鄧小平さんには中国人にあって日本人に無いものが良く見えるように、僕には日本人にあって中国人に無いものというのを良く知っているからね。
日本人の粘り強さや勤勉さ、何より好奇心旺盛で向上心が高い事を良く知っているから。
新しい事に敏感で順応するのも早いし、慎重なようで大胆な部分があるとか、細かい配慮が得意だとか包容力があるだとか、日本人が持つ良い気質を挙げようと思えばいくらでも挙げられそうだと思う位だもの。
確かに足りない部分を自覚する必要はあるけれど、それと同時に自分達が持っている良さも自覚出来ていれば、それは大きな力になるからね。
それに、やっぱり、何だかんだと言っても日本人は日本が大好きだよね、自覚していないだけで。
そうじゃなければ、今の日本っていうのは存在していなかったと思うんだ。
嫌いという思いも好きの裏返しだしね、全く関心が無かったら何とも思わないだろうし、関心があるから気を揉むし不満も出る。
不満に思うという事は、まだ諦めていないという証だと思う。
好きと嫌いは一見正反対の感情だけれど、そこには同じだけの期待と希望が込められていると思う。
マイナスに働くのが嫌いという思いで、プラスに働くのが好きという思い。
サブカルチャーなんていうものが盛んなのも、やっぱりその根源にあるのは『日本大好き!』という気持ちで、その精神の表れじゃないかとも思うし。
日本人は想像力と創造力がとても逞しいから、例え一度は全てを失ったとしても、一からまた一つずつ実績を積み上げる事が出来るだけの下地があると思っている。
それは学習すれば得られるものではなくて、長い時間をかけて育まれてきた文化や思想が関係していると思うから、何回でもやり直す事が出来ると思うんだ。
もちろん、先人達の知恵や精神をこれから先も受け継いでいければの話だけれど。
今はちょっと鈍っている感覚も、最近いろいろな問題が明らかになりつつあるから、それらの事柄に触れる事で鋭敏さを取り戻しつつあるみたいだし。
一度覚悟を決めて動き出してしまえば、意外と早く問題解決出来ると思っているんだ。
だから、みんなが気付いた側からそれぞれに試行錯誤して思うところを実践しているここ最近の様子を見ていると、とても良い傾向だなと思うんだ。
兎に角、自分達なりに良いと思った事を実践してみて、ちょっと行き詰ったなと思ったら、その時に改めて方向修正をすればいいだけの事だと思うし。
人はそうやって一つずつ学習するものだと思うから、間違える事を恐れないで、兎に角、実践してみる事に価値があると思うんだ。
当然、謙虚さは失う事が無いように気をつける必要はあると思うけれど、臆病になり過ぎる必要は無いよ。
過ちに気付いたら、その時に迅速に対処すればいいんだ。
今まで気付けなかった事に気付けるって、それだけで大きな第一歩だと思う。
今まで気にも留めなかった事に気付けたんだから、これからが新しい日本の始まりになるんだと思えるし、みんなが日本をどんな国に作り上げていくのか、とても興味があるんだ。
みんながいろんな事に気付いた時点で、新しい日本としてもう既に動き出していると思うんだよね。
終わりじゃなくて始まりなんだよ。
変化を遂げる事には不安があるかもしれないけれど、その分、未来には大きな希望がある。
みんなが諦めない限り、理想の未来を必ず実現出来ると思う。
みんなにはそれだけの力があると思うし、僕はそう信じているんだ。
だから、みんなは自分が思うとおりに活動してみるのが一番いいように思う。
みんなが自分の思い描いている理想に向かって懸命に働いている姿はとても素敵だと思うし、僕も少しでも協力出来たらと思うんだ。
だから、無理しない程度にこれからも頑張ってください。
僕は、頑張っているみんなの事が好きだし、いつも応援しています。」

(2010年7月11日)





今回は、霊界の住人である鄧小平霊の意見に対して、手塚治虫霊が別の視点から見た意見を述べるという、これまでとは違った興味深い試みなのではないかと思います。
その違いを一言で表せば、タイトルのようになるのではないでしょうか。
双方の意見を読み比べて、皆様はどの様な感想をお持ちになりましたか。

【Silvercord】管理人 

2010年7月9日金曜日

異世界の知識のエッセンスを伝える創作作品

以前投稿した記事【未来を考えてみる】にて、『手塚治虫』と名乗る霊のコメントをご紹介しました。
その際に「手塚治虫霊は今後も皆様の質問に答えて頂いたり、意見を寄せて頂けそう」と申し上げましたが、早速はつゆき様から質問をお寄せ頂きました。
手塚治虫霊の回答も預かっておりますので、質問と共にご紹介したいと思います。





■ はつゆき様の質問

大変遅くなってしまいましたが、手塚先生への質問が書けました。あまり上手くまとめられなかったので、曖昧な点があればご指摘頂けると助かります。

「手塚先生始めまして、素晴らしい作品をたくさん遺して下さったことに心から感謝します。

質問は2つありまして、創作作品の役目と、異なる世界からの支援についてです。
手塚先生を筆頭に、日本には一流の表現者が無数にいます。特に漫画やアニメの影響は世界中に浸透し、多くの人たちに愛されています。この流れを止めることはできないでしょう。

創作作品がこの世にある理由はたくさんあると思います。
単なる娯楽や癒しという面もあれば、生き延びる勇気や人生の哲学になる面もあります。
しかし、個人的に特に注目しているのは「異世界の存在を広めること」という面です。
「火の鳥」はその面が特に顕著ですが、時空を超えて連なる様々な世界は荒唐無稽に見えても現実味に溢れ、本当にそんな世界があるような気にさせられます。

こちらの世界は目に見えるものしか実感がなく、表層意識ではこちらの世界以外の何の記憶もない味気ない世界です。そんな目を塞がれた世界から別の世界に旅立ったときに、「ああ、これはあの漫画と同じだ」「まるでSFみたいだ」と自然に納得できるように、敢えて創作世界では異なる世界の情報をたくさん挙げていると思っています。
この考えは正しいでしょうか?


私事で恐縮ですが、私も素人ながら漫画や小説を書いてた頃がありました。日本ではあまり知られていない神様を題材にした話でしたが、明らかに何かの後押しが働いていると実感しました。ただ、その追い風に任せるだけで幾らでも書ける、という不思議な体験でした。
そして多くの方から評価を頂き、楽しんで頂けました。
そんな体験から目に見えない世界の存在を確信したので、創作には異世界側からの何らかの意志が働くことはあると思っています。
膨大な作品を遺した手塚先生も、こういった力を受けて描き続けていたのでしょうか?」





■ 『手塚治虫』と名乗る霊の回答

「あなたはなかなか感性が鋭い人のようだね。
確かに、この世の中に生み出されている創作作品の中には、所謂“異世界”の知識が反映されていると言えるだろうと思う。
でも、いくら異世界の住人がこの世界に住む人々に知識や知恵を伝えようとしても、それらを受け止められる器を持つ人たちで無ければ受ける事は出来ない。
つまり、受け止める側にもある程度の経験と知識が必要になってくる。
それら異世界からもたらされた知識が重要なものであるのか否かは、受け止める人自身の経験によって変化するから、やはり、その重要性を認める事が出来るだけの経験を積んでいる必要があるんだ。
異世界の世界観をみんなの世界でも解かる様に表現するには、伝えられている知識の意味を理解出来るだけの経験という下地が必要なわけだ。
だからと言って表層意識の部分で常に認識していなくても、潜在意識の部分で理解していれば良いことなのだけれどね。
そうすれば、ちょっと刺激を受けただけでピンと来るだろうから。
ただ、創作活動をしている人自身が常に材料を求めてアンテナを張っている状態じゃないと、なかなかそれらの情報を受け止める事は出来ないと思う。
求める者達だけが得られるというのはどこの世界でも共通の事だと思うけれど、例え異世界間でのやり取りでも例外は無いというわけさ。
それともう一つ、異世界からの知識を受け止めているわけでは無い場合でも、前世など経験を無意識の内に手繰り寄せる事で、この世界とは全く異なる世界観を持った作品を作るのは可能な事だから、必ずしも異世界からの後押しがあると言うわけでもない場合もあるし、実際、こちらのケースの方が数多く存在していると思う。
それらの知識は創作者自身の潜在意識の中に眠っているものだから、それを何らかの切っ掛けで表層意識まで引っ張り出しただけという事になる。
どのような業界に属している場合でも、創作意欲の高い人は大抵が好奇心旺盛な人達だから、新しい事柄や常識ではありえない事柄というものに強い関心を抱き易いのも一つの切っ掛けなのだろうと思う。
まあ、どちらにせよ、それなりに経験の蓄積が必要なのは言うまでも無いけれどね。
常識に縛られるタイプの人には難しいことなのかもしれないね。」

(2010年7月9日)





ここ数年は遠ざかっておりますが、以前小説を書いていたこともある私にとっても、今回の質問と回答はなかなか興味深く拝見させて頂きました。
私の創作活動が最も活発だった時期は、脳内のスクリーンに物語の一シーンが再現され、その光景をありのまま文章に綴るといった経験を何度かしましたが、今から当時を振り返ると、皆現在の活動に向けての布石だったのではないかと思います。
その時によって、文章にするテーマは変化して行きましたが、今後とも私の「文章を通じて様々な物事を伝える」作業は続きそうです。

【Silvercord】管理人 

2010年6月28日月曜日

未来を考えてみる

先日投稿した記事【速報】のコメント欄に、匿名様からの質問をお寄せ頂きました。
質問の内容について、匿名様のご意見を伺いたいと思いましたが、残念ながら回答して頂けませんでした。
しかし、匿名様の質問に対して、この度『手塚治虫』と名乗る霊からの回答を預かりましたので、ご紹介したいと思います。





■ 匿名様の質問

はじめまして。
いつも興味深くブログを読ませていただいております。
今日本が混迷極まる状態ですが、日本を世界にアピールしてれた漫画界の巨匠であり医学博士であり鋭い洞察力で未来を予言した手塚治虫氏の声が聞けたら嬉しいです。
先生は漫画家でもありましたがヒューマニストでもあり、生命の尊厳や自然を畏怖する大切さをいつも代弁してくれていました。
今この閉塞感や日本の危機迫る中、手塚先生は日本国民や日本をどう思ってらっしゃるのか・・
もし可能であればお聞きしたいです。
唐突にすみません。





■ 『手塚治虫』と名乗る霊の回答

「なかなか質問者様が自分なりの見解を提示しないので、この辺りで諦めて、僕自身の見解を述べたいと思う。

先ず、一番に言っておきたい事があるんだ。
それは何かと言うと、誰かに意見を聞きたい時は、先ず意見を聞きたいテーマについて自分なりに考え、一つの意見として纏めたものを先に提示するのが礼儀であるのでは?――という事なんだ。
自分以外の誰かに答えを聞くのは簡単な事だよね。
でも、それはあくまでもその人の考えであって、みんなの考えではないんだ。
先ず自分の考えがあって、そこに自分以外の誰かの考えが加わって、初めて互いの意見が活きてくると思う。
どんなに尊敬している相手の意見であったとしても、自分以外の誰かの意見であることには変わりがないんだから、そこを勘違いしないように注意しなければならない。
それに、自分で深く考えない人には、どんなに親身になって説明してもなかなかその真意が伝わる事は無いんだ。
表面的に解った気になる事は誰にでも出来るけれど、自分の意見を考える事を拒否する人にはとても理解出来るものではないと思う。
それではただの盲信になってしまい、理解した上で賛同しているのとは全く異なってしまう。
先ず自分自身で考えてみる事、その上で自分以外の誰かの意見を聞き、それらの考えを交えた上で改めて自分なりに考えてみる事が大切なのでは無いかと思う。

さて、それでは本題に入ろうかな。
何故、僕が質問者様も言っているように、生命の尊厳や自然を畏怖する大切さを数々の作品を通して訴えてきたと思う?
それはね、人間もこの世界で生かされている生命の一つの形だからなんだ。
人間は決して神にはなれない。
何故って、この世界で生かされている他の生き物達の仲間だから。
生死を司る事を許された存在では無いんだ。
この世界の中で、神の懐の中で生かされているだけなのにね。
その事を忘れ、いつしか人間はこの世界を支配しているような錯覚に陥っていると思ったんだ。
人間が今侵しているもの達の命の行き着く先は、人間自身の末路であると言うことを僕達は改めて認識する必要があるんじゃないだろうか?――とまあ、そんな思いが込められているんだ。
何の為に、僕たち人間は神から知識と知恵を具現化する術を与えられたのか、改めて考えてみる必要があるんだと思う。
そこには必ず意味があると思うから。
死ではなく生の為に大切な知識や知恵が必ず存在していると思う。
ただ、その方法を僕達人間が真剣に求めてこなかったから気付いていないだけで、本当は目の前に常に提示されているんじゃないだろうか?

閉塞感を感じているのは、みんなが未来を見据えていないからさ。
目標が分からなければ、現状をどのように変えていけば良いのか分からないからね。
何も今すぐにこの世界が全て消滅してしまうわけではないし、大変な時だからこそ未来を考え、そこを目指して前へ進む努力をする必要があると思う。
努力している人達も大勢いるけれど、どうも、自ら動こうともせずに愚痴をこぼすだけの人もいるみたいだから。
それではただの逃避で、何も良くはならない。
どんな形でも良いから、先ず未来を考えてみるところからやってみると良いと思う。
そうすれば、自ずとすべき事が見えてくるから。
そうしたら、活動を始めれば良い。
慌てなくても良いから、諦めずに求め続ける事が大切だと思う。」

(2010年6月27日)





冒頭、手塚治虫霊が述べているのは、当Blogや本家サイト『銀の紐を越えて』でも繰り返し述べてきた、「何事も鵜呑みにしないで、自分なりによく考えて見る事の重要性」に通じます。
この点は物事の観察力や洞察力を鍛え、迅速に適切な判断を下す為には欠かせません。
霊媒の話によると、手塚治虫霊は今後とも皆様の求めに応じて質問の回答や意見を寄せて頂けそうですが、ご希望の際は是非上記の忠告に耳を傾けて頂ければと思います。

【Silvercord】管理人