2010年7月9日金曜日

異世界の知識のエッセンスを伝える創作作品

以前投稿した記事【未来を考えてみる】にて、『手塚治虫』と名乗る霊のコメントをご紹介しました。
その際に「手塚治虫霊は今後も皆様の質問に答えて頂いたり、意見を寄せて頂けそう」と申し上げましたが、早速はつゆき様から質問をお寄せ頂きました。
手塚治虫霊の回答も預かっておりますので、質問と共にご紹介したいと思います。





■ はつゆき様の質問

大変遅くなってしまいましたが、手塚先生への質問が書けました。あまり上手くまとめられなかったので、曖昧な点があればご指摘頂けると助かります。

「手塚先生始めまして、素晴らしい作品をたくさん遺して下さったことに心から感謝します。

質問は2つありまして、創作作品の役目と、異なる世界からの支援についてです。
手塚先生を筆頭に、日本には一流の表現者が無数にいます。特に漫画やアニメの影響は世界中に浸透し、多くの人たちに愛されています。この流れを止めることはできないでしょう。

創作作品がこの世にある理由はたくさんあると思います。
単なる娯楽や癒しという面もあれば、生き延びる勇気や人生の哲学になる面もあります。
しかし、個人的に特に注目しているのは「異世界の存在を広めること」という面です。
火の鳥」はその面が特に顕著ですが、時空を超えて連なる様々な世界は荒唐無稽に見えても現実味に溢れ、本当にそんな世界があるような気にさせられます。

こちらの世界は目に見えるものしか実感がなく、表層意識ではこちらの世界以外の何の記憶もない味気ない世界です。そんな目を塞がれた世界から別の世界に旅立ったときに、「ああ、これはあの漫画と同じだ」「まるでSFみたいだ」と自然に納得できるように、敢えて創作世界では異なる世界の情報をたくさん挙げていると思っています。
この考えは正しいでしょうか?


私事で恐縮ですが、私も素人ながら漫画や小説を書いてた頃がありました。日本ではあまり知られていない神様を題材にした話でしたが、明らかに何かの後押しが働いていると実感しました。ただ、その追い風に任せるだけで幾らでも書ける、という不思議な体験でした。
そして多くの方から評価を頂き、楽しんで頂けました。
そんな体験から目に見えない世界の存在を確信したので、創作には異世界側からの何らかの意志が働くことはあると思っています。
膨大な作品を遺した手塚先生も、こういった力を受けて描き続けていたのでしょうか?」





■ 『手塚治虫』と名乗る霊の回答

「あなたはなかなか感性が鋭い人のようだね。
確かに、この世の中に生み出されている創作作品の中には、所謂“異世界”の知識が反映されていると言えるだろうと思う。
でも、いくら異世界の住人がこの世界に住む人々に知識や知恵を伝えようとしても、それらを受け止められる器を持つ人たちで無ければ受ける事は出来ない。
つまり、受け止める側にもある程度の経験と知識が必要になってくる。
それら異世界からもたらされた知識が重要なものであるのか否かは、受け止める人自身の経験によって変化するから、やはり、その重要性を認める事が出来るだけの経験を積んでいる必要があるんだ。
異世界の世界観をみんなの世界でも解かる様に表現するには、伝えられている知識の意味を理解出来るだけの経験という下地が必要なわけだ。
だからと言って表層意識の部分で常に認識していなくても、潜在意識の部分で理解していれば良いことなのだけれどね。
そうすれば、ちょっと刺激を受けただけでピンと来るだろうから。
ただ、創作活動をしている人自身が常に材料を求めてアンテナを張っている状態じゃないと、なかなかそれらの情報を受け止める事は出来ないと思う。
求める者達だけが得られるというのはどこの世界でも共通の事だと思うけれど、例え異世界間でのやり取りでも例外は無いというわけさ。
それともう一つ、異世界からの知識を受け止めているわけでは無い場合でも、前世など経験を無意識の内に手繰り寄せる事で、この世界とは全く異なる世界観を持った作品を作るのは可能な事だから、必ずしも異世界からの後押しがあると言うわけでもない場合もあるし、実際、こちらのケースの方が数多く存在していると思う。
それらの知識は創作者自身の潜在意識の中に眠っているものだから、それを何らかの切っ掛けで表層意識まで引っ張り出しただけという事になる。
どのような業界に属している場合でも、創作意欲の高い人は大抵が好奇心旺盛な人達だから、新しい事柄や常識ではありえない事柄というものに強い関心を抱き易いのも一つの切っ掛けなのだろうと思う。
まあ、どちらにせよ、それなりに経験の蓄積が必要なのは言うまでも無いけれどね。
常識に縛られるタイプの人には難しいことなのかもしれないね。」

(2010年7月9日)





ここ数年は遠ざかっておりますが、以前小説を書いていたこともある私にとっても、今回の質問と回答はなかなか興味深く拝見させて頂きました。
私の創作活動が最も活発だった時期は、脳内のスクリーンに物語の一シーンが再現され、その光景をありのまま文章に綴るといった経験を何度かしましたが、今から当時を振り返ると、皆現在の活動に向けての布石だったのではないかと思います。
その時によって、文章にするテーマは変化して行きましたが、今後とも私の「文章を通じて様々な物事を伝える」作業は続きそうです。

【Silvercord】管理人 

2 件のコメント:

  1. 遅くなってしまいましたが、この度はお取次ぎをありがとうございました。
    創作作品の存在価値や惹き付けられる原因は以前から気になっていた疑問でした。それが解けて、とても晴れやかな気持ちです。

    私の好きな作品で、他の世界から情報を引っ張り出してきたとしか思えないものがあるのですが、本当にその通りなんですね。ますます好きになりそうです。(前世の記憶とは思えないほどファンタジーな設定なので)
    情報を受け止める側にもそれなりの経験や準備が必要とのことですが、準備をしっかりすればするほど、アンテナを張れば張るほど情報が得られるのですか。素人なので創作意欲が延々と続けることはできませんが、次に何かを書くときは心して精一杯準備しようと思います。

    しかし前世などの記憶を引っ張り出して描くことのほうが多いことに驚きました。手塚先生は多彩な人生をいくつも経験されているのですね。
    創作作品を楽しむときに、新たな楽しみ方ができそうです。とても貴重な話をありがとうございました。

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  2. はつゆき様

    『情報を受け止める側にもそれなりの経験や準備が必要』とは、霊媒が霊界の住人のメッセージを受け取る際とよく似ております。
    霊界の住人が有る情報(特定の専門的知識)を霊媒に伝えようとしても、霊媒がその情報を適切な言葉に翻訳出来なければ、受け取った情報は不正確で曖昧なものになってしまいます。

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