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2011年12月25日日曜日

『霊界と地上界を繋ぐバチカンの拠点』が完全開放されました

今回は、『バチカンの拠点開放に携わる霊団』の皆様より、当Blogをご覧の皆様へのメッセージを預かりましたので、ご紹介したいと思います。





■ 『バチカンの拠点開放に携わる霊団』からのメッセージ

本日、2011年12月25日の午前0時0分(バチカン市国時間)、バチカン市国にある霊界との拠点が完全に開放されました。
これでようやく本格的に活動するための準備が整いました。
欧州における霊的エネルギーの供給を、これまで以上に安定して行えるようになります。
これを境に欧州の国々は徐々に変化して行くことになるでしょう。
国のあり方も、人々の心のあり方も、新たな成長へ向けて第一歩を踏み出したことになります。
今後はバチカン市国の拠点と分担して作業を行えるようになりますので、日本の拠点への負担が大幅に軽減される事になります。
そういう意味で、今日は日本にとっても大きな転機の日といえるでしょう。

皆様には、これまで大変お世話になりました。
今日という日を無事迎えることができましたのも、皆様にご支援をいただいた成果でございます。
本当にありがとうございました。

(2011年12月25日)





霊媒Mと管理人がインターネットを通じて霊界通信の紹介を始めたのは四年前ですが、当初から私たちが目的としていた時点を無事に迎えることが出来ました。
これを機に、霊界の住人の皆様は、欧州諸国にお住まいの皆様への霊的な働きかけを本格的に開始するでしょう。
今はまだ「やっと本格的に活動する準備が整った」段階に過ぎないのですが、準備作業の末端に携わったものの一人としては、一つの節目となる日だと感慨深く受け止めております。
事態の進展に合わせて、私たちの活動にも変化が生じることになると思いますが、それはまた機会を改めてお話しすることになるでしょう。
取り急ぎご報告まで。

Silvercord管理人 





ご覧の皆様からの質問の受付は終了致しました。

当Blogではご覧の皆様に質問をお寄せ頂いておりましたが、運営上の都合により質問の受付を終了致しました。
これまでにお寄せ頂いた質問については全て回答しましたが、「以前質問をしたが、まだ回答がない」という方は下記コメント欄よりご連絡下さい。
見落としていることが確認できましたら、その質問につきましては後日回答致します。

2011年6月22日水曜日

霊界も地上界も基礎となる法則は同じ

今回は、記事【日月神示の信憑性】のコメント欄からお寄せ頂いた匿名様の質問について、『バチカンの拠点開放に携わる霊団』の皆様の回答が届いておりますので、ご紹介したいと思います。





■ 匿名様の質問

何かに向かって成長するために行動して、間違って、間違いに気づいて、見直して、行動してをずっと繰り返してるものだと思います。
この対象を現世のみで見ると正直者が馬鹿を見るだけで一生を終えてしまうこともあり、それなら欲望のまま生きたほうが得だと考える者もいます。
でも永遠に学び続けるの魂の一過程として人間としての生活を経験してるのだと考えると現世だけの価値観で欲望に走ると死後必ず後悔すると思うのです。
このように視点によって価値観が180度変わることを学ぶ事も学びの一つなのでしょうか。
前提が正しければ現世においても魂の視点で日常を過ごすことの方が正しい事だと思いますが、それは時として人間の慣習と相反する行動を伴う場合があり時として生命の危険に及ぶこともありそうなのですが(ナザレのイエスのように)そのあたりの解釈をどのようにすればいいのか、何か日常にヒントを得ることが出来るのでしょうか。





■ 『バチカンの拠点開放に携わる霊団』の回答

先ず押さえておきたい事は、善であれ悪であれ、ご本人の欲望が具現化したものであるということです。
人それぞれに、関心の赴く先にある事柄に応じた事を実践しているだけなのです。
一般的に善行といわれる事を実践していたとしても、それも一つの欲望の形です。
世の中を観察する視野が広いために、自分の行動の結果が与える周囲への影響を予測できるだけの経験と知識を兼ね備えているだけに他なりません。
一方、悪行といわれる事を実践してしまっている人は、世の中を観察するための視野が狭く、自分自身の行動の結果が与える周囲への影響を予測できるだけの経験も知識も足りていないだけなのです。
例え同じものを観察したとしても、人それぞれに理解できる範囲には違いがあります。
より広い視野を持ちたければ、日常生活の中での経験を通して地道に知識を蓄積する他には方法がありません。

霊界でも地上界でも基礎となる法則は同じです。
私どもも経験から得た知識に基づいた視野で地上界を観察しているので、皆様と違う視点からも観察できるという事は、それだけ多くの経験を積んで知識を蓄えてきたという事になります。
正直者が馬鹿を見ると仰いますが、その正直者自身は本当に馬鹿を見ていると感じているのでしょうか?
イエスに関しては聖書を読んでいれば分かる事であると思うのですが、死後に復活した姿を人間に示す事もなすべき作業の一つであったので、そのことに関して馬鹿を見たとはお考えになってはおられません。
ご自身の成すべき事を全うされ、立派にお役目を果たしたのですから、馬鹿を見たと評するような要素は何も無いのです。
正直ものは馬鹿を見るというのは、あくまでも周囲の人間が自分自身の考えに基づいてその様に評しているだけであるのです。
本人が感じていることと、周囲の人間が感じている事が必ず一致しているというわけでは無いのです。
正直者は馬鹿を見ると考えるという事は、その人自身の経験が乏しく知識も浅いため、その行動の先にある事柄を予測してみることができないだけの話です。
その様に考える人は、例え死後に霊界へ来たとしても、急に視野が開ける事はありません。
何しろ、それだけの経験も知識もまだ無いのですから、180度価値観が変わってしまうなどということはありえません。
環境が変わることは確かに学びに影響を与えますが、その環境から学び取るのか否かはご本人の考え次第なのです。
どんなに環境が整っていて周囲に促されたとしても、関心のない事柄に関しては心を閉ざしてしまいますので、そこから学び取る事は至難の業なのです。
人がそれぞれに持つ価値観は、あくまでもご本人の経験に基づいた知識を基準にしておりますから、霊になれば価値観が変わると考えるのは間違いです。
地上界にいる間は確かに制約が多く、霊にとっては必ずしも居心地の良い場所ではありませんが、いくら制約が多くても霊として持つ知識を全く認識できないわけではありません。
元々持っている知識であれば、例え肉体に宿る過程で忘れてしまったとしても、経験を通じですぐに思い出すことができます。
学ぶ速度が早い人は、元々知識として持っていたものを改めて再確認しているだけなので理解が早いのです。
一方、一から学んでいる人は同じ事でも学ぶ速度が遅くなります。
一度経験しただけでは理解できない事の方が多いからです。
自分を省みず周囲も顧みない人生を送る人は、それだけ経験が乏しく知識が浅いということなので、痛い目を見て後悔してみるまでは学ぶことができません。
又聞きしただけの単なる知識を、実践を通じて確信へと昇華させる作業を経なければ、確かに学んだとはいえないのです。
学べなければ以前と同じ選択を繰り返してしまいますから、学べるまで何度でも同じ経験をする事になるでしょう。

霊的な視点から観察したとしても、前提の正しい事柄が地上界の慣習と相反するという事はありません。
それは、人間の思い込みに他なりません。
上手な利用法を知らないために相反していると感じ取れるだけです。
全く無意味な必要の無い概念を維持し続けるほど、私どもは暇ではありません。
それらの慣習もすべて学びの要素として必要であればこそ、その状況が維持されているのです。
やっとひらがなを覚えた人に漢字で書かれた文章が理解できないのと同じ様に、何事も学ぶためには段階が必要なのです。
一つひとつ課題をクリアしていく過程でいかに学び取るのかが重要なのであり、一足飛びに何でも事が成せるわけではありません。
どのような物事でも、地道に実績を上げる努力が重要なのです。
一見相反すると思われるものが、実は学びのために大変重要な役目を果たしているものなのです。
相反すると思われるという事はそれだけ経験が乏しいということであり、相反しているわけでは無い事を学び取るために、皆様は今まさに経験を通して学んでいるのです。
どんなに前提が正しくても理解が足りないために方法が間違っているという場合は間々ありますので、それらの事柄が上手く運ばなくてもそれは何も不思議なことではありません。
どのような物事でもバランスを保つ事は大変重要であり、偏りは破壊の原因となります。
例え善といわれる事でも同じです。
薬は皆様の病を癒すことが出来ますが、過ぎれば毒にもなり命にかかわります。
善行でも過ぎれば堕落と破壊の原因となり、その行為は悪行と何ら変わりありません。
周囲への影響をよく考えずに思い込みで実践すると、例え善いと思える事柄でも誤った方向へと進んでしまいますので、ご自分の行動を省み、周囲への影響を確認する時間を設けるのはとても重要な事なのです。

イエスは特殊な使命を持って地上界に生まれてきましたので、一般的な学びを得るために生まれてきた皆様と同じ規準で比べる事は出来ません。
地上界に生まれた時点で積み重ねてきた経験も持ち合わせている知識も、イエスと皆様は比べられるものではありません。
ご自身の行動の先にある死を知りながらもイエスが成すべき事を実践し続けたのは、ご自身の行動が周囲へ与える様々な影響をきちんと理解しておられたからです。
当然、命とはどのようなものであるのかも充分に理解しておられましたから、徒に命を懸けたわけではありません。
これは皆様の学びの経験とは異なる目的のために実践されたものなので、イエスの事例を基準に考えてはなりません。
イエスの姿はあくまでも皆様が将来的に行きつく姿であり、今すぐに実践できるものではありません。
無理に背伸びをする必要はないのですから、今はご自身の日常生活を大切にして、その経験からより多くの学びを得られるように努力しましょう。

(2011年6月22日)





『ナザレのイエス』については、記事【ナザレのイエスとキリスト教会】や、『銀の紐を越えて』掲載の記事【複数の霊能力を発揮する霊能者は現代には存在しない(メッセージ85)】でも取り上げておりますので、合わせてご覧下さい。

【Silvercord】管理人 





6月22日現在回答待ちの質問

記事【ご覧の皆様からお寄せ頂いた質問について】の理由により、下記のご質問につきましては、しばらくの間回答を延期させて頂いております。

2011年2月9日水曜日

全世界の全ての存在に注がれるエネルギー

今回は、記事【霊的エネルギーの正しい利用法を覚えよう】のコメント欄からお寄せ頂いたたらこ様の質問について、『バチカンの拠点開放に携わる霊団』の皆様の回答が届いておりますので、ご紹介したいと思います。





■ たらこ様の質問

いつもブログ記事をありがとうございます。

霊界エネルギーを適切に取り扱う・・ということは具体的には、記事にあるように「欲張らず、意地を張らず、謙虚であることに努める。時には毅然と困難に立ち向かう勇気も必要。精一杯努力する」など、日々の生活の中で、自分を常に律しながら観察し、精進していくことでいいのでしょうか。

巷のスピ界では、エネルギーというと、ヒーリングエネルギーや、豊かさのエネルギー等、お金を払ってマスター(?)に流してもらったりというのが主流なような気がするのですが、ここでいう霊界エネルギーとは、そんな次元のものではなく、一人一人が、コツコツと、試行錯誤しながら得ていくものなのですよね。
シンプルでとても大切なことだなと思います。





■ バチカンの拠点開放に携わる霊団の回答

ここで私たちがお話ししているエネルギーというものは、皆様方が暮らす世界を支える根源的なエネルギーの事を指します。
全世界の全ての存在へ向けて注がれているこのエネルギーは生命の源とも言えるものであり、そのエネルギーが無ければ皆様がお暮らしの世界を維持する事ができないのです。
このエネルギーは常に全世界へ向けて注がれており、余程特殊な事情でも無い限り、エネルギー供給が途切れる事は無く、常に注がれているものであります。
これらのエネルギーを上手に活用するためには、日常生活の中から様々な経験を通じてこの世の理を学び取る必要があります。
どのような経験の中にも、必ず学び取れる要素があります。
身の回りで起きる一つひとつの出来事を具に観察し、原因と結果の因果関係を学び取る努力をしてみてください。
それこそがこの世の理なのです。
その様にして、一つひとつの経験を基に様々な因果関係を学び取る事で、不愉快な思いをする機会は徐々に減ってゆく事になるのです。
物事の因果関係を理解していれば、わざわざ不愉快な結果を招く原因をつくろうとは思わないものです。
それはミクロな出来事でもマクロな出来事でも同じ事です。
全ては原因があるからこそ結果がある、その事をよく覚えておいてください。
結果を踏まえて、更に飛躍するための努力も忘れてはなりませんね。
結果を受けて終わるのではなく、その更に先にあるものを目指して前に進む必要があります。
経験から得た知識を応用して、自分なりに活用できるようになる事が大切ですからね。
そのためには新たな方法に何度も挑戦し、失敗しない方法を探す必要があります。
どのような物事にも、この世で発生している事象であれば、必ず正解の方法があるのです。
それがどのような方法であるのかは、皆様が自分たちの力で見つけなければなりません。
私たちは、求めてくださる方々にヒントをお教えする事はあっても答えを教えてしまう事はございませんから、そのヒントを基にしてご自分の力で正解を見つけるしかないのです。
そうやって人はこの世の理を理解してゆくのです。

巷で話題にのぼるようなヒーリングなどのエネルギーは、ある特定の目的に特化したエネルギーであり、必ずしも必要であるとは限らないものですし、それが無ければ生きて行けないといった類のものでもありません。
ある特定の状態に置かれた方々にとっては、場合によっては必要とされるエネルギーであるとは思います。
それらのエネルギーは目的を限定されているため、発揮される条件も必然的に限定されます。
ですが、それらのエネルギーも必要であるからこそ発揮される場が設けられ、それらのお役目を授かっている霊能者の方がおられるのです。
役割は違っていても、その源は同じものであるのです。
いくら霊能者といえども人間でございますから、霞を食べて暮らすわけには行きません。
ですから、生活の糧を得る手段が他にない場合は、糧を得る為に労働の対価としてお金をいただくというケースも存在していると思います。
きちんとご自身のお役目を理解しておられる方であれば、法外な料金を請求したり、恐怖心を煽って逃げられないようにしたり、新たな顧客を紹介させたり等というような事は無いでしょう。
中には何の力も無いのにお金儲けの為に霊能力者であると偽って荒稼ぎをしているケースもございますから、そこのところには充分に気をつけなければなりません。
力はあっても、霊能力者自身が欲望に飲み込まれてしまうというケースもございます。
常識的に考えてみて、明らかに異常であると思われる点があるのであれば近づかないようにする事です。
よく検討された上で必要であると思ったならば、ご利用の際はご自身の責任において心してご利用されるのがよろしいと思います。
何事に対してもそうですが、慌てて結論を出さず、よくよく観察してから検討し、結論を出されるのがよろしいでしょう。

(2011年2月8日)





ここで『バチカンの拠点開放に携わる霊団』の皆様が述べておられるエネルギーについては、私自身にもまだ分からない点が多く、霊界の住人の皆様のお話を伺いながら、現実社会の動きを観察しつつ、霊的エネルギーの存在や効果、私たち人間や社会への影響についての理解を深めようと努めております。
これまでの霊界の住人の解説によりますと、私たちにとっては余りに身近で、かつ根源的である為に、返って余りピンとこない部分もあるのでしょう。
しかし、今は霊界と地上界を繋ぐ拠点開放という、霊的エネルギーの大規模な変動の起きる時期であり、私たちにとっても何らかのヒントを掴みやすい時期でもあると思いますので、注意深く世の中の動向を観察する中から、霊的エネルギーが私たちの社会に及ぼす影響を見極めて行きたいと思います。

【Silvercord】管理人 

2011年2月6日日曜日

霊的エネルギーの正しい利用法を覚えよう

今回は、記事【幸福には幸福が引き寄せられる】のコメント欄にお寄せ頂いた匿名様の質問について、『バチカンの拠点開放に携わる霊団』の皆様の回答を預かっておりますので、ご紹介したいと思います。





■ 匿名様の質問

こんばんは。


海外の情勢、エジプトが今大変なことになってますね。

イスラエルやイスラム教圏のエネルギーの流れは、今どのようになっているのでしょうか?

もしくは、これもバチカンの解放の影響でしょうか?





■ バチカンの拠点開放に携わる霊団の回答

あなたのご想像の通り、バチカンの拠点開放の影響は世界各地に見られます。
絶妙なバランスでギリギリのところで保っていたものに、新たな力が加われば呆気なくバランスを崩してしまうでしょう?
今混乱が起きている国々は、もともと混乱に陥る要素をその内に抱え込んでいたのです。
そこに、バチカンの拠点開放により新たな力が加わった結果、何とか保っていたバランスが崩れてしまったのでしょう。
偏りが激しい地域ほど、その反動は大きなものとなります。
ギリギリまで我慢して、爆発してしまいそうなほどに不満がたまっていたところに、ほんの少しでも刺激が加われば呆気なく爆発してしまう事でしょう。
常に緊張状態にあったものが、ついにその緊張の糸が切れてしまったという事なのだと思います。
抑圧されればされるほど、我慢の限界を超えたときに発せられるエネルギーは膨大なものになります。
混乱の起きている国々の皆様は、普段から余程抑圧されていたのでしょう。
ついに我慢がきかなくなり、爆発してしまったようです。
その他にも自然災害が世界中で起きておりますね。
これにもバチカンの拠点開放が関係しておりますが、バチカンから発せられるエネルギーそのものには善も悪もありません。
ですが、人間が利用法を誤れば、人間にとって不愉快な方向にそのエネルギーが働いてしまうのです。
ですから、一日も早く正しいエネルギーの利用法を覚える必要があるのです。
その為に私たちが存在し、こうして皆様とお話できる機会をいただいているのです。
上手に活用できれば、これほど心強い味方は無いというくらいに、皆様に安心と安全をもたらしてくれるものなのですから。
欲張らず、意地を張らず、謙虚であることに努めましょう。
時には毅然と困難に立ち向かう勇気も必要ですね。
努力の先には必ず明るい未来が待っています。
明るい未来を信じて、日々精進されてみては如何でしょうか。

(2011年2月6日)





国を束ねる者と支える者が共に手を携えて、共通の目的に向かって努力を傾ける方向にエネルギーが向けられれば、その国に暮らす全ての方にとってより良い社会が築かれて行くでしょう。
しかし、今不安定な状態にある国に暮らす方は、同じ国に住む者同士が互いにぶつかり合い、お互いを傷つけ合っているのです。
国に限らず、もっと小さな集団のなかでもその様な相剋があちらこちらで繰り広げられております。
しかし、その様な不安定な状況下にあっても、既に霊的エネルギーの適切な使い方を理解し、上手に使いこなしている方もおられる様です。
今後、エネルギーの適切な取り扱いを会得する方が増えて行くにつれて、事態は徐々に沈静化へと向かうでしょう。
尤も、会得するのに5年掛かるのか、10年掛かるのか、50年掛かるのかは、これからの私たちの取り組みに掛かってくるのですが。

【Silvercord】管理人 

2010年10月16日土曜日

『バチカンの拠点開放に携わる霊団』の働きかけと霊界通信の受け止め方

今回は、記事【京都・奈良の旅をまとめてみた(その1)】のコメント欄からお寄せ頂いたたらこ様の質問について、『バチカンの拠点開放に携わる霊団』の皆様の回答を預かりましたので、ご紹介したいと思います。





■ たらこ様の質問

ところで記事とは関係のない質問なのですが、宜しいでしょうか。
このブログや本サイトの主旨である
バチカンの開放に伴う霊界との協力体制という活動は
管理人様と霊媒M様のお二人だけで行っているのでしょうか?
この日本の中だけでも、様々なスピリチュアルのブログやサイトがありますが、そのようなお話をしているところを見たことがないので、常々疑問に思っておりました。
また、サイトごと、霊能者ごとに、話している内容が様々で、中には民主党を擁護しているようなものまでありますし、私から見てお花畑なことを言っているなあと思う内容もあります。
・・というよりも、このブログのように、政治や国のことについてこれだけ突っ込んだ内容が話されているブログの方が珍しく、そこが個人的には非常に興味があり、また今一番知りたい情報であるので、とてもありがたいです。
霊界の皆様は、他の霊能者の方達にも働きかけているけれど、今のところそれに協力できる、その意志を受け取ることができるのはお二人しかいない、という状況でしょうか?
もし宜しければ、今の日本のスピ状況も含めて、お答えしていただければと思っています。
どうぞ宜しくお願い致します。





■ 『バチカンの拠点開放に携わる霊団』の回答

「過去の時代にも、様々な方々を通じて、霊界からの言葉が皆様の世界にもたらされてまいりました。
私どもの言葉を受け止める事が出来る方々は、大抵の場合、スピリチュアルな事柄に対する関心が高く、過去に伝えられた霊界通信にも詳しい場合が多いのですが、そうなりますと、そこで一つの問題が生じてまいります。
一種の“先入観”が出来上がってしまいやすく、そうなると、どうしても物事を判断する際に柔軟性を欠いてしまいます。
その結果として、新たなる知識―――(過去の霊界通信に詳しい霊媒は特に)あるはずの無い情報がもたらされた場合、その“先入観”が霊媒の思考を働かせて邪魔をしてしまい、上手くこちらの意思を受け止める事ができなくなります。
霊媒自身の考え方が柔軟であり、『ありのままを受け止め、後でじっくり検証してみる』くらいの感覚の持ち主でなければ、新たな知識を受ける事は難しいのです。
無意識下での働きのようですが、大抵の場合は霊媒自身が導き出したい結論を予め決めており、それに反した情報は受け付けないようです。
基本的に、自己主張が激しい方は霊媒には向いておりません。
気負わず、決め付けず、ありのままを受け止める心を育てる事が、新たなる知識を受け止める必要最低条件となります。
それ以前に、霊界通信を受けたという事のみに注目して満足してしまい、通信の中身を検証しようともしない方が殆どですので、それではこちらとしても、手間隙をかけて通信網を整え、維持をする意味がありません。
何度か注意を促しても態度が改まらない場合は、手を引かせていただいております。

さて、今回のバチカンの拠点開放プロジェクトは、皆様の世界で大きな出来事であるのと同じ様に、私ども霊界でも“一大プロジェクト”といえる出来事なのです。
ですから、長い時間をかけて、大事に、大事に、一つひとつの作業を丁寧に行ってまいりました。
作業をお願いする霊媒も、こちらで厳選した可能性のある方々に対し、丁寧に働きかけて育ててきました。
ですが、私どもの要望に応えてくださる方は本当に極少数です。
例え応えてくださったとしても、本格的に活動するまでに至らないうちに駄目になってしまう場合も多く、実際に活動をするまでに育った方はこちらの方が最初ですね。
我欲を満たすために霊界通信を利用されるような心がけの方では勤まりませんので、その段階で私どもの方が手を引いてしまう場合が殆どです。
それと、例え私どもが要求する条件を満たしている霊媒でも、既に違う役割を担っておられる方は私どもがもたらす情報を受ける事はありません。
無制限に、無秩序に、誰にでも情報を流してしまうと、この世界に混乱をもたらしてしまうので、霊媒の皆様にもそれぞれにきちんと役割が決まっているのです。

霊界通信は、通信霊媒の素質があれば誰でも受け止められるというわけではなく、霊媒自身が人間として多くの経験を積み、より成長しようと努力を重ねる必要があるのです。
人間として成長すればするほど、より詳細な知識を受けことが出来るようになります。
逆に努力を怠れば、それまで支援していた霊団が手を引いてしまうので、その後釜についた未熟な霊の玩具にされ、徐々に能力も衰えてしまいます。

最も重要なのは、霊界からもたらされた情報であるという事よりも、その“情報の中身”であり、そこで“何が語られているのか”という事の方が余程注目に値することなのです。
霊媒に対して特別意識をもって接する事はとても危険です。
霊媒も皆様と同じ人間であり、霊界通信を行う術を身に付けているだけに他なりません。
皆様の世界にも、あらゆる技能を身に付けている方が大勢おられるでしょう?
国家資格などがあって、その試験にパスすれば特殊技能者として働けるでしょう?
霊媒もそれと同じです。
私ども霊界側で素質のある方に対して霊媒としての資格試験を行い、それにパスした方が活動しているだけなのです。
一度試験にパスしても、役割を放棄し、身勝手な振る舞いを続けるような事があれば資格を剥奪されます。
これも皆様の世界と同じでしょう。
例え霊媒の素質があっても、ご本人が望まないのであれば無理強いする事はございません。
その様な場合は早々に引き上げて、他の可能性がある方に働きかけることになります。

霊媒ごとに話している内容が異なるのは当然のことで、例え源は同じでも、その受け止め方は霊媒の成長度合いに大きく影響されますので、仕方の無い事なのです。
一見すると違いがあるように感じられても、きちんとした情報源から得ている情報には必ず共通するものがございますので、熟読する事で見えてくるものもあるでしょう。
霊媒の成長云々以前に、嘘偽りを広める目的で“スピリチュアル”と称して好き勝手な事を語っている場合もございますので、くれぐれもご注意くださいませ。
その様な場合は一目瞭然で、内容を検証してみればすぐに分かる事です。
辻褄の合わない支離滅裂な事を語っていたら疑ってみた方が良いかもしれません。
上記でも述べた通り、私利私欲に走ってしまった霊媒の場合はきちんとした霊団からの支援が受けられなくなりますので、その隙を突いて未熟霊が入り込んでしまいます。
その様な場合も、辻褄が合わず支離滅裂な事を語っているので、例え巧妙に語られていたとしても注意していればすぐに見分けがつきます。
皆様が何らかの情報を扱う場合に、例えどのような肩書きの方の言葉であったとしても、判断をする際に注目すべきはその中身であって、その肩書きが立派であるからと言って惑わされるわけでは無いでしょう?
例え表面を立派に装ってあっても、その中身が必ずしも立派であるとは限らないのは皆様も良くご存知のことでしょうから。
霊界通信も皆様の世界の情報も、判断する際に気をつけるべき点は何も変わらないのですよ。

霊的真理というものは、皆様の生活をより豊かにするための知識であり知恵なのです。
決して、皆様の世界からかけ離れた突拍子の無いものでもなければ、その意味も確かめずに崇めて言う通りにしてれば良いというものでもありません。
何故、善であると言われているのか、何故、悪であると言われているのか、その意味をきちんと理解する必要があるのです。
その為には、時として無駄に思えるような時間を過ごし、とことんまで経験してみる必要があります。
物事の本当の価値を知るには、時には一度手放してみる必要もあるのです。」

(2010年10月15日)





霊媒については、本家サイト『銀の紐を越えて』掲載の記事【複数の霊能力を発揮する霊能者は現代には存在しない】でも述べております。また、同じく本家サイト『銀の紐を越えて』から【霊界通信の難しさ】も参考になると思います。
さて、たらこ様の質問には「この日本の中だけでも、様々なスピリチュアルのブログやサイトがありますが、そのようなお話をしているところを見たことがないので、常々疑問に思っておりました。」とありますが、だからこそ当Blogを続ける意義があると考えております。
スピリチュアルの看板を掲げつつ、霊的な存在と現実社会が密接な繋がりを持っている現状をお伝えし、霊的知識を皆様の日々の生活に役立つ知恵としてお届けする事を通じて、ご覧の皆様にも霊的な存在との繋がりを実感できるきっかけとして頂ければと思います。

【Silvercord】管理人