2014年8月15日金曜日

転生を繰り返しながら共に過ごす霊たち[小ネタ]

今回は『ヨハネの黙示録』を解読するシリーズを一回お休みして、記事【『ヨハネの黙示録』に託されたメッセージ(その2)】のコメント欄にお寄せ頂いた質問の回答と、関連する事柄について、霊界の住人の意見を紹介したいと思います。
なお、今回の記事は[小ネタ]枠になります。
霊界の住人の意見を、管理人の責任で編集した文章をお届けすることになりますので、予めその点だけご了承下さい。





■ 匿名様の質問

霊界における結婚や家族の概念とはどのようなものでしょうか。気になるのは複数回転生を繰り返しその度に結婚や出産を経験する霊も沢山いると思うのですが、転生した時、以前の夫婦関係や親子関係は上書きされて無かった事になるのかというところです。また少し考えを発展させて、例えば500年前にある男女が結婚し仲睦まじい人生を終え帰幽しました。男の方は現在地上に転生し地上で新しい女性と結婚しました。女の方は転生することなく霊界で過ごしています。そして新しい地上生活をこれもまた仲睦まじく終えた男女が帰幽した場合、霊界で重婚や三角関係などでややこしい事にならないのものでしょうか。





■ 霊の性別について

匿名様の質問を拝見した際に、取りあえず管理人から以下の回答を述べておりますので、最初に管理人の回答の抜粋を転記した上で、霊界の住人の方の意見を紹介して参ります。
匿名様の上記質問に対して、管理人が回答したのは、以下の二点でした。
・男女の性別は人間の肉体的特性なので、霊に性別はないこと。
・霊にも個性はあるので、男性的な霊や女性的な霊はいる。

まず、上記の二点については、霊界の住人の方も同様の見解でした。
霊には、人間のような肉体的な性別は必要がないので、人間が考えているような男女の概念はない」とのことです。
また、「霊には父性と母性が予め備わっていて、それらを状況に応じて使い分けている」そうです。
そして、「霊的に未熟な間は、父性と母性のバランスを欠いている為、父性と母性を適切に使い分けることが出来ないので、霊によって父性が強く出たり、逆に母性が強く出る」場合がある様です。
ここで管理人は、霊の個性として男性的、女性的な霊はいると述べましたが、「未熟である為に父性と母性のバランスが上手く取れない」という見解が正解のようです。
但し、神話の神々にも男性神と女性神が居りますし、神様でしたら父性と母性のバランスを安定させられる程度に成熟していると思われますので、神様の男女については、役割に応じて父性と母性を使い分けている現れと見ることが出来るでしょう。





■ 霊はどの様にして、男/女として生まれることを選択するのか

未熟な成長段階の霊には、父性が強い霊と母性が強い霊がいるのでしたら、父性が強い霊は男性に生まれ、母性が強い霊は女性に生まれるのかというと、実は一概にそうとも言えないようです。
霊が人間として生まれる際には、人間としての生涯を送る中でどの様な経験に学びたいのかという、明確な目的意識があるそうですので、その目的を成し遂げる為には男性の方がやりやすい、もしくは女性でなくては出来ない場合もあります。
そこで、その時の人生の目的に応じて、達成の為に都合の良い方の性別を選ぶようです。
ですから、誕生前に選んだ性別と霊的な父性・母性のバランスによって、男性的な女性もいれば、女性的な男性もいます。
尤も、最近は肉体的な性別と霊的な特性が食い違っていても、自分のありのままの姿を表現し、又その様な人々に対して寛容に受け入れる社会に変わりつつある印象があります。
その辺りの選択は、個々の霊の目的意識と関心の方向性によりますので、霊の視点から見ると一概に善し悪しを断定できません。
いずれにせよ、最終的に父性と母性を共に活かせるようになって、上手く双方のバランスを取れるようになることが到達点となります。
そこへ至るまでの道程は、各々の霊によって千差万別です。





■ 近しい間柄の人間として生まれる霊達の関係

前置きはこのくらいにして、いよいよ匿名様の質問の本題に入っていきましょう。
霊界の住人は、「家族や友人などの近しい間柄の者として、何らかの深い関わり合いを持つ機会が多い存在は、霊の状態の時に同じグループ内にいて、お互いに影響を与え合いながら学ぶことを決めていて、予め契約を結んだ状態で人間として産まれてくる」のだと言います。
転生する度に、個々の霊にとって学びを得たい経験は異なりますが、特定の霊同士がお互いに学びたいテーマを学べるように、相互の役割や関係性を変えながら、そのグループのメンバーが皆協力しながら、必要な経験を積み重ねてゆく様です。
例えば、ある生涯では夫婦として過ごした霊たちが、次の生涯では親子や兄弟・姉妹であったり、唯一無二の親友であったりといった関係を、その都度必要に応じて立場を入れ替わったり、同じ夫婦や恋人同士であっても、男女の関係を入れ替わったりと言ったように、お互いの肉体に宿る霊は同じでも、お互いの立場と関係性を変えて行くことによって、共同してより多くの経験を積み重ねることが出来ます。
ですから、匿名様への回答その一としては、人間である時のお互いの関係性は、関係者である霊同士が、その人生で学びたい経験を、共同で積み重ねる為に都合の良い間柄だということが言えます。
人間の時に作り上げた関係を、生涯を終えた後にまで引きずるのではなく、誕生前にお互いがどの様な関係で人生を送るのかを決めてから、その約束に基づいて人間としての関係を結んで、目的とする経験を積み重ねて行くことになります。
ですから、質問にある「転生した時、以前の夫婦関係や親子関係は上書きされて無かった事になるのか?」については、過去の人間関係は、その生涯で目的とする経験を積む為に必要な“設定”として、記憶されます。
人間として過ごしている時には、過去の記憶は封印されていますが、肉体との繋がりが解けると、生涯を終えた直前の人生と共に、それ以前の過去の記憶も全てが開放されます。
ですから、過去の記憶が開放された時点で、人間であった時のお互いの関係が、一時的な仮の関係である事を理解しますから、特定の過去世の関係に拘る意味を感じないのです。





■ 特定の霊に対する執着

特定の霊同士が、お互いの立場や関係性を変えながら、共に人間としての生涯を過ごして行く例えについて述べましたが、では、そういった特定の霊に対する執着には、どの様な意味があるのでしょうか。
霊界の住人は、「良い意味でも悪い意味でも、執着してしまう間柄には何らかの意味があるので、何故執着してしまうのかを学ぶ為に、同じグループの者同士で人間としての生涯を送る選択をする」のだと言います。
良い意味と悪い意味とある様に、仲の良い相手ばかりではなく、傷付け合ったり敵対する者同士の間でも、執着してしまう関係が成りたつようです。
お互いの関係が良くても、悪くても、執着するからには、その相手との関係の中に自分の理解できないことがあり、それを理解したいと自分が望んでいることになります。
例えば、お互いに相手を嫌な奴と思っていても、何故か度々自分に突っかかってくる相手がいる――或いは、どうしても相手が気になって、自分から絡んでいく――そのような場合もあると思います。
幾ら自分がその相手が気に入らないと思っても、その相手と関わる中から学ばなくてはならない物事がある――そんな事例もあり得るようです。
それがどの様な相手であっても、執着するにはそれなりの理由があって、その相手と関わる中から執着の理由を見つけて、その理由を解消してしまえば、善し悪しにつけ、過度の執着はなくなってゆく様です。
もちろん、自分がその理由に気づいても、相手が気づかない場合もあります(その逆もあります)が、執着する関係の片方だけがその理由に気づいた場合でも、今度はお互いの学ぶテーマ(関心の対象)にズレが生じてしまうので、次第にお互いの関係が解消されて、離れて行ってしまうそうです。





■ 地上生活での人間関係を霊界に持ち込む者達

以上の前提を踏まえて、匿名様の質問の事例について考えてみましょう。
先に述べたように、地上生活における人間関係は、特定の経験を積む為に必要な“設定”であり、一時的な仮の関係なのですから、その関係を帰幽後に持ち込んでいる時点で、地上に産まれた本来の目的を見失っていることになります。
霊界の住人は、「人として産まれた当初の目的を忘れて、霊界に戻ってからも人間的な恋愛感情を持ち込んでしまう場合は、再び地上に誕生して、例えば一人の男性を二人の女性が取り合うなど、人間的な感情の赴くままに振る舞える環境を選択して、醜く争うことになる」と述べております。
本人達はそれで何とか決着を付けようとするようですが、霊界の住人に言わせれば「それがどの様な不毛な選択であるのかを理解して、飽きてしまうまでは何度でも繰り返すことになる」のだそうです。
そして、「その姿はまるで虜囚のようである」と見えるようです。





この度ご紹介した質問については、霊媒と協議の上、霊界の住人の見解をお知らせした方が良いと判断しました。
しかし、コメント欄からお寄せ頂いた質問は、基本的に管理人から回答するという方針には変わりありませんので、その旨ご了承下さい。

Silvercord管理人 





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3 件のコメント:

  1. 質問者です。皆様ありがとうございました。黙示録解読を楽しみにされている読者の方、割り込んですみませんでした。私たちの魂のシステムがこんな風になっているとは思ってもみませんでした。男女という概念は霊(私たち)の効率的な成長の為に作ってくれたのですね。そしてそれに見合った人間という乗り物まで。シルバーバーチ関連の書籍で「霊が主であり肉体は従である」と読んだことがあります。今回の記事と照らし合わせるとその意味が良く分かるような気がします。しかし男女(親子、友人など)という概念まで成長の道具だったとは驚きです。

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    1. 匿名様

      実は『ヨハネの黙示録』の中にも、今回の記事と関連する話が出て来ますので、別に無関係というわけではありません。
      むしろ、黙示録のあっさりとした記述を補完する側面もあると思いますので、それはそれで時機に適っているのでしょう。
      それから一点だけ補足したいのですが、「男女という概念は、霊の効率的な成長の為に作った」とは言い切れません。
      霊が元々宿している特性の中に「父性」と「母性」があって、男性として生涯を過ごす経験は「父性」を活性化しやすく、女性として生涯を過ごす経験は「母性」を活性化しやすいので、個々の霊が置かれた状況と関心の対象によって、どちらかの性別を選択します。
      ですから、「男女の概念は、霊の効率的な成長に寄与している」とは言えますが、それだけの理由で男女の性別が出来たとは言えないからです。
      その辺りの大雑把な説明は聖書の創世記にもありますが、管理人も上手く説明できる程理解を深めていませんので、この場での解説は差し控えます。

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  2. 補足説明までありがとうございます。父性や母性にはまだまだ秘密があるのですね。霊界でも父性母性として別認識されてるということは、他の惑星や宇宙、異次元などに住む生物にも男女や雄雌があるのですかね。なんかワクワクしますね。

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