2014年8月22日金曜日

『ヨハネの黙示録』に託されたメッセージ(その4)

この記事は、以前投稿した下記記事の続編となりますので、未読の方はこちらの記事より順番にご覧下さい。

【『ヨハネの黙示録』に託されたメッセージ(その1)】
『ヨハネの黙示録』第一章~第三章、アジア州にある七つの教会の天使に宛てた手紙について。

【『ヨハネの黙示録』に託されたメッセージ(その2)】
『ヨハネの黙示録』第四章~第七章、イエスが神から託された巻物の七つの封印のうち、第一~第六の封印を開いてゆく。

【『ヨハネの黙示録』に託されたメッセージ(その3)】
『ヨハネの黙示録』第八章~第十一章、イエスが巻物の第七の封印を開き、神からラッパを与えられた七人の天使のうち、第七の天使がラッパを吹くまで。





■ 身ごもった女と赤い竜

黙示録の第十二章に入ると、場面が変わります。
まず第一節~第五節で、天に大きなしるしが現れます。
一人の女が身に太陽をまとって、月を足の下にして、頭には十二の星の冠を被っています。
女は身ごもっていましたが、子供を産む痛みと苦しみの為に叫んでいました。
また、もう一つのしるしが天に現れます。
火のように赤い大きな竜が現れたのです。
七つの頭と十本の角があって、その頭には七つの冠を被っています。
竜の尻尾が、天の星を掃き寄せて、地上に投げつけます。
そして、竜は身ごもった女の前に立ちはだかって、生まれてきた子を食べてしまおうと待ち構えていました。
そこに女が子を産みました。
その子は、鉄の杖ですべての国民を治めることになっていたので、神の元へ、その玉座へ引き上げられます。
さて、ここで述べられている身ごもった女とは、人間を始めとした生物を生みだした神であり、霊を肉体に宿す仕組みを表します。
一方、産まれた子とは、人間を含む生物を指します。
これは以前、霊界の住人から伺っていたのですが、霊と物質を融合する仕組みの調整に多くの時間と手間を掛けたそうですので、恐らくその事を「子を産む痛みと苦しみ」と表現しているのでしょう。
では、何故そんなに苦労をして子を産むのでしょうか。
その答えが第五節で、「鉄の杖ですべての国民を治めることになっていた」からです。
実は第二章二十七節にも「彼は鉄の杖をもって彼らを治める」とあります。
それはティアティラの人達の中にいて、勝利を得る者には、諸国の民の上に立つ権威をイエスから授けられたからです。
その権威とは、かつてイエス自身も父なる神から授けられたものでした。
これらをまとめると、神は霊が成長する為の乗り物として、人間を含む生物を生み出しました。
霊が人間や生物に宿る経験を通じて、やがて神の境涯に達するまでの霊的成長の仕組みを作り上げたのです。
しかし、そこに問題が生じます。
赤い大きな竜が現れたのです。
霊界の住人によると、赤い竜とは、かつては神になることを強く望んだ天使だったようです。
しかし、神が、人間を含む生物に宿る経験を通じて、霊が成長する仕組みを作り上げたことによって、以前は自分よりも未熟であった霊が、いつの間にか自分よりも先に、神の境涯へ引き上げられてゆく様子を目の当たりにしました。
赤い竜は、かつては未熟だったはずなのに、いつの間にか自分よりも早く成長してゆく他の霊に嫉妬します。
その挙げ句に、とうとう他の霊の成長を邪魔し始め、霊が成長する為の仕組みを破壊しようと試みたのです。
続く第六節~第九節では、子を産んだ女は荒れ野へ逃げ込みます。
そこは女がそこに一定期間留まれるように、神が用意した場所でした。
一方、天では赤い竜の反逆に対抗して、ミカエル達が竜に戦いを挑んで打ち破ります。
その巨大な竜であり、年を経た蛇であり、悪魔やサタンと呼ばれる者は、サタンの使いの者と共に、地上へ投げ落とされてしまいました。
この部分で述べることは、天使と悪魔との間で戦いがあったという表現は、人間が想像する戦いとは隔たりがあると思いますが、赤い竜による、霊が成長する仕組みへの介入に対して、天使達が阻止する活動をしていたようです。
やがて赤い竜は、元々の自らの希望である「神になる」道が閉ざされてしまい、また他の天使との関係も悪化して居たたまれなくなったので、自ら地上近くへ逃げ出したというのが、どうも実態に近いようです。





■ 天から堕とされた赤い竜

黙示録の第十二章第十節~第十二節では、赤い竜が地に堕とされたのを受けて、天で大きな声が言ったそうです。
「神の救いと力、神の権威によって、我々の兄弟を神の御前で告発する者が投げ落とされた。
兄弟達は、小羊の血と、自分たちの証しの言葉で、彼に打ち勝った。
そこで天に住む人々よ、喜べ。
しかし地と海は不幸だ。
悪魔は怒りに燃えて、お前達の所へ降っていった。
残された時が少ないのを知ったからである。」
さて、ここで述べているのは、赤い竜が神の前で偽りの告発を並べ立てて、他の霊や天使達を陥れようと画策したことと、他の霊が自らの冤罪を神に訴えて認められたこと、その結果、赤い竜はペテン師の烙印を押されて、天に居場所がなくなってしまったことです。
しかし、赤い竜は自らの行いを他所に、怒りと嫉妬に狂って新たな策略を試みます。
赤い竜が降っていった地と海に対して策略を行うので、地と海が不幸なのです。
続く第十三節~第十八節では、赤い竜が地上へ投げ落とされたことに気づくと、男の子を産んだ女の後を追いかけます。
しかし女には、荒れ野にある自分の居場所に飛んでいけるように、大きな鷲の羽が与えられていました。
女は蛇から逃れて、一定期間養われることになっていたのです。
蛇は、口から川のように水を女の後ろに吐き出して、女を押し流そうとしました。
しかし、大地が女を助けて、口を開けて、竜が吐き出した川を飲み干しました。
竜は女に対して激しく怒って、その子孫である、神の掟を守る者、イエスの証しを守り通している者達と戦おうとして、出ていきました。
そして、竜は海辺の砂の上に立ちました。
さて、第十二章の冒頭に出て来た女は、人間や生物を生んだ神であり、また霊が生物に宿って成長する仕組みを指すと述べましたが、嫉妬に狂った赤い竜は、この仕組みが原因で、自分が神になる道が閉ざされたと逆恨みしておりました。
そして、天では概ねその知識が共有されておりましたが、地上では一部の者のみが朧気に知る程度の状況でした。
そこで赤い竜は考えました。
地上に住む人々を相手にするなら、人間や生物の存在理由や、霊が成長する仕組みや目的についての知識が欠けているので、こちらで偽りの知識を与えて騙すことにより、人々を思いのままに操ることが出来るかも知れない。
よくよく考えてみれば、それは神が人々を従えるのと変わらないじゃないか、と。
赤い竜は、地上の各地に伝わる、神と人々の関わりを伝える古の神話・伝説の類を消して回りました。
しかし事は思うように運ばず、地上の人々の中にも、一部には神々と人間の関係をよく知る人々がいて、物事は思うように捗りません。
ましてや、いつの間にか女の子孫であるイエスが地上に使わされて、せっかく自分が打ち消して回った神と人間の関わりにまつわる秘密を、逆に地上の人々に広めようとしたのです。
そこで、神の掟を守り、イエスの証しを守り通している者達=キリスト教に目をつけ、彼らを籠絡してペテンに掛けようと近づいていきました。
ということで、地上に堕とされた悪魔サタンは、地上の人々が神様や天についての知識が欠けている所に付け込んで、自分が地上の人々にとっての神様に成り代わろうとしました。
竜が水を吐き出して、女を押し流そうとする描写がありますので、あるいはノアの時代には、サタンの影響を受けていた可能性を伺わせます。
しかし思うように事が運ばずに、ましてや天から新たな使者としてイエスが使わされ、神とイエスを信仰する新たな集団が生まれてしまいました。
悪魔サタンは、イエスの言葉や生涯のエピソードが地上に伝わることにより、自分の目的の妨げになると考えたので、地上の人々のイエスに対する知識や記録を改竄し、あわよくばキリスト教の神に成り代われないかと野望を抱いたのです。





■ 海の中から上がってきた第一の獣

黙示録の第十三章第一節~第七節では、一匹の獣が海の中から上がってきます。
この獣には(赤い竜と同じように)、十本の角と七つの頭があります。
そして(赤い竜は七つの頭に冠を被っていましたが)、角の方に十の王冠があり、頭には神を冒涜する様々の名が記されています。
その獣は豹に似ていて、熊のような足と、獅子のような口をしていました。
竜はこの獣に、自分の力と王座と権威を与えました。
そして獣の頭の一つが傷付けられて、死ぬ程の致命傷を与えられたものの、その傷も治ってしまいました。
それを見た全ての土地の人々は、驚いてこの獣に服従しました。
竜は自分の権威を獣に与えたので、人々は竜と獣を拝みました。
「誰もこの獣に敵わないし、誰も戦えないだろう」
この獣には大言と冒涜の言葉を吐く口が与えられて、四十二ヶ月の間、活動する権威が与えられました。
そこで、獣は口を開いて、神と、天に住む者達を冒涜しました。
獣は、聖なる者達と戦って勝つことが許されました。
また、あらゆる種族、民族、国民を支配する権威が与えられました。
さて、海から上がってきた一匹の獣とは、一体何を指すのでしょうか。
管理人は、この獣の正体を、ローマ帝国による庇護を受けたキリスト教会と推定しました。
ただし、キリスト教会が中心ではありますが、キリスト教的価値観に支配された国家全般に影響は及びますので、ローマ帝国及び、ローマ帝国衰退後のキリスト教国の総称として獣に例えたという解釈が妥当だと思います。
まず、海から上がってきた獣とは、ローマ帝国が地中海を舞台に広大な領域を支配した経緯を見れば、正に海から上がってきた獣の表現が相応しいでしょう。
獣には十本の角と七つの頭がありますが、十本の角にはそれぞれ王冠がありますので、これはローマ帝国と後継国家など、キリスト教会を守護してきた王国を指します。
そして七つの頭には神を冒涜する名が記されていますが、これはキリスト教会の影響が及ぶ土地と解釈しました。
異教徒を排斥し、異教の神を悪魔に貶めることによって、キリスト教会の布教が進んでいったからです。
竜は獣に、自分の力と王座と権威を与えますが、これがローマ帝国によるキリスト教会の保護と国教化を示すと推定しました。
さて、獣の頭の一つが死ぬ程の致命傷を負うのですが、その傷も治ったというのは、イスラム勢力のイベリア半島侵攻からレコンキスタまでの流れを表していると解釈しました。
ローマ帝国時代からキリスト教圏であったイベリア半島では、八世紀に入ってから地中海対岸の北アフリカを版図に治めていたイスラム国家による侵攻を受けました。
その後ほぼ十五世紀一杯まで掛けて、ようやくイスラム勢力をイベリア半島から駆逐します。
そのレコンキスタの間に、イベリア半島ではポルトガルとスペインが誕生しており、レコンキスタの終結から程なく、スペイン、ポルトガルともに、北アフリカを端緒とした海外侵略を開始、大航海時代を迎えることになります。
その大航海時代を示すと思われるのが、第五節~第七節に当たる部分で、特に欧州諸国によって南北米大陸が征服されてゆく様子が、「獣は聖なる者達と戦い、これに勝つことが許され、また、あらゆる種族、民族、言葉の違う民、国民を支配する権威が与えられた」の部分に象徴されていると思います。
そうすると、第五節~第六節の部分はどの様に受け止めたら良いのでしょうか。
この獣には、大言と冒涜の言葉を吐く口が与えられると同時に、四十二ヶ月の間、活動する権威が与えられたので、獣は神や神の名、神の幕屋、天に住む者達を冒涜したとあります。
そこでキリスト教の歴史について調べてみると、キリスト教の教義・典礼・教会法などについて審議・決定する『公会議』と呼ばれる最高会議があるそうです。
初期の『公会議』で議題となっているのは、父なる神と子であるイエス、そして聖霊の関係について、教派によってばらついていた解釈を、キリスト教会としての統一見解を定める所にあったようです。
その際に『ニカイア信条』や『ニカイア・コンスタンティノポリス信条』などを採択しておりますが、これらがキリスト教会として公式の解釈=教義と定められました。
インターネット上でも、これらの『信条』の日本語訳が閲覧できるのですが、管理人が確認した限りでは、むしろ聖書の記述を歪めて解釈をねじ曲げている印象を受けました。
例えば、先程述べた神とイエスと聖霊の関係について、上記信条ではいわゆる『三位一体』論の解釈を定めていますが、黙示録の第三章第二十一節では、イエスの導きのままに努力し、勝利を得た者に対して、「私が勝利を得た時に、父なる神と共に着いた玉座に、あなたも共に座らせよう」と述べています。
これは神、イエス、聖霊が一体で唯一の神とする、『三位一体』論の明確な否定に当たると思うのですが、キリスト教会の方はどの様に受け止めているのでしょうか。
ともあれ、上記の理由により、キリスト教の『公会議』は、聖書の記述と一致しない解釈を教義と定めていますので、神と神の名や、神の幕屋、天に住む者を冒涜する行為に当たると思うのですが、いかがでしょうか。

続く第八節~第十節には、こうあります。
地上に住む者のうち、天地創造の時から、屠られた小羊の命の書に名前が記されていない者達は、皆、この獣を拝むでしょう。
聞く耳を持つ者は、聞きなさい。
捕らわれるべき者は、捕らわれてゆく。
剣で殺されるべき者は、剣で殺される。
ここに、聖なる者達の忍耐と信仰が必要になります。
さて、屠られた小羊=イエスの命の書とは、記事【『ヨハネの黙示録』に託されたメッセージ(その1)】でも取り上げましたが、そこに名前が記されていると第二の死を避けられるとあります。
第二の死については、今後投稿予定の記事にて解説しますので、ここでは割愛しますが、言葉を換えると、獣を拝む者はイエスの命の書に名前が記されないので、第二の死を免れないと言うことでしょうか。
その様な、言わば獣に支配された世の中なのですから、聖なる者=聖書に綴られた神の言葉やイエスの言葉をよく理解して実践する者ほど、獣とそれを拝む者にとっては目障りなので、過酷な境遇に置かれやすいのでしょう。
その様な悪魔の時代を聖なる者が生き抜くには、並々ならぬ忍耐が求められるとの、イエスからの忠告でしょうか。





■ 地中から上がってきた第二の獣

黙示録の第十三章第十一節~第十五節では、もう一匹の獣が地中から上がってきます。
この獣には、小羊の角に似た二本の角があって、竜のように物を言っています。
第二の獣は、第一の獣が持っていた全ての権力を、第一の獣の前で振るう事によって、そこに住む人々に第一の獣を拝むように仕向けました。
そして、大きなしるしを行って、人々の前で天から地上に火を降らせました。
更に、第一の獣の前で行ったしるしによって、地上に住む人を惑わせ、また、第一の獣の像を造るように、地上の人々に命令しました。
第二の獣は、獣の像に息を吹き込むことを許されて、獣の像が物を言うことさえ出来るようにしました。
そして獣の像を拝もうとしない者は、皆殺しにさせました。
さて、ここで第二の獣が出て来ます。
小羊に似た角があるので、イエスを装っているのですが、口から出るのは赤い竜であるサタンの唆しです。
イエスを装っていますので、イエスの足跡を辿ることによって、第二の獣の正体を明らかにするヒントが掴めそうです。
イエスは生前に、ユダヤ教のファリサイ派や律法学者の姿勢を激しく批判しておりますが、これは従来のユダヤ教に対する見直しの象徴と捉えることが出来ます。
その様に考えると、大航海時代の最中に始まった宗教改革運動は、従来のキリスト教に対する見直しの動きですので、イエスを装った第二の獣とは、宗教改革運動をきっかけにしてカトリックから分裂した、プロテスタントが該当することになります。
先程の項目で第一の獣について検証した様に、第二の獣についても歴史的経緯に照らして確認してゆきましょう。
第十二節で、第二の獣は、第一の獣が持っていた全ての権力を、第一の獣の前で振るいます。
それによって、地とそこに住む人々に、第一の獣を拝ませるのですが、これは大航海時代に欧州諸国が南北米大陸に侵攻、植民地化する際に、「キリスト教の布教」という建前を使用した経緯を表していると推定します。
そうすると、北米はプロテスタントが優勢ですが、中南米はむしろカトリックが支配的ですので、第二の獣がプロテスタントと断定するには無理がありそうです。
しかし、その次に、大きなしるしを行って、人々の前で天から地上へ火を降らせたとあります。
この「大きなしるし」とは、黙示録の第六章で述べている、小羊が神から受け取った巻物の第一の封印を開いたことを指しますので、その後に「人々の前で天から地上へ火を降らせた」のは、第一次世界大戦と第二次世界大戦、とりわけ第二次世界大戦において、巨大な爆撃機が大量の爆弾を地上に投下する様子を想像させます。
更に、先程の「大きなしるし」によって、地上に住む人々を惑わせ、また第一の獣の像を造るように、地上の人々に命じたとありますが、米国は戦争で疲弊した欧州を復興する為に、『マーシャル・プラン』を立ち上げました。
そして、第一の獣に息を吹き込むことを許されて、獣の像がものをいう事が出来るようにしたというのは、欧州の復興がやがてローマ帝国の再来を思わせるEU統合への筋道をつけること、それに加えて、欧米が中心となって各種国際機関を設立して、キリスト教的価値観を共有する欧米諸国主導の国際社会秩序が形作られてゆく過程を述べているのでしょう。
それから、獣の像を拝もうとしない者を皆殺しにさせたというのは、いわゆる米ソの代理戦争と言われたあらゆる紛争や、対テロ戦争と言われた米国主導の多国籍軍による戦争などが該当するのでしょう。
もう一つの意味合いとして、技術の進歩に伴って新たに創り出されたテレビ、ラジオなどの映像・通信系機器類は、獣の像に息を吹き込む事に該当するでしょう。
そして、獣の像を拝む者が、テレビ・ラジオ等のマスメディアの論調を鵜呑みにする者を指すなら、マスメディアに違和感を持つ人にとっては息苦しく、精神的に殺されたような日々を送っていたとも表現できるでしょう。
ここまで来ると、どうやら第二の獣とは米国及びプロテスタントの価値観が該当しそうですが、第二の獣についての記述がもう少しだけ続きますので、最後まで確認してしまいましょう。

第十六節~第十八節では、あらゆる者の右手か額に刻印を押させます。
その刻印がある者でなければ、物の売り買いが出来ないようになりました。
その刻印は獣の名であり、獣の名の数字です。
その数字とは人間を指しており、六百六十六です。
先程までの話の流れを考慮に入れると、これが何を指すのか、ご覧の皆様にも大体想像がつくのではないかと思います。
それを一言で表現すると、グローバリズム、グローバル資本主義などという事が出来るでしょう。
世界各国の経済活動・商取引のルールを統一しようとする考え方なのですが、現実には世界最大の経済規模を持ち、国際決済通貨ドルと世界各国に軍隊を派遣している米国主導で、国際的な経済活動のルール統一に向けた働きかけが続いております。
そういえば、記事【『ヨハネの黙示録』に託されたメッセージ(その1)】でペルガモンにある教会の天使に宛てた手紙を紹介しましたが、ペルガモンとは米国を指すこと、ここにサタンの王座があること、そしてオバマ大統領と同じ名前と同等の立場に立つ人物の言及がありました。
更に今回の記事では、サタンの影響を受けた獣が、今のEUと米国を指しているように読み取れます。
そうなると、ここで述べている獣の名の刻印とは、カトリックとプロテスタントに代表される現代のキリスト教的価値観そのものを指すことになります。
では、獣の数字は人間を指すと言うこと、またその数字六百六十六とは、どの様な意味なのでしょうか。
創世記の第一章には、第六の日に神は地上の獣らを産み出し、また人間を創造していますので、獣の数字の六とは獣や人間が誕生した日を指すのでしょう。
では、六百六十六とは何を意味するのでしょうか。
創世記の第二章によると、天地と万物が完成されたので、第七の日に神は仕事を離れて安息します。
そして第七の日を神は祝福し、聖別します。
一見すると、第六の日で天地万物が完成されたようにも見えますが、第七の安息の日に辿り着いて、やっと天地創造が完成します。
しかし、獣の名の刻印をされた者は、いつまでも人間のままでいることに安住して、第七の日へ向けてステップアップしようとしません。
その姿はまるで、父なる神やイエスを唯一無二の特別な存在と崇め奉っても、生前のイエスの行為に見習って父なる神の玉座へ引き上げてもらおう等とは、いつまで経っても思いも寄らないキリスト教徒の姿に重なるのですが、いかがでしょうか。
ということで、六百六十六とは、聖書に綴られた神の言葉や、イエスの言葉や足跡に学んで自身を鍛えようとせず、父なる神やイエスを唯一無二の神の座に祭り上げた上で、神の名を掲げて背信行為を繰り返すキリスト教徒を表す数字と言えるでしょう。
また、かつては神の座を激しく欲しながらも天から堕とされ、今度はキリスト教会に付きまとって、キリスト教の教義を聖書の記述から突き放して、悪魔の価値観に変質させた上で、キリスト教徒にとっての神を気取ってみても、絶対に本物の神の座に辿り着くことは出来ないと言う意味でもあります。
六を三つ重ねても(幾ら重ねても)七には成らないから、獣の数字であって人間を指すのです。
ちなみに、獣の刻印に該当する具体的な対象としては、国際決済通貨としてのドル(もしくはユーロ)であり、クレジットカードなどの電子情報伝達による決済システム辺りが該当するでしょうか。





■ 悪魔サタンとキリスト教の関わりについてのまとめ

前回の記事【『ヨハネの黙示録』に託されたメッセージ(その3)】では、第七の天使がラッパを吹いた所までを紹介しましたので、今回はその続きなのかと思いましたが、実際に解読してみると、悪魔サタンが天から堕とされた経緯や、その後キリスト教会に付きまとって侵蝕してゆく様子が描かれていました。
ここまで皆様にもご覧頂いたように、キリスト教会は成立後間もない頃から悪魔サタンに付け狙われ、キリスト教会に関わる人々への干渉を続ける中から、少しずつキリスト教の教義を聖書の記述から引き離し、悪魔サタンの価値観へと変質させてゆきました。
そして今や、イエス・キリストの名を借りた悪魔信仰を武器として世界に覇を唱え、日常生活に欠かせない社会システムそのものが、彼らの信仰する悪魔サタンの価値観を礎に築かれてしまいました。
六百六十六の獣の数字を刻まれたのは、キリスト教会の本質が聖書から悪魔信仰にすり替わってゆくのを見抜けなかった――あるいは積極的に推進した――キリスト教徒だけではありません。
キリスト教会の硬軟取り混ぜた巧みな、あるいは強引な布教活動に誘導され、彼らの価値観を受け入れてしまった、現代を生きる大半の人間に、六百六十六の数字が刻まれてしまったのです。
しかし、この様な事態は、『ヨハネの黙示録』が書かれた時点で既に想定されていました。
何故なら、十二章の最初に「天に大きなしるしが」あって、それから身ごもった女が現れます。
更に、「もう一つのしるしが天に」現れて、それから赤い大きな竜が現れます。
そして十三章に入ると、第二の獣が「大きなしるし」を行いますが、これは小羊イエスが神から授かった巻物の七つの封印のうち、第一の封印を開いたことを指すと述べました。
ここで言う『しるし』について、今は「神が予め“必ずここを通過する”と定めた通過点」とだけ、述べておきましょう。
私たち人間は、悪魔サタンの罠にまんまと嵌まって、思いのままに翻弄されているようにも見えますが、そのシナリオは予め『ヨハネの黙示録』に示されていました。
これは一体どの様に受け止めれば良いのでしょうか。
きっと『ヨハネの黙示録』のどこかに、何らかのヒントが隠されていることを期待して、次回以降の記事をお待ち下さい。

Silvercord管理人 





なお、上記記事は、以下のサイト掲載の新約聖書『ヨハネの黙示録(新共同訳)』を閲覧しながら解読を行いました。
原文の引用という形はとりませんでしたが、解読する原文の場所は可能な限り指定しておりますので、必要な方は記事に指定のある章・節を参照のうえ、ご覧下さい。

閲覧サイト:一般財団法人日本聖書教会
URL:http://www.bible.or.jp/


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11 件のコメント:

  1. キリスト教会が本来のキリストの教えを歪め、その流れが現在のグローバル資本主義にまでつながるという指摘に納得しました。
    バチカンの解放と共に、フランシスコローマ法王が、グローバル資本主義との闘いを呼びかけたのも関連があるように思えました。
    ここまでの流れは神様も想定内だったのですね。続きが非常に楽しみです。

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    1. たらこ様

      実は、解読作業の過程で管理人も驚いたのですが、黙示録の文面を素直に追いかけて行くと、地上に堕ちた悪魔サタンは、神の掟とイエスの証しを守り通している者達と戦う為に出て行きます。
      そして、神の掟とイエスの証しを守り通しているのはキリスト教徒で、彼らの神とイエスに対する信仰を潰えさせて、「神への信仰=サタンの価値観を信じる」の認識を植え付けるのが、悪魔サタンのキリスト教徒に対する戦いとなります。

      現代のキリスト教会は、悪魔サタンに仕掛けられた戦いに勝利していると言えるのでしょうか。

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  2. ニガヨモギがハーブで、麻酔剤でもあり、酩酊や幻覚作用があるものということからすると、水源地が汚染されるのは、なんらかの化学物質が空から大量に振り、その作用によって心身が侵されるというようなことも考えられるのでしょう。ちょうど中国が干ばつの為、大量の薬品を大気に打ち込んで、その影響で日本の西側に豪雨をもたらしているというニュースを読んだところです。内容物のわからないものがこの雨には含まれているのでしょうね。
    人間が6の数字にとどまり、霊的な成長をしないようになれば、サタンと呼ばれる存在にとっては支配するのに好都合です。衣食住に終始して一生を終え、成長もないというのは、本来の人の天命を放棄したということですね。

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    1. 匿名様

      『ヨハネの黙示録』で使われている特定のキーワードについては、一つの言葉に複数の意味合いを持たせることによって、限られた文章に極力多くの情報を込めようと工夫を凝らした跡が伺えます。
      苦よもぎについては、コメントでご指摘の「化学物質が水源地を汚染する」という意味合いと共に、「悪魔がもたらした苦よもぎの幻覚作用で、綺麗な水である神の働きかけと、毒水である悪魔の働きかけが判別できなくなって混乱する」といった読み方も出来ると考えております。
      匿名様のご指摘が、キーワード「苦よもぎ」に込められた物質的影響であるとすれば、管理人が述べたのは精神的影響と言えるでしょうか。
      また、最近の西日本各地を襲う豪雨との関連で、今年の年明け頃より、「大陸から飛来するPM2.5の影響を抑制する」という観点から見ると、特徴的な天候の変化が度々見かけられます。
      その他にも、電力需給の逼迫が予想された時期に、不安定な天候の影響で気温の上昇が抑制されて、何とかブラックアウトだけは回避できそうです。
      それから、豪雨に伴って各地で発生している土砂災害については、そういった災害対策費を事業仕分けで削減したのは誰で、その為に災害対策が滞って被害が拡大したのではないか――そういった観点から、改めて災害対策を見直すきっかけにする良い機会であると思います。
      折しも、政府は国土強靱化政策を実施しているようですが、残念ながらこの度被災された方の事例なども参考に、今後の大規模自然災害による被害を、極力低減させる為に役立てて頂きたいと思います。

      今はまだ『ヨハネの黙示録』の解読の途中ですので、詳しくは今後投稿予定の記事に譲りたいのですが、少なくとも現在人間として地上で生活されている方には、やり直しの機会が残されています。
      今回は衣食住に追われて一生を終えてしまっても、その次には衣食住以外にも気を配る余裕が出来る――その様にして、人間としての生涯を繰り返す中で、徐々に理解を深めて行けば良いと思います。

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  3. 管理人様

    上記記事とはまるで関連の無い質問で申し訳ありません。
    記事の中に「霊と物質を融合する仕組み」という文言が出てきたため、以前から気になっていた質問をしたいと思います。

    人が住まなくなった家は急速に崩壊すると言われます。
    数ヶ月に1度のような周期で、定期的に清掃に訪れる場合でも崩壊が早まることは変わらないらしいと聞いたことがあります。
    死んだ人の肉体から霊が離れると肉体が崩壊していくのと同じように、人の住まなくなったとたんに家に憑いていた霊が離れるために崩壊が早まるのではと、関連性が有るのではないかと疑ってしまいます。

    この現象は、家のように人が作ったものにも、持ち主とは別の霊が宿ることを意味するのでしょうか?
    それとも、家の持ち主の霊が、家などの物質に崩壊させないような影響を与えているのでしょうか?

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    1. 匿名様

      人が住んでいる家でしたら、日常生活の中で汚れれば、その都度掃除をするでしょうし、どこかが破損すれば、その都度修繕をするでしょう。
      その家に住んでいる人に取っては、屋内が汚れたままだったり、破損した場所を放置していては、何かと生活し難いと思いますので、必要が生じる度に細々とメンテナンスをしているのではないでしょうか。
      ところが、普段は人が住んでいない家でしたら、数ヶ月に一度であっても、その一回の掃除には時間と手間がかかりますし、その家で暮らしているわけではないので、ぱっと見には目立たない小さな破損箇所は見落としがちになります。
      例え定期的に掃除をしていても、数ヶ月に一度では掃除の間隔が空きすぎていますし、最初に出来たのが小さな破損箇所でも、その場で小まめに修繕をしなければ、やがては建物の構造に影響を及ぼす大惨事に繋がるかも知れません。
      人が住んでいても、住んでいなくても、家は日々風雨に曝されていますから、小まめなメンテナンスの有無は家の寿命に大きな影響を及ぼすでしょう。
      また、日本の気候は湿気が多いですから、普段から人が住んでいて風通しを良くしている方が、普段は人がいなくて扉や窓を閉め切っているよりも、湿気が家の中に籠もりません。
      この湿気が、建物の寿命を縮める原因の一つではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

      なお、人間などの生物と同じように、生物ではない物体にも霊が宿ることによって、その形状を維持できるのだそうです。
      例えば、今管理人の目の前にあるマグカップの様に、一つの素材で出来ている物体には、その物体の形状を維持する霊が宿っているそうです。
      一方、家の様に複数の素材を組み合わせた構造物の場合は、その構造物の材料である素材ごとに、その形状を維持する役割の霊が宿っているそうです。
      生物に霊が宿る場合と、物体に霊が宿る場合では、色々と異なる事情があるようなのですが、霊媒の話によると、この場で簡単に解説できる内容ではないそうです。
      今後機会がありましたら、『銀の紐を越えてα』の方で解説の場を設けるかも知れませんが、現時点でのお約束は出来ません。

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  4. 管理人様

    普段の「銀の紐」サイトでは、神道的な神の位置づけで語られることが多いので、「赤い大きな竜」=「天使」というようなキリスト教的価値観による地位や能力の位置づけが対比し辛く混乱しています。

    神の地位に引き上げられることが無かった天使とは、日本の神社に新米の神として赴任した霊よりも地位的に下で、その位置に引き上げられることが無かったことを羨んだのでしょうか?
    それとも、キリスト教的価値観で言うところの天使は、神道の神社に新米の神として赴任された霊よりも遥かに地位や能力が高いのでしょうか?

    新米の神社の神よりも地位や能力が高いゆえ、彼らが改心するためには厄介な手続きと長い時間がかかると言うことを黙示録は示しているということでしょうか?

    天使と対比して記紀に出てくる神や、神社に赴任したての新米の神、シルバーバーチの内容で語られるイエスなどの、地位・能力・人間と敵対したときの厄介さを数値化していただけたら分かりやすいのではと思います。

    例えば、新米神:地位(100)、能力(100)、厄介さ(100)として、天使やイザナギの尊やイエスの値はどれくらいになるのか、目安が欲しいところです。

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    1. 匿名様

      日本の神様の場合は、例えば稲荷神でしたら、伏見稲荷大社が総本社であり、伏見稲荷の主祭神である宇迦之御魂神が、稲荷神社組織を取りまとめる神様です。
      その傘下には全国各地に稲荷神社があって、それぞれの神社ごとに取りまとめの神様と、神様の指示を受けて活動する使いの者がおります。
      一方、キリスト教の場合は、神とイエスと聖霊を除いて、天にいる者は皆天使とされているようです。
      ですから、日本の神様の分類では神と認識される存在であっても、いわゆる父なる神以外は皆天使です。
      この様な齟齬が生じるのは、日本では神様の組織と役割分担を踏まえた理解をしているのですが、キリスト教では「神とは唯一父なる神のみ」という理解ですので、それ以外の方は全て「神の使い」という扱いです。
      例えば、日本の神様の分類に当て嵌めると、大天使ミカエルは神に該当すると思うのですが、キリスト教では皆天使とひとまとめにしています。

      赤い竜こと悪魔サタンは、神としての務めを果たす為に欠かせない、最低限の知識や能力すら得られていないのに、かつては自分よりも未熟であった者が、自分より先に成長したのが許せなくて嫉妬した未熟者です。
      赤い竜は、日本の稲荷神社の分類に当て嵌めると、地方の稲荷神社の神様の指示を受けて活動する使いの者に相当します。
      一口に『神』や『使いの者』といっても、皆それぞれに積み重ねてきた経験や理解度はまちまちですし、ある特定の分野については、神よりも使いの者の方が詳しかった――等という場合もあります。
      しかし神は、神としての務めに必要な知識や能力を、満遍なく一定のレベル以上に保てなくては務まりません。
      赤い竜はその点についての理解が欠けていて、自分の得意分野にばかり目を奪われたまま、「自分はこんなに優れているのに、いつまでも神の座に引き上げてもらえない」と不満を漏らしているのです。
      何しろ、「自分は神になる資格があるはずだ」と思い込んでいるのに、私たち人間でさえ知っている因果律の理解が不足しているので、いずれ破綻する種を自分で蒔いては、破綻の結果という実を刈り取る段になってから、「神の怒り」などと見当違いの不満をぶつけているのですから、本当に呆れてしまいます。

      また、数値化をとのことですが、そもそも人間である私たちに、神の世界の全体像を推し量ることは出来ません。
      神の言葉として語り継がれている書物や、神の働きかけであると推測できる身の回りの出来事を通じて、神の御業の極一部を大まかに窺い知るのが精々でしょう。
      もし、匿名様のコメントにある様に、「あの神様の理解度・成熟度はこのくらい」と理解できるのでしたら、管理人は今頃地球全体を取りまとめる神になっていると思います。

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  5. 管理人様

    2014年9月4日 22:30に質問した匿名です。
    ご回答頂きありがとうございました。
    数値化はともかく、「赤い大きな竜」と神社の神との順位付け、レベルを比較した場合の不等号の矢印を向ける向きははっきりしました。

    しかし、5月30日の記事「無条件で何かをしてもらえるのが神ではない」で出てくる稲荷神社の神の悩みもそうでしたが、神の組織というものは、つくづく人間世界の会社組織に似ているのですね。
    神社で働く神と神の使いと言う関係は、専門的なスキルが必要とされる会社組織で言うところの、課長以下の位置づけに似ているようです。
    神の使いとは、神の影響を行使するためのスキルを持っている実行部隊であり、神というのは神の影響を行使する能力に加え、神の使いを使役するためのマネージメント技術を持つ存在であり、それぞれで必要とされるスキルが異なるということでしょうか。
    「赤い大きな竜」は、神の影響を行使するスキルが並みの神より優れていたけれど、神に要求されるマネージメントスキルに問題があることと、マネージメントスキルを身につけるに当たって必要とされる魂の成熟度が、必須とされるレベルに達していないということですね。

    人間の会社組織では魂の成熟度は測られず、マネージメント教育などを行い「地位が人を作る」の考えに沿って、マネージメントが必要な地位に就ける場合がありますが、その点が異なるようですね。

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  6. 右手か額に押される獣の印の話で、「右手か額」が何を意味するのか新たな黙示録の解読で解説をお願いできますでしょうか。
    今回のお話の中では、額に押される獣の印と神の印の関係や違いなどが最も気にかかっています。

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    1. 匿名様

      黙示録の再解読を行う目的は、人間の視点から見た黙示録と、神の視点から見た黙示録を比較する事によって、古事記を理解するための準備をすることにあります。
      ですから、匿名様の疑問については、次回投稿記事にて「黙示録補足編」として解説をした上で、他の黙示録関連記事と合わせて再解読を行いたいと思います。
      つきましては、補足編は近日中に投稿しますので、しばらくお待ち下さい。

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