■ はつゆき様の質問
ひとつ疑問に思った点があるのですが良いでしょうか?
家康公は新米の神様だそうですが、恐らく戦乱の世を終わらせ、平和な江戸時代の礎を築いた徳川家康の人生を歩んで神にまで成長されたのだと解釈しています。
人が神の一員になるほど成熟したと判断される基準は何でしょうか?
多くの人々を救う、という功績もあると思いますが、それよりは精神的な成長が必須だと思うので、差し支えがなければお答えをお願い致します。
■ 日本の神様の回答
殆どの霊は自分自身の成長のために人として生まれ、その生涯を通して数多くの学びを得る事を目的としています。
それらの人々に極少人数混じり、神となるための最終試験を受けるために人として生まれ、その生涯を通して多くの人々の安定と幸福のために働く事を目的として誕生する人もいます。
彼らはもう既に人として個人的に学ぶ過程は終了しております。
彼らが人として過ごす主な目的は、自分が後に守ることになる世界を体験する事と、制約のある環境にあっても惑わされることなく人々の安定と幸福に寄与できる事を神に証明して見せる事です。
そちらの世界を去った後に神になる人物とは、もともと神として相応しい資質を備えている者のみなのです。
自分自身の成長を目的としている人は、その生涯でどんなに成長できたとしても、神になるための資質を備えるためには、まだまだ多くの経験を積んで学びを得る必要があります。
人の身でありながら、「我は神である」と堂々と宣言してしまうような方は、神として相応しい資質を持ち合わせてはおりませんので注意しましょう。
(2011年11月1日)
現に『我は神である』と自称しながら、神からは余りにかけ離れた行動を恥ずかしげもなく繰り返す方がおります。
彼の発する言葉と行動の食い違いに目を向ければ、神に求められる役割を担うには非力に過ぎる様子が一目瞭然なのだと思いますが、当の本人はなかなか気がつかないものです。
一方、現在多くの人々の安定と幸福のために尽力している方の中に、実は神となるための最終試験の過程にある方が含まれているのかも知れませんね。
彼は神を自称する事なく、自らの行動を周囲に示す過程の中で、周囲の人々に「あの人はまるで神のようだ」という印象を、無意識のうちに与えているのかも知れません。
Silvercord管理人
11月1日現在回答待ちの質問
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2 件のコメント:
NHKの「歴史秘話ヒストリア」と言う番組で、日光の東照宮と家康公と家光公を紹介していました。ちょうど、この記事の内容とぴったりでしたので、とても興味深く番組を見ました。
家康公は、神になる最終試験のためにこの世に生まれた、と言うお話ですが、死後も家光公の夢に出て励まし、平和な徳川時代を築く為に、日本の為に最後までご苦労された事が良く分りました。
お返事が遅れてすみません。この度は貴重なお話をありがとうございました。
亡くなって神になるほどの方は、既に生まれる時から「最終試験を受ける人生」が始まっているのですね。
人と神との間はとてつもなく広くて、人の一生を生きるくらいでは到底追いつかず、亡くなってから学ぶことがたくさんあるのですね。神という存在がいかに大きなものか、改めて納得できました。
これからしばらく投稿はできませんが、必ず戻って来れるように自分なりに精一杯努力していきます。ありがとうございます。
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