2011年3月12日土曜日

情報収集力と冷静な分析力が重要

昨日午後、『東北・太平洋沿岸地震』が東北地方を中心とした日本列島各地を襲い、地震・津波などによる甚大な被害をもたらしました。
この災害につきまして、記事【Vocaloidと音楽作り】のコメント欄からお寄せ頂いた匿名様の質問について、霊界の住人の回答が届いておりますので、ご紹介したいと思います。





■ 匿名様の質問

こんな事を聞くのも何ですが、宮城県が大地震のようですが、何か霊的にあったのでしょうか?





■ 霊界の住人の回答

今回の地震は、日本の皆様の不安や不満が蓄積され、それらを解消する為の具体的な解決策が見出されないままに偏りが生じてしまった霊的エネルギーと結びつき、大きな破壊のエネルギーが生み出されてしまった結果のようです。
この霊的エネルギーですが、上手に活用して安心安全を実現するためには、現状を把握し、将来を見据え、目標達成へ向けて真摯に取り組む姿勢が求められます。
不安や不満は待っているだけでは解消される事はありません。
例えどのような状況下であったとしても、現状と目標を把握できていれば目標達成の為に今出来る事というものは必ず見えてきます。
出来る事は出来るうちに実践するように心掛け、油断して時機を逸してしまうような事が無いように気をつけましょう。
焦りは禁物ですが、油断は大敵なのです。
何が必要で何が不必要であるのかを把握するためにも、情報収集は欠かせない作業となります。
折角情報収集出来たとしても、冷静に分析出来なければ判断を誤ってしまいますから注意が必要です。
一時の感情やその場の雰囲気に流されてしまわないように心掛けたいものですね。

被災者の皆様をご支援される上でも、情報収集力と冷静な分析力は大変重要になってくると思います。
ご支援のつもりが迷惑行為となってしまったなどという事が無いように、充分な注意が必要でしょう。
私どもは既に、被災者の皆様をご支援する為に動いております。
皆様と私どもの気持ちが一つになれば、より効果的なご支援が出来る事でしょう。

(2011年3月12日)





今回の回答は、主に「私たちの日頃の心掛け」についてと、「被災者の方を支援される際の心構え」についてのアドバイスとなります。
災害発生直後であり、救助活動が行われている現時点では、生命の危機にある方を一刻も早く救助し、また災害からの復旧が急務となります。
そして、被災された方が従来の日常生活を取り戻された段階で、日本における大規模な自然災害への対処と予防措置について、もう一度よく考えてみる必要があると思います。

この度の災害で亡くなられた方のご冥福を祈ります。
 【Silvercord】管理人 





3月12日現在回答待ちの質問

下記のご質問につきましては、回答に時間が掛かっておりますので、しばらくお待ち下さい。

  • 記事【狡さと賢さは別物】のコメント欄からお寄せ頂いたはつゆき様の質問「欧州と中国で、行動の中心にある概念が異なる理由」について
  • 記事【日本は法治国家である】のコメント欄からお寄せ頂いたたらこ様の質問「三島由紀夫氏が死後霊界でどの様に過ごしたのか」について
  • 記事【Vocaloidと音楽作り】のコメント欄からお寄せ頂いたあんず様の質問「音楽を司る神様」について
  • 記事【Vocaloidと音楽作り】のコメント欄からお寄せ頂いたしゅうなす様の質問「政治家の方への霊界からの働きかけ」について

2011年3月2日水曜日

Vocaloidと音楽作り

今回は、記事【私たちは皆さんと同じ】の続編として、前回とは全く異なるテーマについて、英霊の方にお話を伺っておりますので、ご紹介したいと思います。





■ 英霊の方との対話

管理人
ここで、ちょうど良い機会だと思うのですが、先ほど霊媒さんから【Vocaloid2初音ミク】に関心がある英霊の方がいらっしゃると聞いたので、ちょっと話を伺いたいのですが。
実は、私も以前、パソコンを使った音楽作りをしていた時期がありまして、そういう立場から見てもとても魅力的な玩具だと思います。
もっと早くに世に出ていれば、間違いなく嵌っていたのではないかと思うのですが、初音ミクに関心があるという英霊の方は、生前もやはり音楽に関心があったのでしょうか。

英霊
音楽は好きだったのだけど、楽器は弾けなかったし、音痴だったのだよね。
でも、ああいうのだったら自分でも出来そうな気がして、今の時代って凄くいいなと思うんです。
音楽音痴というのかな…。
好きだったのだけど、からっきし駄目だったので。
でも、そんな僕にも可能性がありそうな気がして、もし今の時代に生きていたら絶対にやってみたいと思います。

管理人
確かに、初音ミクに限りませんけど、今の時代の音楽作りは、パズルを組み立てるというか、機械的な作業を繰り返しで、何となくそれなりの曲が作れるような時代になっていますね。
例えば、プロの演奏家特有の優れた感性や技術がなくても、それなりに……他の人が聞いても、そんなに「素晴らしい!」と言うほどではなくても、「ちょっといいかも」と感じてもらえる程度の曲は作れてしまうのですね。

英霊
それは凄いことだよね。
凄いお金を出して、凄い音楽大学で苦労をしなくても出来るのだよね。

管理人
でも、沢山お金を払って、長い時間をかけて苦労を積み重ねてきた人の音楽は、多くの人に感動を与えることが出来るのですよ。
そして、にわか作りである程度機械に操作を任せて作った音楽は、例えその場は「いいかな」と思っても、そのまま後の世には残っていかないのですよね。

英霊
それは凄く分かるのだけど、でも好きだから、もしかしたら自分は才能はないのだけど、聞くだけじゃなくて作ってみたいと凄く思うんだ。

管理人
自己満足の世界ですね。

英霊
しかも、それが個人で発表できてしまう。
だから、もしかしたら、自分はそういう才能はないと諦めていたけれども、そういうのをきっかけに「音楽を勉強してみようかな」という気にもなれたかも知れないし、自分が一つ前に進むきっかけとして利用できたのかも知れません。

管理人
これは以前どこかで聞いたのかも知れないけれども、歌手が歌う歌は、ただ音楽に乗せて口を動かしているだけではなくて、感情を込めて歌うとそれなりに伝わる物があるじゃないですか。
そこで初音ミクとかはコンピュータに音声を出させているのだけど、霊媒が言うにはそれでも歌手が歌う歌と同様に伝わる物があるそうなので、それは面白いなと思ったのですが。

英霊
曲でも、詩でも、作者の思いが込められていると思います。
そこに歌手の人の人生経験に基づいた表現がプラスされて、より深みが出る、奥行きのある一つの作品として仕上がるのだと思います。
確かに初音ミクは機械音なのだけど、詩を書いたり、曲を作った人の思いはちゃんと込められていると思うのだよね。
だから、声に感情はこもっていなくても、作った詩や曲には感情がこもっているのだよね。

管理人
ただ、中には声に感情がこもっているように聞こえる作品もあるよね――という話なのですが。
そこまで作り込んでいる人もいるという印象があるので。

英霊
それはきっと、その人が感情を込められるくらいにまで学んだというか、自在に操れるように試行錯誤をしてそこまで表現できるようになったのじゃない。
でも、それって凄いことだよね。
どういう風に発声させようかという時に、元のメロディライン通りにベタ打ちするだけではなくて、ここはこういう風に音を伸ばそうとか、ここはビブラートをかけようとか、ちょっとしたバランスで全然聞こえ方は変わってくると思うから。
それを、どうしてそういう風に響かせようと思ったのか、歌わせようと思ったのかという部分は、作り手の思い入れによって変わってくるのじゃないの。
まぁ、そういったら、機械音全てがそうかも。
本人が愛着を持って取り組めば取り組むほど、そういう感情は表現されるのかもね。
それを自分の声で表現するのか、別の音を借りて表現するのかの違いなのかな。

管理人
うん、そうですね。
いいこと言いますね。
自分の声で表現するのか、別の音を借りて表現するのか…。
そこまで精巧なシミュレーションが出来るようになってきたと。

英霊
まだ操作はちょっと難しいかも知れないけれど…。

管理人
でも、人を惹きつけるような音楽を作れるというか、歌を歌えるようになってきたと言うことだから、大したものですね。

英霊
今はいいよね。
インターネットの発達に伴って、自分を表現できる場所が増えてきている。
それっていいことだよね。

管理人
でも、まだインターネットにも至らないところや、色々な問題はありますけど。
ただ、インターネットが普及する前と比べれば、世間一般に向けて情報伝達をする手段の無い人が大半だったじゃないですか。
でも、今はもしかしたら自分の発信する情報を、地球の裏側に住む人が受け取って、返事を返してくるかも知れませんからね。

英霊
昔は昔で良い部分はあったけれど、今は今の良い部分があると思うから、それを上手く活用して、自分の為に活かしていけるのなら、それは凄く良いことだよね。

管理人
そうやって人間は日々進歩していくのですね。

(2010年12月22日)





ここで補足を加えておきたいと思います。
なぜ英霊の方が『Vocaloid』や『初音ミク』、『インターネット』などを知っているのかというと、霊媒の意識から情報を得ております。
また、音楽が及ぼす霊的な影響力については、本家サイト『銀の紐を越えて』掲載の記事【歌手の皆様へ(メッセージ51)】でも取り上げておりますので、合わせてご覧頂ければと思います。

【Silvercord】管理人 





3月2日現在回答待ちの質問

下記のご質問につきましては、回答に時間が掛かっておりますので、しばらくお待ち下さい。

  • 記事【狡さと賢さは別物】のコメント欄からお寄せ頂いたはつゆき様の質問「欧州と中国で、行動の中心にある概念が異なる理由」について

2011年2月28日月曜日

日本は法治国家である

今回は予定を変更しまして、記事【三島由紀夫霊が『田母神塾』を読んでみた(その1)】のコメント欄にお寄せ頂いたゆとり世代 平和と戦争どっちかというと戦争の方が人生を色濃くするだろう様のご意見について、霊界の住人のコメントが届いておりますので、ご紹介したいと思います。





■ ゆとり世代 平和と戦争どっちかというと戦争の方が人生を色濃くするだろう。様の意見

三島由紀夫は田母神さんのように、冗談が好きな人だったんでしょうかね。
まぁ、自衛隊、憲法9条について言及、とかその二つの共通点だけで三島由紀夫と重ね合わせるのは、幼稚な観念だと思います。
三島由紀夫は決して、憲法九条だけに身をやつして死んだわけではないということだけは言わせてください。
あとね、現実みよう。9条じゃ先制攻撃ができない→アメリカに頼む→なんか、ださい→九条改正→諸外国反発→経済封鎖とかされちゃう→日本の経済大ピンチ→右翼が騒ぎ出す、歓喜に満ちあふれた顔で自衛隊を出動させようとデモる→待ちに待った戦争!みんな死のうぜ!ともに闘って!

最高の未来が開けますね。
実質、自衛隊自体実質的に憲法違反(漢字が連なったけど)だと三島由紀夫はいってるんです。三島由紀夫は自決の演説で「自衛隊が国軍となるチャンスは逃した」という趣旨のことをいっている。
現代はもう、諸外国(特にアジア)に逆らってあからさまに動けないんです。だいたい、戦争になったら法律なんて効力持たないと思うんだけど。憲法憲法五月蠅いんだよ(本心が出てしまった)。日本を護る気持があるなら、体力作りにいそしみやがれって思いますね正直。あんたらは観念界のお遊びの域をでていない。と思います。少し言葉が乱れました。すみませんでした。





■ 霊界の住人のコメント

あなたの方こそ現実が全く見えていない。
日本は法治国家であるという事をお忘れか?
法を無視していては何も出来ないし、何も動かない。
不具合が生じているのに、その部分に手を加えなければ問題は何も改善されない。
それに、何故憲法九条の改正が戦争に繋がると考えるのか、その短絡思考にはホトホト呆れてものが言えない。

「9条じゃ先制攻撃ができない→アメリカに頼む→なんか、ださい→九条改正→諸外国反発→経済封鎖とかされちゃう→日本の経済大ピンチ→右翼が騒ぎ出す、歓喜に満ちあふれた顔で自衛隊を出動させようとデモる→待ちに待った戦争!みんな死のうぜ!ともに闘って!」

上記のカッコ内はあなたが見ている現実から予想される未来であるようだが、これを本気で言っているのならただの世間知らずだし、国民の意識を誘導しようとしているのであればとてもお粗末なものだ。
戦争をするには多大なリスクを伴う。
国がその決断を下すのは容易なことでは無い。
その多大なリスクを押してでも決断しなければ守れないと判断された場合のみ、最後の手段として開戦を決断するだろう。
あなたは一国家が戦争を決断する過程を軽く考え過ぎているし、国民一人一人の命に対する国家の責任を甘く見過ぎている。
あなた自身の命に対する認識が甘いからなのだろうか?
それとも戦争は簡単に出来るものだとでも思っているのかな?
あなたの認識だと、日本の周囲は自国を防衛することすら許さないほどの敵だらけで、日本には戦争になる事を待ち望んでいる人間で埋め尽くされているのか。
そして、自分の死に様を想像して、その姿に酔いしれながら戦いに身を投じて命を落とすのか…。
事前策を何も打ち出さずに自国を追い詰めさせ、わざわざ他国に戦いを挑んで自分の死に酔いしれるとは、何とも物騒なマゾヒストでナルシストな国だな。
わざわざ誘っていじめさせるとは何とも高度なテクニックだ。
防衛することすら許さず日本を追い詰める周辺国は、差し詰めサディスト国と言ったところか?
物騒なマゾヒストで埋め尽くされている日本なら、いくら領土問題で脅かされても何も対処しないでいるのも納得できる話か。
あなたの認識だと、マゾヒストな日本はサディスト国に責め苛まれることに喜びでも感じて、今か今かと開戦するその日を指折り数えてでもいるのかな?
そんな国には住みたくないなぁ…。

何の為に憲法九条改正の必要性が訴えられているのかという、その根拠の部分を無視しているのではお話にならない。
戦争を仕掛ける為に改正しようなどとは誰も言っていないだろう。
あなたは一国の国防を何だとお思いか?
それ以前に、国家を何だとお思いか?と問いたい。
国が脅かされているのに適切な対処ができないように憲法が足枷になってしまうのであれば、その憲法の方を改善する必要があると考えるのは自然な考えでは無いのか?
法はあっても無きに等しい無法国家なら別なのかもしれないが、日本は法治国家なのだから、不具合が生じたならば制度自体を変えようと考えるのは当たり前のこと。
そもそも、憲法九条の概念が世界の共通認識であれば、日本が他国の脅威に晒され、警戒して憲法を改正する必要など無いのだ。
もし仮に憲法九条を改正する必要が無いというのであれば、その根拠を具体的に示すのが筋だろう。

それから、日本は一部の極端な考えの人間だけで構成され運営されているわけでは無い。
様々な考えを持った、様々な人間が一国民として日本を支えている。
一部の極端な考えの持ち主の言いなりで国が動くと本気で考えているのであれば、あなたの想像力は何ともお粗末なものだ。
例え一部の人間の思惑通りに事が運び、一時的に極端な方向に流れたとしても、すぐに揺り戻し現象が起き、極端な状態が何時までも保たれるということはありえない。
日本は独裁国家ではなく民主主義国家なのだから、極端に偏った状態がそのまま放置されることはありえない。
気付いた側から改善しようと試みることだろう。

戦争の為に軍隊を持つのでは無い、防衛の為に軍隊を持つのだ。
その違いがあなたには解らないのか?
大変残念なことであるが、世界はまだとても身勝手で野蛮で残酷な考えの基に成り立っていると言っていい状態だ。
今の世界はとてもではないが秩序が安定して保たれているとは言えない。
まだまだ世界は無防備でいられるほど安全では無いのだ。
防衛のためではなく他国を脅かすために軍事力を強化している国がある中で、確実に生き残るには強い軍隊を有する国と協力関係を結ぶか、自国で強い軍隊を備えようと考えるのは当然であろう。
今の日本は、折角セキュリティーシステムを備えていながら実質稼動していない施設のようなものである。
それどころか、その折角のセキュリティーシステムでさえ失われようとしてはいないか?
それでいかにして国民の命を守るのか?

あなたは最初から日本の軍隊=悪という基準で、結論ありきで物事を考えているのではないか?
憲法九条の改正が諸外国の反発を生むというその根拠は一体何であるのか?
諸外国(特にアジア)というは具体的にどの国の事を指しているのか?
あなたの話はとても曖昧で具体性に欠ける。
あなたの話は、一部の偏った情報を基に考えた勝手な思い込みによる感想文に過ぎない。
あなたは一体何がしたいのか?
あなたはもっと人間の本質を学んだ方が良いだろう。

あなたは有事になれば法律が効力を持たなくなると思うというが、もし仮にその様に国としての体を成さない状態に陥ったとして、身体を鍛えただけの一民間人に一体何が出来るのか?
それ以前に、国の体をなさなくなれば即敗戦となる。
トップからの指令が行き届かず、統制も取れない状況下では戦争以前の問題で、即占拠されてお仕舞だ。
その様な状況下で、いかに一民間人がバラバラに奮闘しても国防には繋がらない。
何の心得も無く、統制も取れず、それぞれ好き勝手に力をふるえばそれで全てが解決するのか?
きちんと統制の取れた組織で訓練を受けてこそ、いざ有事の時に役立つのでは無いのか?
いくら身体だけ鍛えていても、軍隊という組織の中で訓練を受け、ある程度統制が取れている敵を相手にするにはかなり勇気がいると思うが、果たして身体を鍛えただけの何の武器も持たない一民間人が、複数の兵士から銃を向けられて冷静に対処できるのか?
あなたは、果たして自分の頭に銃を突きつけられても同じ事が言えるのか。
もし仮に、兵士と同じだけの働きが出来るように訓練するとしても、普段の生活はどうするのか?
片手間の付け焼刃では、いざと言う時に役立つほどの訓練は難しいと思うのだが。
それに、個人の能力がいくら高くとも、集団行動になったときに秩序が保てなければ、その能力をいくらも発揮する事が出来ないのではないか。
個々に身体を鍛えたくらいでは国を護る事は出来ない。
それこそ甘えた考えだ。
組織として秩序が保たれてこそ、それぞれの能力が遺憾無く発揮されるのだ。
秩序の乱れはそのまま隙に繋がり弱みとなる。
もし仮に有事になったとしても、法の効力が失われて秩序が乱れることの無いように、きちんと整備しておくのは必要なことであるのでは無いか?
現状では維持できないと思われるのであれば、改善されて当然であると思うのだが。
事前にあらゆる事態を想定して法を整備するのは当然の事であるのに、何故そんなにも拒絶反応を起こすのか理解に苦しむ。

そもそも、日本の憲法に関して外国がとやかく言う筋合いのものではないだろう。
身勝手な振る舞いで無秩序に他国を脅かすのは暴力以外のなにものでもないが、自国民を守る為の備えとして整える防衛力強化は単なる暴力行為とは異なる。
日本は脅かしている方ではなく、脅かされている方である事は周知の事実だ。
国家の存亡を左右するような、防衛力強化のための話し合いにすら拒絶反応を示す外国の言いなりでは日本は自国民を守れない。
反発すると予想される外国は、日本の代わりに日本国民を守ってくれるのか?
日本を脅かしている国に対して、日本の代わりに牽制して考えを改めさせてくれるとでも言うのか?
日本が他国に攻め込まれたときに、それら反発した外国は自国民の命をかけてまで、日本の代わりに日本国民の命を守るために戦ってくれるのか?
自国の国益に適いもしない、そんな面倒事を誰が日本の代わりにやってくれるのか?
周辺国に配慮する事と言いなりになることは全く異なる。
自国の安全を確保できて初めて周辺国に配慮できるのだ。
自国が危機的状況であるのに、外国に反発されるからと言って防衛力を強化しないなら、それはただの馬鹿だ。
それに、軍隊を有し、日本を脅かしている側の国が文句を言える立場には無い。
日本に無防備なままでいて欲しいなら、自分も軍隊を手放し、無防備宣言をすべきであろう。
自分は軍事強化しておいて、日本だけ無防備でいろと言うのはご都合主義の典型ではないか?
自衛隊が憲法違反なら、憲法を改正すれば良いだけの話だろう。
ここは日本、外国人の為にある国ではなく日本人の為にある国なのだ。
日本人の為にある国なのに、何故日本人が肩身の狭い思いをしながら怯え暮らさなければならないのか?
それでは国家の存在意義が失われる。
あなたの思考の中心は常に諸外国。
そこに日本は存在していない。
日本を中心にして物事を考えた時に、果たして同じ事が言えるだろうか?

(2011年2月27日)





最後に「言葉が乱れました」とありますが、ご意見の趣旨が掴み難いので、あるいはご意見の意図を読み違えている部分があるかも知れません。
霊界の住人の皆様も、霊媒の意識を通じて文章の意味を理解しますので、霊媒が正確に意味を理解しやすい様に簡潔な文章を書いて頂けると、意図した回答を得やすいと思います。

それから、『三島由紀夫』と名乗る霊について若干補足します。
三島霊は、生前の自身の考えや行動について「今から振り返っても、当時の自分が間違っているとは思わないし、後悔もしていない」と述べております。
その一方で、「当時は分からなかった様々な物事が見える様になってくるにつれて、もっと効果的な方法があったのかも知れないと思う様になった」そうです。

【Silvercord】管理人 





2月28日現在回答待ちの質問

下記のご質問につきましては、回答に時間が掛かっておりますので、しばらくお待ち下さい。

  • 記事【狡さと賢さは別物】のコメント欄からお寄せ頂いたはつゆき様の質問「欧州と中国で、行動の中心にある概念が異なる理由」について

2011年2月27日日曜日

私たちは皆さんと同じ

実は、昨年靖國の英霊の皆様にお話を伺っていたのですが、様々事情がありまして公開を延期しておりました。
その時に伺った話のテーマがちょうど二つに分けられますので、今回と次回に分けてご紹介したいと思います。



ちなみに、こちらは昨年秋の靖國神社です。





■ 『靖國の英霊』の皆様との対話

靖國の英霊
最近参拝に訪れる方が増えてとても嬉しいのですが、崇められてしまうのは「何かが違う」という気になってしまう。
私たちは神様ではないし、非の打ち所のない素晴らしい存在だった訳ではなくて、皆様と同じ様に一人の人間としてこの日本に生きてきて、たまたま生きた時代に戦争があったと言うだけで、皆さんと何も変わりません。
だから崇めるというのは違うと思います。
多分、これは何回もお話ししていると思いますが、皆さんが、私たちが生きた時代に生きていたとしたら、私たちと同じように考えて行動したでしょうし、逆に私たちが今の時代に生きていたら、皆さんと同じように考えて行動したと思います。
そこは何も変わらないと思います。
環境によって対応の仕方は変わってくると思いますので、命を賭けて戦ったと言っても、それは多分皆さんも、もし私たちの戦友の立場であったとしたら、同じ様にしただろうし。
逆に私たちが今生きていたら、色々なことを楽しみたいし、やってみたいことも沢山あったし、夢も希望もありました。
今生きていたら色々なことをやっていただろう。
だから、「昔の人は素晴らしくて、今の私たちは駄目なんだ」というような考え方は持たないでほしい。
何も変わりませんよ。

管理人
まぁ、私の場合は以前から度々そういう話は伺っておりますけれども、たまたま【銀の紐】では英霊の皆様のお話は余り取り上げていませんでした。
そして、英霊の皆様についてかなり関心の高い方がおられることが、寄せられるコメントからも感じるのですが、やはり英霊の皆様に対して『崇め奉る』という風に受け止める方がおられる様でしたので、気になっていました。

霊媒M:これは特攻隊で命を失った方だと思いますが…)

靖國の英霊
17や18で命を落としたのだから、今の高校生の子と変わらないじゃない。
それはやってみたいこともあったし、楽しみたかったし、もっと生きたかったし…。
皆さんが今「あれをしてみたいな」「これをしてみたいな」と希望を持っていたり、夢を持っているのと何も変わらなくて、そういう時に命を落としたのだから、急に神様みたいになれる訳ないじゃない。
同じなんだ。
皆さんが楽しいと思うことは楽しいし、嬉しいと思うことは嬉しいし、悲しかったり悔しかったり辛かったりすることは同じように感じるのですよ。
だから出来れば、「犠牲になって頂いて申し訳ない」などとネガティブな気持ちを送られるよりも、もっとみんなの幸せな気持ちを、一杯感じたい。
僕たちの代わりに、一杯一杯幸せを感じてよ。

霊媒M:――そう言っていますね。)

靖國の英霊
そういうみんなの気持ちが僕たちのところに集まってくると、僕たちもとっても幸せなんだよ。

管理人
だから、そういう気持ちを持って、例えば靖国を訪ねるといいのでしょうね。

靖國の英霊
みんなだって、友達を選ぶ時に、いつも愚痴を言っていたり、暗かったり寂しそうな人のそばにいるより、楽しそうで明るくて幸せそうな人のそばにいた方が気分がワクワクしてくるでしょう?
それは僕たちも一緒だ。
だからその事を忘れないで。
大切に思ってくれるのは本当に有り難いけれども、それを必要以上に強く感じすぎて、「逆に重荷になってしまっているのじゃないか」と心配になってしまう時がある。
余りにも重く受け止めすぎている。
しようがないじゃない、そういう時代だったのだから。
それはみんなのせいじゃないのだし。
みんなが今幸せに暮らしていてくれるのなら、僕たちは胸を張って「僕たちはみんなの幸せの為に頑張れたんだな」と思える。
みんなが幸せに暮らしているのが、一番僕たちを幸せな気分にしてくれるし、僕たちがしてきたことが報われる。
無駄じゃなかったんだなって。
やっぱり、良かったんだなと思える。
だから、もっと幸せな気持ちを一杯感じてください。
皆様にはそれが出来るよ。
まだこれから色々な夢を叶えられるし、色々なことが出来るのだから、一杯幸せになってくださいね。

(2010年12月22日)





今回の話については、英霊の皆様が以前より度々述べていた事ではありますが、当Blogでは余り紹介する機会がありませんでしたので、この度改めてご紹介させて頂きました。
ご覧の皆様の中には、靖國神社や各地の護国神社を参拝される方もいらっしゃると思いますが、英霊の皆様と接するにあたっての心構えとして、参考にして頂ければと思います。

【Silvercord】管理人 





2月27日現在回答待ちの質問

下記のご質問につきましては、回答に時間が掛かっておりますので、しばらくお待ち下さい。

  • 記事【狡さと賢さは別物】のコメント欄からお寄せ頂いたはつゆき様の質問「欧州と中国で、行動の中心にある概念が異なる理由」について

2011年2月21日月曜日

イジメに対処する方法

今回は、先日投稿した記事【日本には「弱い者イジメ」が蔓延っているのか?】の補足として、『日本の神様』からのメッセージが届いておりますので、ご紹介したいと思います。





■ 『日本の神様』からのメッセージ

ご質問者様は先の回答でご納得いただけたようでございますが、中には冷静に受け止められない方もおられると思いましたので補足させていただきたいと思います。

いじめというものは確かに存在しておりますが、皆様の考え方と行動次第で状況を改善することが出来ます。
いじめには大きく分けて二通りのパターンがあると思います。
意図して悪意を持っての所業であるならば、いじめる側が改めるべき要素を持ち合わせているのは当然の事ですし、それが犯罪であるならば罰せられて当然のことです。
意図してした事ではなくても、意思の疎通が上手く諮れないために誤解が生じ、いじめに思えてしまうという場合は意思疎通を諮る努力をする必要があるでしょう。
後者の場合は意思の疎通を諮る方法を考え、丁寧な対応を心掛ければ問題は何れ解決出来る事でしょうが、前者の場合は明確な悪意があっての行動であるため、相手の方と意思の疎通を図って問題を解決するという事は難しくなります。

いじめがどちらのパターンであったとしても、解決したければ先ずやらなければならない作業があります。
それは、自分自身の気持ちを整理し、目標を定める事です。
いじめを受けたショックから、心に渦巻く感情で頭が一杯になってしまい、自分の目標を考える事が出来ない方が殆どであるようです。
今の環境から逃げ出したいとは思っても、具体的にどうなりたいのかを冷静に考えられなくなってしまうようです。
目標が定まらなければ、何をすれば問題を解決出来るのか分からないために、具体的な対応策を練る事が出来ません。
こうなりたいという理想の自分像を先ず思い描く事が、いじめから脱する第一関門であると言えるでしょう。
上手く気持ちの整理がつかないのであれば、文章にする事で気持ちが整理し易くなりますので、今の自分の気持ちを書き記すという作業をして見ると良いでしょう。
それらの文章を後で読み返してみると、今までは見えなかった何かに気付くきっかけになる事でしょう。
相談出来る方が側におられるのであれば、共に考えていただけるように援助を頼むのも一つの方法でしょう。
一番大切なのは冷静な心を取り戻すことですから、とにかく焦らない事です。
それから、苦しいという思いは溜め込まない事です。
何らかの形で表に出してしまった方が良いでしょう。
その際は八つ当たりで周囲の方を傷つけてしまう事がありませんように。
それではいじめている人間と何も変わらなくなってしまい、本末転倒になってしまいますから注意が必要です。
何か趣味などがあるのであれば、それで気分転換してみるのも良いでしょう。

目標が定まったら次にする事は、いじめが発生した際の状況分析です。
どのような場面でいじめが起こったのかを客観的に受け止める事が出来なければ、悪意あるいじめなのか、すれ違いにより生じた誤解なのかを判断する事が出来ません。
先にも述べたように、すれ違いによる誤解の場合と悪意あるいじめの場合では対処法が異なりますから、どちらが原因であるのか見極める事は大切な作業なのです。
それに、自分に足りていない部分があるのも事実ですから、たとえ相手が悪いと思われる場合でもきちんと自分自身を理解する作業は欠かせません。
この際も文章に纏める作業は有効でしょう。
後で読み返してみることでより客観的に受け止める事が出来るでしょう。

状況分析が出来たら、いよいよ対応策を考えます。
目標と置かれた状況によって対応策は変化してきますので、詳細な方法までアドバイスすることは出来ませんが、原因と目標が分かっていれば答えは自ずと見えてくるでしょう。
相手との関係改善を考えているのであれば相手を知る努力が必要ですし、環境を変えるつもりなら変えるなりにやるべき事が沢山あるでしょう。
誰かに援助を頼むつもりなら、それも考慮に入れて計画を立てる必要があるでしょう。
いくら解決法が分かっても、自分自身の今現在の力量をはるかに上回る作業は出来ませんから、最終目標へ辿り着くまでには何段階にも分けて計画を立て、一歩ずつ目標をクリアする必要があります。
最初の段階で定めた目標は最終目標であると思ってください。
きちんと計画表を作っておくと後で確認出来るので便利でしょう。

策が分かれば後は実行です。
先にも述べましたが、実行に移す際に注意しておきたいのが、いきなり高いハードル設定をしないということです。
今現在の自分が普通に出来るレベルよりも少しだけ高い目標を設定するようにして、目標を一つクリアするごとに成長している自分を自覚しましょう。
出来ていない事ではなく、出来た事に目を向けるのです。
いじめられているという意識からか、マイナス面には関心が向きやすいのにプラス面を見ることが難しい傾向にあるという事を自覚しましょう。
目標を一つクリアするごとに記録するようにすると、後で自分の成果を見る事が出来るので励みになることでしょう。

もし仮に途中で行き詰ることがあってもそこで慌てず、今までにしてきた事を振り返って見ましょう。
そして、何が原因で行き詰ってしまったのかを分析してみましょう。
もしかしたら、自分の力量よりも目標設定が高すぎたのかもしれませんし、出来る事が増えた為に新たな望みが生じてきたのかもしれません。
どちらにしろ、今一度自分の気持ちを確かめ、目標を明確にし、一歩ずつ前進するために計画を見直す必要があるでしょう。
とにかく感情に流されて自分を見失わないよう気をつける事です。

私たちは、自ら努力しておられる方を支援する事は出来ますが、諦めてしまったやる気の無い方を救う事までは出来ません。
救う事は皆様の世界の存在意義を脅かす行為だからです。
皆様は、今の環境下で様々な経験を通して世の理を学ぶことが目的ですから、皆様が学ぶための教材である障害を事前に取り除く行為は、私たちのお役目に反する事であるのです。
自力で解決してこその障害であり、そうでなければ皆様の成長には繋がらないのです。
どのように小さく思える成果でも、それが皆様の努力の結果であるならば、私たちはその成果を共に喜ぶ事でしょう。
大切なのはその心のあり方です。
諦めて行動を起こさない方は、残念ながら私たちがどんなに力を注いでいてもその力を活かす事が出来ません。
私たちと皆様の心が一つになってはじめて私たちの注ぐ力が皆様の中で活きてくるという事を忘れないで下さい。

さて、これまで個人へ向けてのアドバイスという形でお話をさせていただきましたが、基本的には団体でも国でも同じ事です。
冷静に状況を分析し、判断できる力が我が身を助ける結果へと繋がります。
感情に振り回され、冷静に対処する思考力を奪われてしまえば事態を改善することは出来ません。
場合によっては悪化するばかりでしょう。
問題解決の鍵は、自分と周囲をどれだけ冷静に観察できるかに掛かっています。
今現在、自分の身に何が起きているのかをより正確に把握しておく事が、解決策を探る上でもとても大切なことなのです。
冷静に状況判断が出来れば、自ずと自分の成すべき事が理解できるでしょう。

(2011年2月21日)





このメッセージは、特に「イジメの状態を改善する方法」について述べておりますが、広く人間関係全般に応用できる考え方ですので、ご自身の置かれた状況や目的に応じて参考にされてはいかがでしょうか。

【Silvercord】管理人 





2月21日現在回答待ちの質問

下記のご質問につきましては、回答に時間が掛かっておりますので、しばらくお待ち下さい。

  • 記事【狡さと賢さは別物】のコメント欄からお寄せ頂いたはつゆき様の質問「欧州と中国で、行動の中心にある概念が異なる理由」について

2011年2月19日土曜日

日本には「弱い者イジメ」が蔓延っているのか?

今回は、記事【悪意は撒き散らした本人に還る】のコメント欄にお寄せ頂いたグラジオラス様の質問について、『日本の神様』の回答が届いておりますので、ご紹介したいと思います。





■ グラジオラス様の質問

はじめまして。
いつも心温まるお話をありがとうございます。
昨今の日本をとりまく情勢に一喜一憂しながらも、今は日本が真の自立と弥栄の世を作り上げるための準備期間だと自分に言い聞かせながら、この先の日本のために自分にできる事を少しばかりですが行っています。

今は特に「いじめ社会」の中、老若男女問わず、いじめの被害で深く心身ともに傷つき、社会生活すらままならない人、いじめの後遺症で異性を極度に恐れて結婚すらできない人が激増する一方で、
学校だけでなく、あらゆる職場で「大人達によるいじめ」が深くはびこり、「やったもの勝ち」と言わんばかりに、いじめを表立って行う輩も増えています。
事実、その「いじめ加害者」のほうが、社会的にも成功して、幸せな結婚も勝ち得て何不自由なく幸せに暮らしてる例が多いです。
社会で成功してる人たち(財界人、芸能人、プロスポーツ選手等)を見ると、「ああ、この人達もみんな弱いものいじめが大好きなんだろうな、人を傷つけてのし上がってきたのだから。」というバイアスのかかった見方をしてしまいます。

おそらく、これまで隠されてきた闇の部分が表に出る出来事が多くなることとつながっている気がします。
ただ、今後の日本の行く末を考えると、大人になってもいじめを率先的にやっている人たちが、日本のあらゆる中枢に立ち続け、大きな影響を与えていくことに対して、
安を感じます。
いくら日本国民一人ひとりが覚醒していったとしても、社会全体にはびこる「弱いものイジメ大好きな風潮」が変わらなければ、今までと何も変わらない気がします。
恐れ入りますが、日本のいじめ社会につきまして、どのようにとらえていらっしゃるのか、ご意見を伺えましたらありがたいです。





■ 『日本の神様』の回答

いじめ社会とあなたは仰いますが、本当にあなたが仰っておられるほどに日本には弱い者いじめが蔓延っているのでしょうか?
単なる意見の相違などによる反発もいじめと捉えてはいませんか?
ごく一部の方々の行動によって作り上げられた印象を基準にして、弱いものいじめが大好きな日本という“レッテル張り”をして、色眼鏡越しに世の中の全てを観察してはいませんか?
本当にその様に卑怯者ばかりが蔓延っている国であれば、日本の現状を説明することは出来ません。
何だかんだと言っても、世界から見ても日本はとても恵まれています。
本当に卑怯者天国な状況であれば、日本はもっと貧富の差も激しく凶悪犯罪が頻発し、社会保障なども無く餓死者が年間を通して絶えずと、本当に過酷で暮らしにくい社会になっていた事でしょう。
国民の生活水準は世界から見ても最低ラインといったところでしょうね。
卑怯者のみが栄える社会とはその様な社会です。
そして、その様な社会には必然的に卑怯者が溢れます。
卑怯でないと生きて行けないからです。
騙すよりも騙される人の方が大勢いるという、何とも暢気な日本がその様に歪みきった国だとはとても思えません。
もし仮に日本が卑怯者天国の国であったならば、尖閣問題も竹島問題も北方領土問題も起きてはいなかったでしょう。
逆に他国の領土を脅かしていたかもしれません。
本当にその様な国ならば、とっくの昔に世界中から嫌われ、除け者にされている事でしょうね。

中にはあなたが仰っておられるような卑怯者もいるかもしれませんが、それはごく一部の方々であると思います。
あなたから見て成功者であると思える全ての方々が、その様な卑怯な人間であると考えてしまうのは違うのではありませんか?
真摯に己に向き合い、直向に努力を重ねた結果成功を手にしたという方も大勢おられるのではありませんか?
ほんの一部の事例をもとに、全てを憎悪するかのようなご発言はいただけません。
世の中はそんなに甘いものではありません。
何の努力もしないで卑怯な行いばかりの方々が真の幸福を得ることなど出来ないのです。
あなたが何を持って幸福であると解釈しているのかは分かりませんが、地位や名誉や金などでは幸福であるのか否かを推し量ることは出来ませんし、それが本当に成功者であると言えるかどうかもその後の結果を見てみないことには何とも言えません。
今多くの物を持っているからと言って、果たして一生涯持ち続ける事が出来るのでしょうか?
果たして持っているという事実が幸福に繋がっていると言えるのでしょうか?
あなたはまだまだ物事の表面しか見ていません。
人間の皆様は視野が限られている為、よくよく観察してみないと分からないのかもしれませんが、その様なほんの一時期の状態を基準にして全てを考えておられるのだとすれば、それこそ自分自身の未熟を恥じる場面であると言えるでしょう。
あまり極端に考えが偏ると、あなたご自身が嫉妬や恨みの念に駆られ、不幸をその身に招き寄せる結果になります。
少々厳しい意見になってしまいますが、自分自身の未熟が招いた結果を弱い者いじめの結果と捉えているようでは、その方ご自身の今後の成長は見込めません。
その様な考えでは、何時までも今の場所から脱する事は出来ないでしょう。
確かにあなたが仰っておられるように卑怯者に陥れられるといった事例もあるでしょうが、自分自身にも至らない点や付け入られる隙があった事を自覚して自分なりの対策を施す事が出来なければ、永遠に同じ事を繰り返し、何時までも弱い者いじめの被害者であると怨み言を唱えながら卑屈な人生を送らなければならなくなります。
例え理不尽に思える事であったとしても、そこには必ず何か見過ごされている要素がありますから、全ては自分自身が招き寄せた事であると己の未熟を認め、冷静に対処出来るよう心掛けたいものですね。

相手を変えようと思うのが、そもそもの間違いであると悟りましょう。
自分自身が変わらなければ、世の中は何も変わる事はありません。
自分自身が変われば、周囲の反応も変わるものです。
自分自身のものの見方や考え方が変われば、今までいじめであると感じられた事が実はいじめではなかったと気付くという場合もある事でしょう。
相手にいくら変われと言っても変わる事は無いのですから、自分が考えを改め、有効な対策を考え、実行に移せば良いのです。
卑怯者は常に卑怯者ですから、いつか化けの皮が剥がれ、取り繕うことが出来なくなり全てを失う時が訪れます。
その時にいくら悔やんでも、もう逃れる事は出来ないのです。
そんな卑怯者を相手にやきもきするぐらいなら、卑怯者が蔓延れないようにする為に今出来る事に尽力される方が余程有益であると思います。
卑怯者に心をかき乱され、不快感に悶々としているだけでは時間の無駄です。
人は人、自分は自分。
人は思い通りにならなくても自分自身なら努力次第でどうとでもなります。
後は、本気で事態の打開を目指して実行に移せるのか否かの違いだけです。
卑怯者に振り回されてイライラするよりも、振り回されない自分、動じない自分になる為に努力する方が余程自分にプラスになります。
思い通りにならない時は相手を責めるのではなく、先ず自分自身の行動や言動を省み、冷静に状況分析出来るように努力する必要があります。
それさえ出来れば問題の半分は解決出来たようなものです。
自分自身が抱えている問題点を理解出来れば、あとはその問題点を改善する方法を考えて実行すれば良いのですから。
改善までには至らなくても何かで補うことも出来ますね。
自分だけではどうにもならない場合は、信頼できそうな周囲の方に助けを求める事も一つの手でしょう。
問題が起きている環境から離れてみる事も、場合によっては必要かもしれません。
現状を打開するための手段が分かってしまえば、後は黙々と実行するのみです。
感情に任せて不満を言うだけでは何も解決する事は無いという事を良く覚えておきましょう。
自発的に行動を起こしてこそ、状況改善の可能性が広がるのだと言う事を忘れないで下さい。

それから、あなたのお話ですと、明らかなる犯罪と日常の人間関係における些細な摩擦から来る反発が混同されているように思うのですが、それらはきちんと分けて考えましょう。
犯罪は犯罪、きちんと罰せられる必要があるものですから、社会の仕組みとして法律が秩序を守る為にきちんと機能していないのであれば、それは社会全体の問題として捉えて対策を考える必要のあるものです。
一方、日常の些細な行き違いや意見の相違から来る反発などの出来事の場合は、自分自身の心がけで改善出来るものです。
それらを混同して考える事で問題の焦点がぼやけてしまい、適切な対処が出来なくなりますから、きちんと整理して考えるようにしましょう。
どちらにしても自分自身の心がけが結果に影響を及ぼす事に変わりは無いのですが、犯罪の場合は社会全体の共通認識として法的に穴が無いように改善させる必要があるので、そこのところで対処法が変わってくるのです。

人にはそれぞれに個性というものが備わっております。
ある方にとって当たり前の事が、他の方にとっては当たり前では無いといった場合もあると思います。
その逆もまた然りでしょう。
社会で活動していれば、その様な些細なすれ違いは日常茶飯事であると思います。
それらの考え方の違いが心のすれ違いを生み、単なる意見の相違をいじめであると捉えている場合も少なくありません。
自分の意見が受け入れられない事で、いじめと捉えてしまう場合もあるのです。
一度いじめであると認識してしまうと、相手が悪いの一点張りで自分自身を省みようとはしません。
周囲から見ればそれは単なる身勝手なのですが、実際その様な考えで逆恨みをする方も少なくありません。
これらの現象は、物事を0か100でしか捉えることの出来ない方に多いですね。
その様な極端な考えの方に限って、相手に対しては容赦がなく残酷です。
一度立場が逆転すれば、度を越した行動や言動が見られるのもその様な方の場合が多いのです。
その時々で臨機応変に対応するという事が出来ないのでしょう。
感情は生きていく上でとても大切な要素ではありますが、制御できて初めて功を奏すものであり、振り回されている間は周囲を巻き込み不快を撒き散らす要因となりかねません。
あまり感情に振り回されると、偏った考えに陥り易くなるので注意しましょう。
出来るだけ理性を働かせるよう心掛け、感情を上手に制御する術を身につけましょう。

(2011年2月18日)





回答にもあります様に、質問者のグラジオラス様にとっては少々厳しい意見となってしまったようですが、ご覧の皆様はどの様な感想を持たれましたでしょうか。
今の日本に『弱い者イジメ大好きな風潮』が蔓延っているのかどうかはともかく、今この瞬間にも虐める者と虐められる者がいるという点は、ご覧の皆様と共有できる認識であると思います。
その上で個人的に感じるのですが、虐める側・虐められる側双方のコミュニケーション能力の不足がイジメの本質なのだと思います。
つまり、『自分の意思を正確に相手に伝える言葉遣い』や、『相手が発する言葉から正確な意図を読み取る』能力が不足している為に、相手の意思についての勘違いや思い違いが頻繁に発生しているのではないかと思うのです。
それから、本人としては他意はなくとも、周囲から見て反感を持たれる様な行動を無意識のうちに取っている場合もあるでしょう。
それらの言動や行動の積み重ねが双方の誤解となり、更にコミュニケーション能力の不足から、「誤解を解消したい」という意思があっても適切な表現や対応が出来ない。
この様にして、虐めるにせよ、虐められるにせよ、『意思疎通のあり方の歪んだ人間関係』が生じるのではないかと考えております。

いずれにせよ、この世の中に生じるどの様な現象にも、必ずその様な結果に至る原因があります。
そして、速やかに問題を解決したいのであれば、問題の原因を正確に把握して、適切な対応策を実施する必要があるのではないでしょうか。

【Silvercord】管理人 





2月19日現在回答待ちの質問

下記のご質問につきましては、回答に時間が掛かっておりますので、しばらくお待ち下さい。

  • 記事【狡さと賢さは別物】のコメント欄からお寄せ頂いたはつゆき様の質問「欧州と中国で、行動の中心にある概念が異なる理由」について

2011年2月18日金曜日

自分自身に向き合う覚悟が出来るのか?

今回は、記事【悪意は撒き散らした本人に還る】のコメント欄にお寄せ頂いたbaseheat様の質問について、『日本の神様』の回答が届いておりますので、ご紹介したいと思います。





■ baseheat様の質問

日本の神様へ
いつも、いろいろとありがとうございます。
今回の投稿を読んで、「人々の自然な心の繋がりが場を生み、そこが磁場となって神々の力が降りやすくなる」という日頃より思っていたイメージが、案外といい線いってるのかな~と思いました。
昔、円居ということを人は大切にしていました。1人1人の資質や自覚も大切ですが、そういう人々が集い、心の交流がある場には、自然とより多くの豊かさがもたらされてきたように思います。人に課された使命があるとすれば、本能的なことと、無から何かを生み出す智慧を駆使して、地球をすべての命の為の楽園にすることだろうという気もします。
たしか日本の神様は、この世そのものが楽園とするにふさわしいと考えて国造りを始めたのではないですか?

すみません、追記です。
人間生きていれば、恐れ、怯え、妬み、怒り、不安、不満は何かしら経験します。それで悪態をついたり、その対象となるものに悪意を持ったとしても、何事にも真正面から向き合う覚悟を持てれば、そこから改善できるという風にも考えられますか?





■ 『日本の神様』の回答

そうですね、あなたのお考えは的を射ていると思います。
この世界は皆様の心掛け一つで秩序が保たれた安定した社会へと変化を遂げます。
皆様が自らの力で安定した世界を創造出来るように導くのが私たちの最終目的です。
自守、自律を基本とし、その先に周囲との交流があるのが理想です。
己を成り立たせる事のみを考え周囲を巻き込むのは依存であり、それは安定を欠く行為です。
互いに協調する行為は依存とはならず、更なる安定に役立つものです。
それらの違いをきちんと理解しておく必要があります。

結論から申しますと、自覚して真正面から問題と向き合う覚悟さえ決まってしまえば、何時でも誰にでも改善出来る余地があります。
感情はとても大切なものですし、必要であるからこそ存在しています。
私たちは感情を抑制しなさいと言っているわけでは無く、制御出来るようになりましょうと言っています。
私たちにも感情はありますが、決して感情に振り回される事はありません。
制御する術を知っているからです。
ですが、人間であれば誰でも、瞬間的に感情が溢れて制御出来ないというような経験がある事でしょう。
皆様は今まさに感情の制御方法を学んでいる最中なのですから、それも仕方のないことです。
大事なのは、その後の考え方です。
そのまま感情に飲み込まれ、対象となるものへの憎悪を増し続け、その感情に囚われ自分を見失うようでは困ってしまいます。
それらの感情から抜け出すには、自分で自覚するより他に手立てがありません。
周囲がいくら促したところで、自覚が無ければ邪魔な周囲を排除しようとするだけです。
一番問題なのは、果たして「自分自身に向き合う覚悟が出来るのか?」というところなのです。
逃避意識が強い方ほど臆病な性質を持っており、臆病な分長い年月に渡って問題を先送りするケースが多く、時間が経過している分だけ抱えている問題も複雑化してしまいます。
そのために、解決までには多大な時間と労力、強い精神力と忍耐力が必要になります。
放置すればする程、誤魔化せば誤魔化すほど事態はどんどん悪化し、自分の力だけではどうしようもなくなってしまうものです。
自分自身を見つめなおすという事は未熟な自分を認めるということですから、変にプライドが高い方ほど認めるのは難しいと思います。
場合によっては、今まで築き上げてきたものを手放す覚悟が必要になるかもしれません。
長い年月をかけて周囲を巻き込み、大々的に行ってきたものであればなおのことでしょう。
個人的な些細な事柄であれば、ほんの少しの努力で改善が可能です。
ですから、問題が複雑化してしまう前に、ほんの少しの努力で改善出来るうちに、常に己を省み、周囲を顧みる作業は必要不可欠なのです。

(2011年2月18日)





さて、人間の感情表現に伴う様々な問題に付いては、当Blogでも折にふれて取り上げて参りました。
人生を丸ごと費やしても、そう簡単には解決策を見出しにくい問題であり、だからといって放置していても不愉快な思いが募って行くばかりですので、そうそう目を背けてばかりもいられない、非常に厄介な問題だと思います。
しかし、モノは考えようです。
思い切って発想の転換を図ることによって、感情の変化に振り回される機会も減って行きます。
自分自身の感情の変化には冷静でいられなくても、身の回りにいる方の様子を観察する中から、感情の変化について冷静に考えることは出来ると思います。
また、謎解きやゲーム感覚で、自分の感情の動きを分析してみる――といった試みも興味深いものとなるでしょう。

感情に流されるのは、感情がどの様に働くのか、その仕組みがよく分かっていないからであって、感情の働きを理解することによって、自分によって心地よい状態を維持することも不可能ではないと考えております。

【Silvercord】管理人 





2月18日現在回答待ちの質問

下記のご質問につきましては、回答に時間が掛かっておりますので、しばらくお待ち下さい。