2017年1月27日金曜日

霊媒Mがみた三つのイメージ(その3)

今回も前回に引き続いて、昨年末に霊媒Mがみた三つのイメージの第三弾を紹介します。

三つ目は朝鮮半島についてのイメージとのことです。





■ 朝鮮半島についてのイメージ

朝鮮半島の地面が大陸側よりも遥か地下深くに沈み込み、海側も海水面より遥か海中深くに沈み込み、朝鮮半島を覆い囲むように海の壁がそびえています。

それは井戸の底にいるようなもので、上を見上げると大陸側は断崖絶壁、海側は海の壁に取り囲まれていて、僅かにその真ん中に空が見えるような状態です。

朝鮮半島の人からは、周りを陸の壁と海の壁に囲まれていて、外の様子が分からないのですが、周辺国から見ると、朝鮮半島だけが遥か地下深くに沈み込んでいる様子が丸見えです。

そして朝鮮半島の地表は、一面が黒い消し炭に覆われています。

そんな様子でしたので、朝鮮半島と外部との接触は殆どありません。

時たま、大陸側の断崖絶壁の上から、地下の朝鮮半島に向かって人が転げ落ちてきて、その人が朝鮮半島を統治することになるのですが、それ以外に人の交流はありません。

朝鮮半島の人々は、天上に僅かにのぞく空を眺めながら、外の世界に対する憧れの気持ちを募らせて行きます。

そんなある時、大陸側の断崖絶壁から転げ落ちて朝鮮半島の指導者となった人が、黄海側の海の壁に向かって槍を打ち込みました。

その槍によって、朝鮮半島を囲うようにそびえていた海の壁に穴が空いて崩れ落ち、そのまま朝鮮半島は海の水に飲まれて、海底に沈んでしまいました。

(2016年12月30日)





今回のイメージと、先に紹介した二つのイメージは、同時に霊媒Mの元に伝えられていますので、相互に何らかの関わりを持っていると思われますが、詳細は不明です。
また、イメージの冒頭部分は朝鮮半島の現状とのことですが、最後がいつ頃を指しているのかはわかりません。
そういえば、以前投稿した記事【夢の中まで追いかけて[小ネタ]】では、日本から見た朝鮮半島が窪地になっている描写がありましたが、窪地でも一応周囲を見渡せる状態でした。
しかしこの記事のイメージでは、周囲を海水の壁で囲まれる「井の中の蛙」状態となっています。
この両者の違いは、時間の経過に伴って、朝鮮半島を取り巻く環境が変化したと見て良いのでしょうか。
それとも…。
ご覧の皆様は、どの様に解釈されますか。

Silvercord管理人 





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2017年1月20日金曜日

霊媒Mがみた三つのイメージ(その2)

今回も前回に続いて、昨年末に霊媒Mが見た三つのイメージの第二弾となります。

二つ目は中国についてのイメージとのことです。





■ 中国についてのイメージ

中国の国土を覆うようにして鎌があるのですが、鎌の柄は腐食して今にも崩れ落ちそうで、とても手で持てる状態にはありません。

鎌の刃は一見すると綺麗に研がれているようですが、刃の厚みが極端に薄くて、ちょっと力がかかると折れてしまいそうです。

そんな鎌の刃に槍が突き立っており、槍が空けた穴の部分から刃に亀裂が入っています。

また、鎌に刺さっている槍には、紫色の房飾りがついています。

そして槍が鎌の刃に空けた穴の辺りから溶岩が湧き出て、中国全土を覆い尽くしてしまいます。

次に、空から無数の破魔矢が飛んできて、中国を覆った溶岩の上に隙間無く突き刺さると、溶岩が冷えて硬くなり、破魔矢ごと地面にがっちりと固定されてしまいます。

そこに、日本の戦国武将を思わせる、鎧甲に身を包んで槍を手にした武者が、馬に乗って現れます。

武者が手にしている槍には、濃紺の房飾りがついていて、先に登場した紫色の房飾りがついた槍と瓜二つに見えます。

武者が手にした槍を中国の上にかざして一払いすると、古来からの中国の土地と他民族が暮らす土地との境目に亀裂が入って、他民族の土地からは破魔矢も溶岩も剥がれ落ちてしまいます。

今度は、西洋風の鉄製の鎧に身を包んで、大きな鋼の棍棒を手にした騎士風の者が現れます。

一見すると西洋の騎士風の者を更によく見ると、実は鎧を着けているのは東洋風の荒くれ者の大男で、鉄製の鎧も西洋風に似せているだけで、本物の西洋の騎士のように洗練されてはいません。

また、荒くれ者の被る兜の上には、山吹色の房飾りがついています。

その荒くれ者が手にした棍棒を、破魔矢が刺さった大地に突き降ろすと、大地に幾つもの地割れが生じて、地割れの境目から火の壁が燃え上がります。

そうして火の壁によって中国が幾つかに分裂されると、誰もその壁を越えることが出来なくなります。

火の壁を越えようとして触ってしまうと、火の壁で水が蒸発して雲となり、その雲から自らの頭上に雨が降るようにして、災いとなって自分に跳ね返ってくるからです。

また、地面に刺さった破魔矢を抜くことも出来ません。

破魔矢を抜こうとした者の手は焼け爛れて、その爛れが全身に広がって瀕死の激痛に苛まれながらも、なお生き続けなくてはならなくなるからです。

(2016年12月30日)





このイメージと前回投稿記事のイメージは、同時に霊媒の元にもたらされていますので、双方のイメージに何らかの関連はありそうですが、詳細は不明です。
そしてイメージの冒頭のシーンは、中国の現状を指していて、時間の経過と共にこのイメージで表現されている経緯を辿ると、素直に読んでよいようです。
ただ、イメージの最後の時点がどの辺りの時期なのかはわからないとのことでした。

ご覧の皆様は、このイメージをどの様に解釈されますか。
ご意見がありましたら、下のコメント欄よりお寄せ下さい。

Silvercord管理人 





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2017年1月13日金曜日

霊媒Mが見た三つのイメージ(その1)

前回の記事とは時系列が前後しますが、昨年末に霊媒Mが三つのイメージを見たとの話を聞きました。
そこで、これから三つのイメージを順番に紹介したいと思います。

今回は第一弾として、日本列島と大陸の間の海上に伸びている黒い帯についてのイメージです。





■ 日本列島と大陸を隔てる黒い帯についてのイメージ

日本の領海のうち、大陸と対面している日本海側の領海の境界線に沿って、細くて黒い帯が伸びています。

その黒い帯は原油のように見えます。

そこに日本の女神様が現れます。

女神様は手にした柄杓で、綺麗に清められた水を掬って、日本の領海に沿っている黒い帯の上に掛けていきます。

すると黒い帯は蒸発して雲になり、その雲が日本列島の上空にまとまって雨を降らせます。

雨となって日本に降り注いだ原油のうち、六割は地上に染み込んでその土地に溶け込みますが、残る四割は海に流れ出します。

海に流れ出した原油は太平洋を横断して、米国西海岸に流れ着きます。

米国に流れ着いた原油は、西海岸沿いの海上を漂いながら時間を掛けて増殖し、やがて米国の国土の六分の一を占めるほどになります。

その頃、米国の陸上に火矢を放つ者が現れて、西海岸沿いの原油溜まりに火矢を打ち込むと、原油に火がついて一気に燃え上がります。

海上の原油が炎上すると、蒸発して上空で雲となり、その雲が海上から北米大陸上に移動します。

そして大陸に原油の雨が降るのですが、こちらは日本の場合と異なって、地上に降った原油が一滴も地面に染み込みません。

原油の水たまりが斑状となってあちこちの地面にへばりつくと、今度はそれらの斑状原油が一斉に火を吹き上げて、火災旋風となって北米大陸の表面を舐め回すようにして、縦横無尽に動き回ります。

火炎旋風は、その土地に愛着を持つこともなく、その土地に骨を埋める覚悟もない、自分の都合しか考えられない浮ついた思考の人々を巻き込んで、彼ら共々燃え盛って上空へ吹き上がり、そこで雲となって大西洋の向こう側へ連れ去ってしまいます。

米国から大西洋を渡った雲は欧州に流れ着くと、そこで原油の雨が降り注ぎます。

欧州に降った原油のうち、極一部はその土地に染み込みますが、大半はそのまま中東に流れ込みました。

(2016年12月30日)





ご覧のように、このイメージに登場する黒い帯とは原油らしいのですが、霊媒によると比喩として原油と表現しているようです。
また、イメージの最初の時点が現在で、最後の時点はかなり後の時代であるとのことですが、それ以上の詳しいことはわかりません。
「この解釈が正しい」という明確な回答があるわけではありませんので、頭の体操として、どの様な解釈が成り立つか考えてみてはいかがでしょうか。

Silvercord管理人 





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2017年1月5日木曜日

如何にして、より多くの方と協力関係を築くか

明けましておめでとうございます。
昨年に続いて今年も諸事情により、初詣は地元の神社で私的に済ませてしまいました。
そこで今年最初の記事は、毎年恒例となっている「昨年の振り返りと今年の展望」というテーマについて、『日本の神様』にお話を伺いました。
こちらの神様は、以前投稿した記事【今後百年に影響する日本の選択】でお話を伺った女神様とのことです。





■ 『日本の神様』との対話

管理人
それでは、毎年年初の恒例となっております、「去年の振り返りと今年の展望」というテーマでお話を伺いたいと思います。
まず、今回お話をして頂けるのはどの様な方なのでしょうか。

日本の神様
一昨年に話をした者です。

管理人
一昨年は、とある日本の女神様にお話を伺ったのですが、今回もその方にお話を頂けると言うことでよろしいでしょうか。
去年は代理の方でしたが。

日本の神様
はい。

管理人
では、去年の年初に、代理の方にお話を伺った時に、一言でまとめると「日本の安定を揺るがす者との繋がりを断ち切る」というお話がありました。
(記事【日本の安定を揺るがす者との繋がりを断ち切る】
今後日本国民が成長していく上で問題となる、障害となり得る人々と神様との関係を断ち切って、どんどん日本から出て行ってもらうように働きかけます――そういうお話を伺ったのが、去年の正月の頃でした。
それを受けて六月には、日本の神様として具体的な働きかけを始めましたというお話がありました。
(記事【収穫の時が来た】
そこで、去年一年間を振り返って、神様の働きかけとしてはどの程度進められたのでしょうか。

日本の神様
予定通り、滞りなく。

管理人
では、神様としては予定通りに進めたとのことですが、それを受けた日本国民の反応は、どの様に見ていらっしゃいますか。

日本の神様
そうですね…。
その働きかけを行ったことによって、(神様との)絆を断たれた者が悪目立ちする一年であったと感じています。
悪目立ちすることによって、多くの人の目にとまって、それらの働きがきっかけとなって、今後徐々に変化して行くための準備段階に入ったと言えると思います。

管理人
一昨年の段階で、「今後百年に影響する選択を迫られます」というお話があって、それから一年経った時(=去年)に、「その選択を迫られるのは一年間だけではなくて、それから複数年に渡るものなのだけれども、今のところ余り上手く行っていない」というお話がありましたが、その辺の進捗はいかがでしょうか。

日本の神様
この辺りは人によって温度差が大きくなると考えているので、もう動き始めている方々もいれば、全く気にもとめずにのんびり過ごしている方もいるという印象です。

管理人
個々に見ると温度差があるとのことですが、日本国民全体の傾向としてはいかがでしょうか。

日本の神様
まだ全体として動けるほどの変化は、残念ながら見られていないという判断になります。
もう少し経験が必要になりますね。

管理人
それは今後に期待というか、今後変化が起きてくると…。

日本の神様
そうですね。
徐々に増えてるという感じは致します。

管理人
では、既に動き始めている人、そして、これから徐々に変化して行く人についてはよろしいのですが、一方で、神様との関係を断ち切られてしまった人については、どの様に見ていらっしゃいますか。
彼らもまだ日本国内にいて、彼らなりの考えに基づいて行動していると思います。
先ほど「悪目立ちしている」というお話もありましたが…。

日本の神様
これまで通用してきたものが通用しなくなってくることにより、今焦っている、焦っているために目立ってしまうと言う悪循環が起きている状態だと思います。
これは焦って動けば動くほど、更に目立った形で表に現れてしまうのですが、本当は静かに大人しくしていた方が、彼らの望む物は得られるのかも知れませんが、物の考え方としてそういう判断が出来ない方々でしょうから、今後益々抵抗が激しくなって、これまで以上に目立つことになるのではないかと考えています。

管理人
では、この辺りで去年の大まかな振り返りをして頂きましたが、それを踏まえて、今後の展望と言いますか、今年はこの様な変化が見込まれます、この様な点に気をつけた方が良い――というお話を頂けますか。

日本の神様
今年はですね、これまでがむしゃらに突き進んでこられた方々が、ふと我に返る年であると見ています。
我に返ることによって、どの様な結論に至るのかは、個々の方々のこれまでの行動によって様々なのですが、とにかく一旦立ち止まって己を振り返り、その足跡を見つめ直す機会が訪れる年であると見ています。

管理人
過去の振り返りや自分の行動を見つめ直す機会とするには、何かそうなるためのきっかけがあるのではないかと思うのですが、それは国内的な事情がきっかけになるのでしょうか。
それとも、海外の情勢の変化に伴って、今までのままで物事を進めるのは難しくなってくるのでしょうか。

日本の神様
全体の流れとして、世界的に、これまで常識として捉えられてきたもの、広められてきた価値観が、どうやら自分たちに害を及ぼすものであると言うことに気づいてきている状態ですので、国内の出来事によって気づくこともありますし、外国の情勢も変化の兆しを見せていることがありますので、両面からの働きかけによって考える時間を必要とする方が大勢出てくると考えています。

管理人
そうするとここ数年は、私たちの身の回りの出来事が、自分たちにとって都合の悪い状態が続いてきたので、やはり変えないと駄目だと言うことで試行錯誤してきたのだけれど、ここで一旦小休止する機会が訪れると。

日本の神様
そうですね。
どの様な立場の方にも言えることなのですが、自ら考えて流れを作ってきた方は、常に己を振り返り軌道修正をしながら歩んできているので、そういう方々にとっては日常と何ら変わりない、これまでの日常と同じ事が起きていることになるのですが、そういう方の言葉を聞いて、そこに乗った方の中には、よく考えないで何となく雰囲気に乗せられている方が居られるので、そういう方にとってはよく考える機会になると思っています。
やはり自分で考えて結論を出しているつもりでも、乗せられている…カリスマ性があると言われる方の言葉に乗せられて、何となくその気になっている方もかなり居られるので、そういう方が考えるよい機会になると思います。

管理人
尤も、『銀の紐』では「何事も鵜呑みにしないで、自分で考えて物事を判断しましょう」と以前より度々訴えかけておりますので、『銀の紐』掲載記事を以前からご覧になっていらっしゃれば、皆様もその辺は意識されているのではないかと思います。
只読者の方は日本の中の極一部ですし、それ以外の方を見ると、周りの強い意見に流されてしまう人が多い印象はあります。
では、今年は、「本当にこのままでよいのだろうか」と、自分の今までの足跡を振り返る機会になる、と言うことですね。
それは個々にその様な機会はあるのでしょうが、国としてみた場合もその様な機会があるのでしょうか。

日本の神様
全世界的な傾向としてその様なことが起こると考えているので、個人個人もそうですけど、国家間の関係や、国内の情勢についてもやはりそう言うことはあると思います。

管理人
それは、これから物事が劇的に変わって行く際に、その方向性を見定めるための小休止の機会と捉えればよいのでしょうか。

日本の神様
その時間があって初めて、それぞれ明確に方向性を…自分が進みたい方向性が見えてくる、はっきりしてくると思うので、只乗せられているのではなくて、自らの意思でそこへ歩みを進める――と言う風に変えて行くために必要な時間であると考えています。

管理人
その時間は、とりあえず今年が当て嵌まるとして、とりあえず一年程度と見てよいのでしょうか。
それとも、何年間か続くのでしょうか。

日本の神様
その方によってバラツキがあると思われるので…。

管理人
人によってバラツキがあると言うことは、国の中でも一通り振り返りの作業を終えた人の数が一定以上に達した国から、新たな方向性を見極めて動き出すと言うことで、国によってもバラツキが出てくると言うことでしょうか。

日本の神様
それはあると思います。
ただ、より自分たちの国にとって身近な国で起きた出来事は、自分たちの国のあり方を考えるきっかけとなるので、そういう刺激を受けて、早い段階で考えが固まるという影響もあるかも知れません。

管理人
今、大まかな傾向というか、今年はこの様になりそうです――という話を伺いましたが、それを踏まえて、日本国民として「ここは気をつけた方が良い」というアドバイスはありますか。

日本の神様
今年のテーマとして捉えて頂きたいのですが、「如何にして、より多くの方と協力関係を築けるのか」という処を、改めて考えてみて頂きたいのです。
先ほど話した、カリスマ的な人物が一人いて、その方の言葉に何となく乗せられている方は、本当の意味で協力関係を結べている方ではないのですね。
やはり、リーダーがいて、その人に引っ張られているのではなくて、横に並んで、共に、それぞれの特性を活かしながら進む形が好ましいので、個々に自分たちの思いが固まった上で、そう言った協力関係を築いて、目標達成のために活動してゆくことができれば、とても強みとなります。
何があっても簡単には突き崩されなくなりますので。

管理人
それと併せて伺いたいのですが、神様との関係を断ち切られてしまった人々について、どの様に対処すればよいでしょうか。
何かアドバイスはありますか。

日本の神様
何故その様な形になってしまったのかと言えば、本来であれば認められるはずのないものを見過ごしてきてしまった弊害なので、ルールを守って暮らしている方と、ルールを守ることなく勝手なことをしている方の扱いは明確に分ける必要があります。
最近世間では「人権~」などと言って誤魔化してしまう風潮が見られますが、そういうことを訴えるのであれば、皆同じ土俵の上で過ごす必要があります。
ルールの中で犯罪を犯した者は罪に問われ、罰を受けなければならないと決まっているのであれば、たとえどの様な立場の方でも同じように扱われなければおかしいのですね。
そういう所に歪みがあると言うことを自覚して、きちんと取り締まれるようにならなければ、どうしても良識を持って暮らしている方が苦労することになって、とても暮らしにくい社会が続いてゆきますので、そこを改善して行ければよいのではないかと思います。

管理人
今回はこの程度で一通り伺ったと思いますが、何か付け加えることはありますか。

日本の神様
辛いことが多いと、どうしても気持ちが挫けてしまうことがあると思いますが、諦めるとそこで終わってしまいますので、疲れた時は休憩をして、力を蓄えてからまた前に進んで行けるように、諦めないで頂けたらいいと思います。

(2017年1月2日)





一昨年の時点で「日本の今後百年に影響を及ぼす選択を迫られる」という話があり、それを受けて「神の一手」が打たれました。
(記事【神の一手】、記事【神の一手(その2)】
そして去年は上記記事にあるように、「日本の安定を揺るがす者との繋がりを断ち切る」との話があり、それを受けて「収穫の時」が来ました。
そして今年は、今までの行いを振り返る機会となること、そして「如何にして、より多くの方と協力関係を築けるか」がポイントであるとの話がありました。
これら一連の流れを取り仕切っているのは、今回お話を伺った『日本の神様』のとある女神様です。
神様の働きかけとしては、予定通り、滞りなく行われているとのことですので、後は私たち日本国民が、神様の働きかけをどの様に社会に反映させてゆくかという点が問われてくるのではないでしょうか。

Silvercord管理人 





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2016年12月30日金曜日

年末のご挨拶

西暦2016年、平成28年も残すところ僅かとなりましたが、ご覧の皆様はいかがお過ごしでしょうか。
今年は、古事記の解読に備えた下準備として、『ヨハネの黙示録』の再解読を進めてきました。
こちらは霊媒の都合や、その他諸々の事情により、現状ではなかなか管理人の思うように捗っていませんが、そこで焦ってどうなるものでもありませんので、年が明けてからも淡々と作業を進めてまいります。

一方、年初に投稿した記事【日本の安定を揺るがす者との繋がりを断ち切る】で日本の神々が意思が示し、その後六月に投稿した記事【収穫の時が来た】において、日本の神々が行動を開始したことを示しました。
さて、今年一年を振り返って、これらの『銀の紐』掲載記事を通じて示した内容に符合する出来事が、ご覧の皆様の目の前に明らかになったでしょうか。
あるいは、傾向としては明らかになりつつあっても、はっきりと見分けられるほどでは無い状態でしょうか。
もしくは、記事の内容と実態は全く食い違ってしまっているでしょうか。

その辺りの振り返りと共に、来年一年間の展望について、年明け早々に話を伺う予定でおりますので、次回投稿予定の記事をお待ちください。

今年はこちらが最後の記事となります。
今年も一年間お付き合い下さいまして、ありがとうございました。
来年もこれまでと同様にお付き合い下さいますよう、よろしくお願い致します。
よいお年をお迎えください。

Silvercord管理人 





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2016年11月18日金曜日

[案内]:黙示録再解読記事の修正について

前回投稿の記事【[黙示録再解読]:生ける神の刻印】について、一部内容を修正しましたのでお知らせします。

修正箇所は、項目「神の僕に刻印を押して回る天使」の霊界の住人のコメントにて、イスラエルの全部族の子らの中から刻印が押された十四万四千人について、補足説明を追記しました。

なお、黙示録再解読の第八章以降につきましては、投稿に向けて準備を進めておりますので、今しばらくお待ちください。

Silvercord管理人 





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2016年10月21日金曜日

[黙示録再解読]:生ける神の刻印

『銀の紐』掲載の黙示録関連記事を初めてご覧になる方は、先にこちらの記事をご覧下さい。

【黙示録関連記事一覧】

[黙示録再解読]関連の過去記事はこちらにまとめておりますので、適宜ご利用下さい。

【[黙示録再解読]関連記事一覧】





■ 四人の天使ともう一人の天使

このテーマについては、以前の黙示録解読の際に一通り解説していますので、基本的には人間視点から見た以前の解読と、神の視点から見た今回の内容を比較して、適宜補足を加える方向で進めます。

黙示録第七章第一節~二節には、ヨハネが、大地の四隅に天使が立っているのを見たとあります。
この天使たちは、大地の四隅から吹く風を抑えて、、大地や海や木に吹き付けないようにしていたそうです。
更にもう一人の天使が、生ける神の刻印を持って、太陽の出る方角から上がってきます。

ここは天使たちの働きかけについて述べている部分ですので、以前の黙示録解読の際には簡単に読み飛ばしてしまいましたが、この部分について、霊界の住人はこの様に述べています。

曰く、ここで場面が霊界の様子に切り替わっています。
神の言葉を実践する者たちが、悪魔の価値観に酔い痴れる者たちに紛れてしまうことの無いように、四人の天使たちが神の裁きの影響を押さえ込んでいます。
「もう一人の天使が生ける神の刻印を持って、太陽の出る方角から上がってくるのを見た。」の意味を考える時に、巻物の第一の封印を開いた時に、白い馬に乗っている者が現れて、勝利の上に勝利を重ねるために出て行った場面を思い出してください。
第一の封印に当て嵌まる日本の拠点は、バチカンの拠点が管轄する地域(=欧州)の者たちから見て東に位置しております。
そして日本は、現在においても神々と人々の絆を固く結び、守り続けている唯一の地域です。
正に「生ける神の刻印を持った天使」に相応しいでしょう。
これは、第一の封印を開いて神の裁きの時期を越えてから、第二の神の裁きが始まるまでの様子をコンパクトにまとめた表現です。





■ 神の僕に刻印を押して回る天使

黙示録第七章第三節~九節では、大地の四隅にいる天使たちに、太陽の出る方から上がってきた天使が言いました。
「我々が、神の僕たちの額に刻印を押してしまうまでは、大地も海も木も損なってはならない。」
ヨハネがその数を聞くと、イスラエルの子らの全部族の中から十四万四千人に刻印が押されていたそうです。
ところが、ヨハネがそのまま見ていると、あらゆる国民、種族、民族、言葉の違う民の中から集まった大群衆が、白い衣をまとい、ナツメヤシの枝を手に持って、主と小羊の前に現れます。
ここで「生ける神の刻印」を押されるのは、イスラエルの子らと呼ばれるアブラハムの子孫の中からだけでは無く、世界中の各地から選別されています。
その中には、聖書に記された神の言葉を知らない、「言葉の違う民」すらも含まれています。
それは、神の刻印を押される条件が「神の言葉に沿って日々を過ごしているか否か」であって、アブラハムの子孫であっても、聖書の神を信仰する人々であっても、神の言葉に沿って過ごしていなければ「神の僕とは見なされない」からです。
逆に、生まれてから一度も聖書に触れたことは無く、キリスト教とも一切関わりが無く、ましてやアブラハムの子孫で無くとも、日々を神の言葉に沿って過ごしている人は神の僕なのです。
そして、小羊が巻物の七つの封印を開くたびに、天使が神の刻印を押して回るのだそうです。

以上の、人間視点から見た神の刻印を押して回る天使の件について、霊界の住人はどの様に見ているのでしょうか。

曰く、ここでわかることは、日本が大切に守り抜いてきた「神々から伝えられた価値観」を理解し、共有できるように成長した人間の数です。
「イスラエルの子らの全部族の中から」と書いてあるように、ここでは聖書を教典とする地域の人々に限定して、詳しく書いています。
これが生ける神の刻印を押された全ての者ではないところに注目しましょう。
あくまでも聖書を教典とする人々の中から、神の価値観を理解して実践するところに到達した人々の数です。
そして、イスラエルの部族の他にも、同じ立場の人々が大勢いて、それぞれの地域において神に学び、神の言葉に沿って実践する人々が現れています。
それこそ、イスラエルの部族の中から刻印を押された十四万四千人どころでは無い、数え切れないほどの人数と多種多様な地域に暮らしている人々です。
「私の神こそが唯一の神である!」として、他の神々の存在を否定し侵す態度こそ、悪魔の価値観に染められている証拠と言えるのです。
「この後、私が見ていると、」という言葉から、イスラエルの部族が神の刻印を押された後に続いて、他の地域の人々の中から神の刻印を押された人々が出現していることがわかります。
ここから、イスラエルの部族の中でも、バチカンの拠点が管轄する地域(=欧州)で神の言葉を実践する人々が、十四万四千人であることがわかります。
ここで言う「イスラエルの部族」とは、純粋に血筋のことを指しているのではなく、それらの部族の人々が神々との絆を大切に守り続けて、神の言葉を実践してきた人々を指しています。
ここでは聖書を教典として、神の言葉を実践している人々という意味になります。
「どの地域に対応した神の庇護下にあるのか」という色分けのための記号のようなもので、その血筋であれば無条件に神との絆が守られるわけではありません。
ですから、日本においても、外国出身の人であっても日本の神に受け入れられて、その庇護下で暮らし、日本の神の言葉を実践する人は、日本の枠組みに組み入れられます。
逆に、日本人であっても日本の神に逆らい、秩序を破壊する存在であれば、日本の神の庇護に与ることは出来ません。
これは、他の地域の神々についても同じです。
その地域に生まれたと言うだけでは、その地域の神々の庇護に与ることは出来ません。
神の言葉を理解するように努め、実践する者でなくては、神の庇護に与ることもままならないのです。
決まり事を守れない者は、時が満ちれば容赦なくその土地から追い出されるでしょう。

ここで追記として、「イスラエルの子らの中から刻印を押された十四万四千人」について、霊界の住人による補足説明があります。

曰く、この十四万四千人について補足しておくと、第二の封印であるバチカンの拠点が管轄する地域(=欧州)において裁きの時が訪れた際に、既に神の境涯に達しており、神と共にバチカンの拠点が管轄する地域の人間達に働きかけを行っている者のうち、イスラエル十二部族出身の者が十四万四千人いる事を指しています。
この十四万四千人は人間として暮らした最後の生涯をイスラエル十二部族の民として過ごした者たちであり、勝利を得た後にバチカンの拠点が管轄する地域への働きかけを希望し、現在活動している者の数です。
では、なぜ彼らが生前過ごしたエルサレムの拠点が管轄する地域(=中東)で活動せずに、バチカンが管轄する地域で活動する事を希望したのでしょうか。
彼らは一つの民族、一つの宗教に固執するのではなく、別の地域で育まれることになる新たな可能性と喜びを、そこに暮らす人間と共に味わい、感じ取りたいと考えました。
ここで勘違いしないで頂きたいのですが、かつてイスラエル十二部族の民として過ごした者のうち、この十四万四千人のみが勝利を得た者というわけではありません。
その他にも、彼らが生前過ごしたエルサレムの拠点が管轄する地域に向けて活動を行っている者が大勢います。
ただ、この黙示録は新約聖書に束ねられた文書であり、新約聖書はバチカンの拠点が管轄する地域に暮らす人々へ向けた文書ですので、特にバチカンを中心とした地域に焦点を当てて、詳しく説明されているのです。
勝利を得た者として神の御許に辿り着いた後に、必ずしもかつて自分が人として過ごした地域で活動する事を希望するわけではありません。
彼らが最も重視しているのは、一人でも多くの人間が十分な経験を積んで神の知恵への理解を深められるように、より学びやすい環境を提供するために尽くすところにあります。
そうして神の知恵を深く理解する者が増えるにつれて、ゆくゆくは共に協力して安全で安定した社会を築いてゆけますし、それらの経験はより多くの人が勝利を得て、神の御許へ辿り着く力となるでしょう。
最早勝利を得た者にとって、かつて人間であった当時に敵であったか味方であったかという点は些細な拘りであって、それを気にしているうちは神の境涯には辿り着けません。
また、神の知恵に照らして「これが正しい」と判断する事柄であっても、十分に理解を深めることなしに、中途半端な知識を基にして、地上界において無理に再現しようと考えてはいけません。
しかし「それが正しいのだから」と無理を押し通すと周囲に強いることになり、それは傍から見れば独りよがりの我が侭であり、それが「善かれと思って」の行動であっても、周囲の者にとっては傍迷惑となってしまいます。
何事においても言えるのですが、新たに発見された一つの真理が人々の心に浸透し、当たり前のものと認識されるまでにはそれ相応の時間がかかるということを、よく肝に銘じておきましょう。
人間として過ごしている間でも、勝利を得た者たちと同様の考え方をする人は少数ながら存在しますが、彼らは淡々と自分の目的を達成するために活動する事はあっても、強引に人を従わせようとは考えません。
社会の混乱を防ぐための決まり事を住民に守らせることと、自分勝手な思い込みを実現しようと周囲に強いることは全く意味が異なります。
無理を押して周囲に強いる状態を続けていると、必ず反発が起きて争いとなります。
今地上界で起きている争いを観察した時に思うのは、己を省みるのではなく、互いに己の領分を超えて周囲に干渉しすぎることが問題の原因となっているので、それをよく肝に銘じておく必要があります。
己が動くのではなしに、人を動かそうとしても、思いのままに動かせるわけではありません。
これは皆様の経験を振り返ったり、身の回りの出来事を観察していれば当たり前と理解できる筈なのですが、どうやらそのことを理解できない人間が大勢いるようです。
だからこそ、人に求めては「思い通りにならない」と不満を漏らし、挙げ句に「裏切られた!」と騒いで見当違いの敵意を抱き、見境なく攻撃するのでしょう。
その様な不毛な状態に陥らないように思慮深くありたいものです。
とはいえ、何事も一人で行えというわけではありません。
必要に応じて周囲に協力を求めることにより、困難な状態の変化に繋がりますし、その行動を通じて人々の絆を深めて行けますので、適切な手順を踏めば良い結果に繋がるでしょう。
(2016年11月18日追記)





■ 天使たちの礼拝

黙示録の第七章第十節~十二節では、白い衣をまとった大群衆が大声で叫びました。
「救いは、玉座に座っておられる私たちの神と小羊とのものである。」
そして、玉座と長老達と四つの生き物を囲んで立っていた天使たちが、神を礼拝して言いました。
「アーメン。賛美、栄光、知恵、感謝、誉れ、力、威力が、代々限りなく私たちの神にありますように、アーメン。」

以前の黙示録解読の際には、この辺りは簡単に読み飛ばしてしまいましたが、霊界の住人はどの様に見ているのでしょうか。

曰く、白い衣をまとった大群衆は、小羊の導きにより神の御許に辿り着くまでの経験を持って、神の言葉の実践者と言えます。
そして神を礼拝する天使たちは、神の使いとしての活動に携わっているのですから、当然ながら神の言葉の実践者と言えます。
ここでは白い衣を守った群衆と天使たちを区別していますが、神の言葉の実践者は皆天使という扱いとなります。
この天使たちが語る言葉は、神の価値観を理解し、その言葉を実践する者だからこそ自然に発せられた賛美の言葉です。
この言葉が発せられている時点で、自分たちが過去に受けた苦難の意味を理解して神に感謝しており(※注)、恨み言を述べる者は一人もいません。

※注:
過去に受けた苦難の経験が、神の言葉の意味をより深く理解する要素となっており、その苦難の経験を乗り越えたからこそ、この様に神の御許に集う機会を得たことを良く理解しているからこそ、「あの時、私を厳しく、そして粘り強く鍛えて下さってありがとうございます。」という想いを抱くのでしょう。





■ 長老の問いかけ

黙示録の第七章第十三節~十七節では、長老がヨハネに問いかけました。
「この白い衣を着た者たちは、だれか。また、どこから来たのか。」
ヨハネは「わたしの主よ、それはあなた方がご存じです」と答えます。
そこで長老はヨハネに言いました。
「彼らは大きな苦難を通ってきた者で、その衣を小羊の血で洗って白くしたのである。
それ故、彼らは神の玉座の前にいて、昼も夜もその神殿で神に仕える。
玉座に座って居られる方が、この者達の上に幕屋を張る。
彼らは、もはや飢えることも渇くこともなく、太陽も、どのような暑さも、彼らを襲うことはない。
玉座の中央に居られる小羊が彼らの牧者となり、命の水の泉へ導き、神が彼らの目から涙をことごとくぬぐわれるからである。」

以前の黙示録解読の際には、この辺りは簡単に読み飛ばしてしまいましたが、霊界の住人はどの様に見ているのでしょうか。

曰く、ここでヨハネが、長老を「わたしの主よ」と呼んでいることに注目して下さい。
ヨハネから見ると、神やイエスと同様に長老も「主」であり、大切な存在なのです。
「わたしの主よ、それはあなたの方がご存じです」とヨハネが答えていますが、イエスが人間として勝利を得るために働きかけたのが長老の一人であり、イエスが人として神の言葉を証ししたことにより、その後に多くの「神の言葉の実践者」が続くことを意図していたことまで含めて、初めからヨハネは認識していることが分かります。
そして長老の言葉から分かるように、再び人として暮らす必要のない大勢の天使は、もはや物質界特有の苦難を経験することはありません。(※注)

※注:
飢えること、渇くこと、太陽による暑さなどは、人間の肉体が受ける苦難であって、肉体に宿って経験を積む段階を卒業した天使たちは、もはや肉体に宿る事による様々な苦痛とは無縁であることを示しています。





■ 天使たちが神を礼拝するまでのまとめ

今回取り上げた黙示録の第七章について、管理人は当初「第六章と第七章は繋がっていて、第七章の内容は第六の封印を開く時の出来事を記している」と認識していました。
ところが、第七章の冒頭部分が、最初の神の裁きを終えてから第二の封印を開くまでの時期(第二次世界大戦後~バチカンの拠点を開く2011年まで)との指摘がありましたので、改めて確認を取りました。
黙示録の第六章は、小羊が神の巻物の第一~第六の封印を開いてゆく様子を記していますが、第六章が地上に起きる変化について記しているとすると、第七章は、巻物の第一~第六の封印を開いてゆく間の、天使たちの働きかけや天の神の御許の様子を記していると理解した方が良いようです。
また、以前の黙示録解読の際に述べたように、神の刻印を押す天使は、神の巻物の封印を開く度に現れては、神の僕に刻印を押して回るそうですから、第七章にある一連の出来事が封印を開く度に行われるのでしょう。
そうすると、白い衣をまとう大群衆は、封印を開く度に起きる神の裁きにおいて、新たに勝利を得ることになった者たちなのでしょうか。
そして神の御許に集うことを許された彼らは、その後活動拠点を天の神の御許に移して、天使の一員として活動することになります。
そして次の封印を開く時には、その時の神の裁きにおいて新たに勝利を得る者が大群衆となって現れるのですから、両者とも天使であると言いながら、天使たちと白い衣をまとう大群衆を区別している理由はこの辺にありそうです。

Silvercord管理人 





なお、上記記事は、以下のサイト掲載の新約聖書『ヨハネの黙示録(新共同訳)』を閲覧しながら解読を行いました。
原文の引用という形はとりませんでしたが、解読する原文の場所は可能な限り指定しておりますので、必要な方は記事に指定のある章・節を参照のうえ、ご覧下さい。

閲覧サイト:一般財団法人日本聖書教会
URL:http://www.bible.or.jp/


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