2016年6月17日金曜日

『ヨハネの黙示録』に託されたメッセージ補足3

『ヨハネの黙示録』の再解読に先立って、補足編として、黙示録関連記事のコメント欄における、ご覧の皆様と管理人との質疑応答のうち、黙示録の補足説明となっているコメントを再掲することと致しました。

こちらのコメントは【『ヨハネの黙示録』に託されたメッセージ(その1)】のコメント欄より転載しております。
また、この記事は「ラオディキアにある教会の天使に宛てた手紙」についての補足説明として、主にイエスからの三つのアドバイスに焦点を当てております。





■ silvercode愛読者様のコメント

いつも納得させる記事の投稿、ありがとうございます。

今更このような質問もなんなんですが、詳しい解説が未だにされていないと思い、質問投稿いたします。

こちらの解説の最後の部分にて触れられている、イエスが勧めている三つのアドバイス”一つ目は裕福になるように、火で洗練された金をイエスから買うように。”・”二つ目は裸の恥を晒さないように、身につける白い衣を買うように。”・”三つ目は見えるようになる為に、目に塗る薬を買うように。”とあります。

三つ目は多分正しい霊的知識を身につけなさいって事だと思うんですが、後の金と白い衣を手に入れなさいの具体的な意味がいま一つピンと来ません。

良ければ、この事が何を意味するのか詳しい解説お願いしたいです。

(2015年10月4日)




■ Silvercord管理人のコメント

silvercode愛読者様

イエスからのアドバイスは『ヨハネの黙示録』の第三章第十八節ですが、その前の第十七節でイエスは、「私は金持ちで満ちたりている」と言っている人に対して、「自分が惨めで、哀れで、貧しくて、目が見えなくて、裸であることをわかっていない」と指摘しています。
ここで「私は金持ちで満ちたりている」と言う人は、その人が多くの財産を所有し、物質的に満たされた環境に暮らしており、周囲の羨望を集める社会的地位を占めている状態に満足しているのですが、イエスはそれらに価値が無いと述べているのです。
記事の冒頭で、「神様が人間に対して働きかけるのは、人間の霊的成長を促し、この宇宙に存在する全ての霊を神の境涯へ導く為」だと述べました。
イエスからのアドバイスは、人間に宿っている霊の成長に寄与しますし、人間としての生涯を終えた後にも、目に見えない「霊的知識」という貴重な財産を持ち越すことが出来ます。
一方、「私は金持ちで満ちたりている」と述べる人の財産は、物質世界や人間社会でのみ価値があると見なされる物であり、人間としての生涯を終えた後に持ち越すことは出来ません。
霊の成長を促すための一時的な乗り物が人間であるなら、人間である一時期にのみ活かせる物と、人間としての生涯を終えた後も活かせる物のどちらに価値があるのでしょうか。
これらの点について、silvercode愛読者様は既にご理解頂いていると思いますが、他の閲覧者の方に向けた前段の話として述べました。

では、イエスが勧めている三つのアドバイスに込められた意味は何でしょうか。
一つ目は「裕福になるように、火で洗練された金をイエスから買うように」と述べています。
続けて「あなたが貧しいのは不純物が混ざった原石だからなので、火で洗練された金のように、あなたを裕福にしよう」とあります。
前段の話で述べたように、イエスのアドバイスは神の目的に沿っていて、神の目的は「全ての霊を神の境涯に導く為」ですので、不純物が混ざった原石とは人間に宿る霊であり、火で洗練することによって金に変わる――神の境涯に相応しい霊に成長すると述べています。
では、火で洗練するとはどういうことでしょうか。
『ヨハネの黙示録』で火についての記述を抽出すると、天の玉座にある祭壇の火、火と硫黄という戦乱を思わせる表現、サタンが投げ込まれる火の池などでしょうか。
火の池については、『銀の紐』掲載の【『ヨハネの黙示録』に託されたメッセージ(その10)】の項目「新しい天と新しい地」で述べているように、今私たちが暮らしている地上世界こそが「火の池」ということになりますし、火と硫黄も地上の戦乱の表現ですので、人間として地上で様々な経験を積むことを指して「火で洗練する」と表現しているようです。
そこでわざわざ「火で洗練された金をイエスから買うように」と述べているのですから、「地上で人間として様々な経験を積む中から、イエスの教えに基づいて物事を判断できるようになりなさい」というのが、第一のアドバイスの意味でしょうか。

二つ目は「裸の恥を晒さないように、身につける白い衣を買うように」と述べています。
黙示録の第三章第五節では、「勝利を得る者は白い衣を着せられる」とあり、最後の審判の後、新しい天と新しい地に住むことが出来るのは、勝利を得る者だけです。
ここで勝利を得られない者は、黙示録の第二十一章第八節にあるように「火と硫黄の燃える池」に投げ込まれてしまうのですから、第二のアドバイスは「新しい天と新しい地に住むことが出来るように、勝利を得る者を目指しましょう」と言うことになります。
敢えて「裸の恥」と述べているのは、「私は金持ちで満ちたりている」と言う人は、人間の肉体に衣を着ていても、あなたの霊は白い衣を着ていないので、人生を終えた後に自分の無知を恥じるということでしょうか。

三つ目は「見えるようになる為に、目に塗る薬を買うように」と述べています。
神の目的は「全ての霊を神の境涯に導く為」ですので、人間に宿る霊が神の境涯に辿り着くには、神の活動についても今のうちから理解を深めてゆかなくてはなりません。
神の活動とは、大まかに物質的な側面と霊的な側面に分かれるのですが、「私は金持ちで満ちたりている」と言ってしまう人は、物質的な側面の理解も中途半端ですし、ましてや霊的な側面の理解は皆無に等しいと言って差し支えないでしょう。
ですから、人間に宿る霊のうちから徐々に神の活動について学んでゆき、神として活動できるくらいに理解が深まると、ようやく神の組織の一員と認められるのです。
では、目に塗る薬とは何でしょうか。
記事では聖書を上げましたが、要は、聖書にある神の言葉やイエスの教えを読み込み、同時に身の回りで起こる出来事や、自分自身の経験に照らして、それらに共通する法則性を導き出しましょうと言うことです。
その共通する法則性こそがいわゆる神の業であり、自然の摂理ということになりますが、それを見極める観察力・洞察力を養うことが「見えるようになる」ことに繋がります。
これらを黙示録のテーマに沿って言い換えると、「神の働きかけと、悪魔の唆しの違いを見極めましょう。違いを見極められる観察力・洞察力を養う為に、聖書にある神の言葉やイエスの教えを参考にしましょう」となります。

(2015年10月4日)





■ silvercode愛読者のコメント

詳しい解説ありがとうございました。

今回のヨハネの黙示録の一番伝えたかったのは、この三ポイントではないかなって自分自身では感じており、特に解説が無かったので、敢えて質問させてもらいました。

神の働きかけと、悪魔の唆しの違いを見極めましょう。違いを見極められる観察力・洞察力を養う為に、聖書にある神の言葉やイエスの教えを参考にしましょう」

これがベースとなるテーマだったと言うことなんで、自分なりに”何が真実で何が偽りなのか?”ってことに選別の目を磨きながら色んな体験を通して学んで生きたいと思います。

どうもありがとうございました。

(2015年10月4日)





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また、コメントを投稿される際は、記事【改めて、ご覧の皆様へのお願いと連絡事項】をご覧下さい。

2016年6月8日水曜日

収穫の時が来た

今回は、先日霊媒が見たイメージを紹介します。
一見すると気味の悪いイメージなのですが、日本の神様の働きかけの一環なのだそうです。





■ 霊媒Mが見たイメージ

東京の上空に稲妻が走ります。

次に、何か黒い物体が、恐らく稲妻が光った辺りを中心に、グルグルと渦を巻いています。

その、渦を巻いている黒い物をよく見ると、どうやら鎖鎌の様な巨大な鎌が、円を描いてグルグルと回転しています。

そして、巨大な鎌が回転するたびに、黒い物が千切れて周囲に飛び散っています。

周囲に飛び散る黒い物は、数え切れないほど大量です。

そこで、周囲に飛び散る黒い物をよく見ると、回転する鎌によって切断された人の首でした。

更に渦を巻いている辺りをよく見ると、首を切断された人の体に混じって、背を屈めて下を向いている人が沢山います。

背を屈めている人は、今までに自分が行った成果を自分の手で刈り取っています。

自分の成果を刈り取る為に背を屈めているので、その上をグルグル回る鎌を避けることが出来ました。

しかし、自分自身に刈り取れる成果が無い人、他人の成果を横取りしようと企む人は、他人の成果がどの程度か物色する為に、首を伸ばして辺りを見回していたところ、回転する鎌に首を刈り取られたのです。

巨大な鎌に刈り取られた首は、周囲に飛んで世界中に散らばります。

そして飛び散った先の土地で、カビのように地面に染み込んで粘着します。

また、首を刈られた体はドロドロと液状に溶けて海に流れ出し、先に飛び散った首を追いかけてゆき、異国の地で首と合流します。

全ての人に対して、今までの行いに応じた成果を収穫する時が訪れたのです。

(2016年6月7日)





霊媒の話によると、上記イメージは日本を対象としているとのことです。
首を刈られた人の数は、数え切れないほど大量とのことで、特に目立つ悪事を犯した人以外にも、多くの人の首が刈られているようです。
刈られた首が世界中の各地に飛び散る意味は、もはやこれ以上日本に留まることを許されない人が、その人のいるべき場所に送り届けられるということで、その中には日本人と外国人がいます。
ここで首を刈られた人とは、記事【神の一手(その2)】にて、今後日本で生活することを許されなかった者であり、日本の神様がいよいよ彼らを日本から退去させる働きかけを開始したとの意思表示が、上記イメージの趣旨とのことです。
また、首を刈られる過程を通じて、今まで不当に得てきた物を手放さざるを得ない境遇に置かれると共に、今まで日本に押しつけてきた物を引き取ることになるようです。

なお、管理人はこのイメージを聞いて、記事【『ヨハネの黙示録』に託されたメッセージ(その5)】の項目「刈り入れの時が来た」を思い出しました。

Silvercord管理人 





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2016年6月5日日曜日

『ヨハネの黙示録』に託されたメッセージ補足2

『ヨハネの黙示録』の再解読に先立って、補足編として、黙示録関連記事のコメント欄における、ご覧の皆様と管理人との質疑応答のうち、黙示録の補足説明となっているコメントを再掲することと致しました。

こちらのコメントは【『ヨハネの黙示録』に託されたメッセージ(その1)】のコメント欄より転載しております。
また、この記事は「ティラティアにある教会の天使に宛てた手紙」についての補足説明として、主にイゼベルという女に焦点を当てております。





■ 七篠権兵衛様のコメント

非常に興味深く拝読させていただきました。

>またイゼベルという女は朝鮮を指すのだそうです。

この一文を読んでみて、真っ先に思い浮かんだのは、韓国大統領の朴槿恵ですね。
朝鮮の例えがイゼベルという「女」で、現在の韓国の指導者も「女」というのは、
偶然の一致なのでしょうか?


>イゼベルと共に淫らな行いをする者=日本国民でありながら朝鮮に与している者には、
>その行いを悔い改める為の猶予が、まだ残されております。

朝日新聞が8月5日に「慰安婦強制連行」に関する誤報を認め、9月11日には謝罪会見も行われました。
そういう意味では、朝日新聞や朝鮮シンパのメディアにとっては、
悔いを改める「チャンス」がやってきたのかなと思います。

ただ、8月5日の件と9月11日の件を見てますと、どうも朝日新聞は悔いを改める気がないように思えます。
朝日新聞にとっては地獄が待っているようです。


>悔い改める機会を活かせなかったイゼベルは、
>やがて何らかの形で子孫を無き者とされることになるのでしょう。

朝鮮半島は、中国に併合されるのかなと思いました。
チベットやウイグルを武力で併合し、台湾や沖縄、尖閣諸島に野心を燃やす中国が、
朝鮮半島だけは黙殺するという事は考えにくいと思います。
当然、北朝鮮ごと朝鮮半島は、中国に併合されるでしょう。

(2014年9月27日)





■ Silvercord管理人のコメント

七篠権兵衛様

この記事は、「ヨハネがアジア州にある七つの教会に向けた手紙」を全て盛り込みたかったので、手紙の内容は大雑把な解説に留めています。
この度はせっかくコメントを頂きましたので、この場でイゼベルという女についての補足説明を致しましょう。

まず、黙示録の第二章第二十一節に「わたし(=イエス)は悔い改める機会を与えたが、この女(=イゼベル)は淫らな行いを悔い改めようとしなかった」とありますが、これが日本による朝鮮統治の時代を指すことは既に述べました。
ですから、ここでイエスから「イゼベルの淫らな行い」として咎められているのは、清の属国としての朝鮮王朝までの時代を指します。
そして、悔い改める機会を与えられたのは、日清戦争後の「下関条約」により、清が朝鮮を完全無欠の独立自主の国として認めてから、大東亜戦争の敗戦に伴って、朝鮮半島が日本から切り離されるまでの期間が該当します。
敗戦に伴って、かつて日本の勢力圏であった各地から本土へ引き上げる日本国民が、様々な混乱状態の下に置かれましたが、当時の大日本帝国の中では比較的優遇されていた朝鮮人の、敗戦に伴う豹変ぶりをもって、「淫らな行いを悔い改めようとしなかった」と言えるのです。
そして現在、朝鮮半島に存在する二つの国(お互いに相手を「不法占拠の反政府勢力」扱いしていますが)は、イゼベルの子供達になります。
黙示録の第二章第二十三節には、「この女(=イゼベル)の子供達も打ち殺そう」とありますので、少なくともイゼベルが悔い改めなかった時点で、イゼベルの子供達の命脈は尽きていたと読めるのです。
因みに、聖書の『列王記上』第十六章~第二十一章にかけて、及び『列王記下』第九章でもイゼベルについて言及しておりますし、【イゼベル:wikipedia】でイゼベルという女の大まかな人となりを紹介しております。

さて、イゼベルと共に淫らな行いをする者について、七篠権兵衛様は「一部のマスメディア」ではないかと推測されているようですが、これはあくまでも管理人の個人的な見解と予めお断りして申し上げると、マスメディアはイゼベルと共に淫らな行いをする者たちの極一部であり、黒幕は別にいると考えております。
そして、「北朝鮮による一連の日本人拉致事件」が見過ごされてきた理由を追求することによって、イゼベルと共に淫らな行いをする者達の黒幕が明らかになるのではないかと想像しています。

最終的に朝鮮半島がどうなってしまうにせよ、『ヨハネの黙示録』に綴られた物語の全体的な流れを考慮すると、今世紀末頃までの間には何らかの結果が現れていると思います。
『ヨハネの黙示録』とは、キリスト教会が聖なる土地として守ってきた、『霊界と地上界を繋ぐバチカンの拠点』を開くと共に始まった『神の裁き』について述べている文書なので、淫らな行いを改めなかったイゼベルの子供達を打ち殺すプロセスも、『神の裁き』が終わる二十一世紀末に向けて進展すると考えられます。

なお、上記記事の「フィラデルフィアにある教会の天使への手紙」より、チベットは中共の支配を脱して独立を取り戻す可能性が想定されますので、その頃には中共の求心力が衰えていて、複数の国家に分裂している可能性があると考えております。
中共の求心力が今後衰えて行くのに、これから朝鮮半島を併合するというシナリオには無理があると管理人は思うのですが、いかがでしょうか。

(2014年9月27日)





■ 七篠権兵衛のコメント

管理人様、補足説明ありがとうございます。

>そして現在、朝鮮半島に存在する二つの国(お互いに相手を「不法占拠の反政府勢力」扱いしていますが)は、
>イゼベルの子供達になります。

>中共の求心力が今後衰えて行くのに、これから朝鮮半島を併合するというシナリオには
>無理があると管理人は思うのですが、いかがでしょうか。

「イゼベルの子供を撃ち殺す」という解釈については、韓国と北朝鮮の消滅という事で良いのかなと思いました。
最初、中国による朝鮮併合によって、この二つの国が消滅すると思っていたのですが、
違うのであれば、何かしらの「新国家」が朝鮮半島に誕生する事になると考えられます。

例えば、中国分裂の混乱により難民と化した中国人が、朝鮮半島に流入し、
朝鮮半島に誕生する「新国家」は、それまでの「朝鮮人による国家」から、
大きく変容するという事が起こるのかもしれません。

(2014年9月28日)





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また、コメントを投稿される際は、記事【改めて、ご覧の皆様へのお願いと連絡事項】をご覧下さい。

2016年4月29日金曜日

『ヨハネの黙示録』に託されたメッセージ補足1

今回は、『黙示録解読補足編』として、記事【『ヨハネの黙示録』に託されたメッセージ(その4)】のコメント欄にお寄せ頂いた匿名様の質問について解説します。





■ 匿名様の質問

右手か額に押される獣の印の話で、「右手か額」が何を意味するのか新たな黙示録の解読で解説をお願いできますでしょうか。
今回のお話の中では、額に押される獣の印と神の印の関係や違いなどが最も気にかかっています。





■ 獣の刻印が示すもの

獣の刻印を右手か額に押される話は、黙示録第十三章の「第二の獣」についての部分で取り上げています。
『銀の紐』にて公開中の記事では、その点は大雑把な言及に留めておりますので、改めて黙示録の該当箇所から引用しましょう。

黙示録第十三章第十五節~第十八節
  • 第二の獣は、獣の像に息を吹き込むことを許されて、獣の像がものを言うことさえできるようにし、獣の像を拝もうとしない者があれば、皆殺しにさせた。
  • また、小さな者にも大きな者にも、富める者にも貧しい者にも、自由な身分の者にも奴隷にも、すべての者にその右手か額に刻印を押させた。
  • そこで、この刻印のある者でなければ、物を買うことも、売ることもできないようになった。この刻印とはあの獣の名、あるいはその名の数字である。
  • ここに知恵が必要である。賢い人は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人間を指している。そして、数字は六百六十六である。

匿名様の質問について、この部分から分かるのは以下の点です。
  1. 獣の刻印を押させたのは、第二の獣である。
  2. 獣の刻印を押されたのは、大小や貧富の差にかかわらず、また自由な者や奴隷など、あらゆる人である。
  3. 獣の刻印は右手か額に押させた。
  4. 獣の刻印がないと、物の売り買いが出来ない。
  5. 獣の刻印とは、獣の名であり、獣の名の数字である。
  6. 獣の名の数字とは、人間を示していて、六六六である。

ここで分かったことのうち、『銀の紐』で公開中の記事【『ヨハネの黙示録』に託されたメッセージ(その4)】では、大雑把にグローバリズムについての言及と述べていますが、もっと丁寧に確認してみましょう。

1.まず、第二の獣とはプロテスタンティズムであり、獣の刻印とは利潤追求を至上の価値と見なす価値観であり、かつ利潤追求を最適化する社会制度を指します。
その点については、ドイツの社会学者マックス・ヴェーバーが記した【wikipedia:プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神】が参考になります。

2.獣の刻印が利潤追求の最適化を目的としているため、居住地や身分、立場を問わず、あらゆる者を対象とすることによって、それらの者からすべての利潤を吸収しうる枠組みを嵌めることになります。

4.すべての者を利潤追求の枠組みに嵌めることによって、その枠組みを通さなくては生活必需品を入手できなくなるので、獣の刻印がなくては生活が成り立ちません。

5.6.獣の名と獣の名の数字が示す意味は同じであり、獣の数字は人間を指しているので、『創世記』の天地創造の七日間のうち、人間や獣が誕生した六日目を指します。
また、獣の数字の六六六という表現によって六日目の境涯を何度も繰り返すことを表し、輪廻の存在を肯定しています。
また、いつまでも人間や獣の境涯である六日目を繰り返すだけで、神の境涯である七日目への成長を目指そうとしないないからこそ、獣の名の数字とは悪魔の価値観の体現と言えるでしょう。

ここで3.の確認を飛ばしましたが、獣の刻印が右手と額に押される場合の違いについては、黙示録の記述だけではよく分かりません。
そこで、『出エジプト記』の第十三章を見ます。
モーセ率いるイスラエルの民が、エジプトから約束の地へ向かう際に、主から掟を告げられるのですが、その中で以下のよう述べています。

出エジプト記第十三章第十六節
  • あなたはこの言葉を腕に付けてしるしとし、額に付けて覚えとしなさい。主が力強い御手をもって、我々をエジプトから導き出されたからである。

この言葉とは、主がモーセに告げた掟の言葉ですが、それを腕につけて「しるし」とし、額につけて「覚え」とします。
つまり、額につけることによって記憶――頭の中に入れておくことを指すのでしょう。
それと同時に、腕につけてしるしとしていますが、これは掟を守らなくてはならない人を見分けるためのしるしとして機能します。
この章の中で第十六節は、将来子供に説明を求められた場合の対応としていますので、世代が変わって掟の意味が分からなくなっても、その様にすることで掟を受け継いで行くための工夫でしょうか。
同様の描写は、『申命記』第六章でも確認できます。

申命記第六章第六節~第九節
  • 今日わたしが命じるこれらの言葉を心に留め、
  • 子供たちに繰り返し教え、家に座っているときも道を歩くときも、寝ているときも起きているときも、これを語り聞かせなさい。
  • 更に、これをしるしとして自分の手に結び、覚えとして額に付け、
  • あなたの家の戸口の柱にも門にも書き記しなさい。

額の刻印についてはこの説明で納得できそうですが、右手の刻印についてはまだ説明が足りません。
そこで『創世記』の第四十八章を見ます。
ヨセフが二人の息子エフライムとマナセを伴って、父ヤコブ(イスラエル)の元を訪ねた時、ヨセフは父に二人の息子を紹介して、長男のマナセをヤコブの右手の前に、弟のエフライムをヤコブの左手の前に向かわせました。

しかし十四節で、
  • イスラエルは右手を伸ばして、弟であるエフライムの頭の上に置き、左手をマナセの頭の上に置いた。つまり、マナセが長男であるのに、彼は両手を交差して置いたのである。

そしてヨセフを祝福するのですが、第十七節~第十九節に掛けて、
  • ヨセフは、父が右手をエフライムの頭の上に置いているのを見て、不満に思い、父の手を取ってエフライムの頭からマナセの頭へ移そうとした。
  • ヨセフは父に言った。「父上、そうではありません。これが長男ですから、右手をこれの頭の上に置いてください。」
  • ところが、父はそれを拒んで言った。「いや、分かっている。わたしの子よ、わたしには分かっている。この子も一つの民となり、大きくなるであろう。しかし、弟の方が彼よりも大きくなり、その子孫は国々に満ちるものとなる。」

この様なやりとりがあります。
ですから、右手と左手を比べると右手が優位であり、力や繁栄の象徴と言えるのではないでしょうか。
また『詩編』には、神の「右の御手」が、救いの力や支えとなる表現が見られます。

ここまでの内容を踏まえて、先ほど飛ばしてしまった3.を確認しましょう。
3.獣の刻印は右手か額に押させた。
のうち、獣の刻印とは、利潤追求を至上の価値と見なす価値観(1.)であると述べましたが、それを額に刻印しているのですから、その様な価値観を頭の中に入れることになります。
そして右手の刻印は、その価値観に基づいて力を行使し、繁栄を手に入れようとすることであり、周囲から見て獣の刻印が示す価値観の行使者であることのしるしでもあります。





■ 神の刻印が示すもの

神の刻印については、小羊が神から受け取った巻物の封印を開いていく過程で、第六の封印を開いた時に起こる出来事として、黙示録の第七章で述べています。

黙示録第七章第二節~第四節
  • わたしはまた、もう一人の天使が生ける神の刻印を持って、太陽の出る方角から上って来るのを見た。この天使は、大地と海とを損なうことを許されている四人の天使に、大声で呼びかけて、
  • こう言った。「我々が、神の僕たちの額に刻印を押してしまうまでは、大地も海も木も損なってはならない。」
  • わたしは、刻印を押された人々の数を聞いた。それは十四万四千人で、イスラエルの子らの全部族の中から、刻印を押されていた。

黙示録第七章第九節~第十節
  • この後、わたしが見ていると、見よ、あらゆる国民、種族、民族、言葉の違う民の中から集まった、だれにも数えきれないほどの大群衆が、白い衣を身に着け、手になつめやしの枝を持ち、玉座の前と小羊の前に立って、
  • 大声でこう叫んだ。「救いは、玉座に座っておられるわたしたちの神と、/小羊とのものである。」

この中で、匿名様の質問について分かることは以下の点です。
  1. 神の刻印を持った天使は、太陽の出る方角から上ってきた。
  2. 神の刻印は、神の僕の額に押されるものである。
  3. 神の刻印を押された人は、イスラエルの子らの全部族のうちの十四万四千人である。
  4. 神の刻印を押されたイスラエルの子らの十四万四千人は、その後にあらゆる国民、種族、言葉の違う人々の中から集まった大群衆に変わる。
  5. 大群衆は白い衣をまとい、ナツメヤシの枝を持っている。
  6. 大群衆は玉座と小羊の前に立っている。
  7. 神と小羊は、大群衆に救いをもたらした。

2.が神の刻印とは何かを直接述べています。
また、額に押されるものですので、「覚え」として頭に入れておくものなのでしょう。
それは神が人間に対して常に働きかけている様子を感じ取り、その様な働きかけをする目的を理解し、その目的が果たされるように文字通り「神の僕」として尽力することを指しますので、誰が見ても明確に見分けられるような「しるし」はありません。
そして3.4.5.6.7.から言えるのは、神の僕の活動によってあらゆる国民や種族などの中から集まった大群衆が白い衣を纏う(=勝利を得る)のですから、一人でも多くの人が勝利を得るように、神の言葉を説いて様々な人の間を回るのが、神の僕の活動と言うことになります。





■ 神の刻印と獣の刻印についてのまとめ

ここでまとめとして、神の刻印と獣の刻印について改めて一言で述べましょう。
ご覧のように、神の刻印とは神の僕である証(但し、神の言葉を理解している者のみが見分けられる証)と言えるでしょう。
同様に、獣の刻印とは、神の言葉を歪めたプロテスタンティズムから派生した、利潤追求を至上の価値とする価値観を指します。
そして獣の刻印を右手に押された者は、「利潤追求を至上の価値」とするために力を行使し、またそれにより繁栄を得る者を指し、それは同時に周囲から「獣の刻印を右手に押された者」を見分ける明確なしるしとなります。
すなわち、利潤追求に最適化した社会で力を行使する側に立つ富裕者こそが、「獣の刻印を右手に押された者」の正体となります。
また獣の刻印を額に押された者は、利潤追求に最適化した社会で力を行使していない(行使できない)者であり、獣の刻印を右手に押された者の力により搾取される側の人々と言うことになります。
搾取される側でありながら、それに疑問を持ったり抗うわけではなく、その状態が正しくて当たり前だと受け入れているので、獣の刻印が象徴する価値観に惑わされて額に刻印された状態にあると言えるのです。

ちなみに、黙示録の後半では、神の裁きに伴ってグローバル経済が崩壊して、世界の自由貿易が大幅に衰退する旨の記述が登場しますが(黙示録第十八章)、獣の刻印を右手に押された者が自らの力の源泉、富の源泉が何処にあるのかを理解しないまま、手の内にある力を調子に乗って暴走させたために、自分の力を自分で削ぎ落とす結果に繋がってしまうのです。





少々長くなってしまいましたが、神の刻印と獣の刻印についての解説は以上となります。
既出の黙示録関連記事では、黙示録の全体像を大雑把に解説した程度ですので、それで分からない部分については更に詳細な説明を行わなくてはなりません。
これから黙示録の再解読を行う予定もありますので、『銀の紐』にて公開中の黙示録関連記事で追加の説明を希望される方は、該当する記事のコメント欄より質問をお寄せ下さい。

Silvercord管理人 





なお、上記記事は、以下のサイト掲載の旧約聖書『創世記』『出エジプト記』、新約聖書『ヨハネの黙示録』(いずれも新共同訳)より引用しております。

閲覧サイト:一般財団法人日本聖書教会
URL:http://www.bible.or.jp/

上記記事の内容についてのご意見・ご感想・ご問はコメント欄よりお寄せ下さい。
また、コメントを投稿される際は、記事【改めて、ご覧の皆様へのお願いと連絡事項】をご覧下さい。

2016年4月17日日曜日

古事記の解読に向けた説明と基本概念

一月以来の投稿になりますが、ご覧の皆様はいかがお過ごしでしょうか。
以前投稿した記事【今後の予定について】にてお知らせのように、『古事記』の解読に向けた準備を進めておりましたが、ようやく霊界側の準備が整ったとの連絡がありました。
この件につきまして、とある霊界の住人より、ご覧の皆様に宛てたコメントを預かっております。





■ 霊界の住人のコメント

大変長い間ご無沙汰しております。
古事記の解読に向けて、霊媒と通信霊との間で快適な通信環境を整えるための細かい調整を行っておりましたが、ようやく準備が整いましたのでご報告申し上げます。
以前より難しい内容を取り扱うために、通信霊も霊的真理への理解がより深い存在である必要が出てきました。
その結果として、通信を行う際の難易度が上がってしまったのです。
これまでの通信環境では、新たな通信霊が霊媒と会話を交わすことが難しい状況だったのです。

新たな通信環境が整ったことで、人間の皆様にとっては馴染みのないような考え方を元にして様々な事柄を解説してゆくことになりますので、違和感を覚えることも度々あるかと思われます。
より俯瞰したものの捉え方になりますので、一読しただけでは納得出来ないような事柄も多く含まれると思いますが、「世の中にはその様な考え方もあるのだな~」程度に捉えていただけるとありがたく存じます。


それでは、古事記の解読に際しての基本概念の説明をさせていただきます。
人間の皆様には馴染みの深い概念である、「神と魔」や「善と悪」といったものの捉え方は基本的には使用することはありません。
それらの概念は人間の主観的な捉え方であり、物事を歪みなく解釈する上では邪魔になる概念なのです。
説明する際に必要であればその様な言葉を使用する場合もございますが、それ以上の意味は無いものと考えて下さい。
基本的には、安定に寄与するものであるのか、それとも不安定化を助長するものであるのかといった考え方を基準に説明を進めてゆくことになります。
それも、より俯瞰した捉え方を基準に説明することになるため、人間の主観を基準に考えた場合には、私どもの説明とは逆の捉え方をしてしまうことになるでしょう。
安定に寄与した行動が、不安定化を助長しているように感じてしまい、不安定化を助長している行動が安定に寄与しているように感じてしまうのです。
これらの逆転現象は立場の違いがあるので、ある程度は仕方がないことなのです。
これらの捉え方の違いの是非を問うためにこのような機会を設けたいわけではなく、純粋に私どもから見るとどのような解釈が成り立つのかというところをご説明申し上げ、皆様とともに世界というもののあり方を改めて考えるためのきっかけをつくりたいと考えております。

いくら私どもの純粋な解釈と申しましても、通信の受け手である霊媒が人間ですので、ある程度は人間の主観が反映されてしまう余地がある事は否めません。
できる限り私どもの考えをわかりやすく伝えられるように努めますが、完全に再現することは難しいという事をご理解いただければ幸いです。


さて、これらの基本概念を踏まえて、再度ヨハネの黙示録の解読に努めたいと考えております。
以前の解釈では、人間の主観的な概念を基準にして解説がなされているため、ある程度筋が通っていても、解釈が難しい部分も多々ありました。
そこで、今度は私どもの持つ概念を基準にして解釈すると、「いったいどのような捉え方が可能であるのか」という、視点の違いによる解釈の相違を皆様に実感していただきたいと考えております。
それらの作業を行った後に、古事記の解読作業を行った方が、より理解を深めやすくなると考えております。
いきなり古事記の解読に取りかかるよりも、先にヨハネの黙示録の解読をした方が、霊媒にとっても良い具合にウォーミングアップできますので、もしよろしければお付き合い下さい。
これらの解読作業には、ある程度の時間を要することになると思いますが、もうしばらくお待ちいただけるとありがたく存じます。

(2016年4月14日)





当初の予想よりも準備に多くの時間をかけてしまいましたが、ようやく『古事記』の解読に向けた準備が整ったようです。
また、上のコメントにあるように、『古事記』を解読する為のウォーミングアップとして、『ヨハネの黙示録』の再解読を先に行う旨の申し出がありました。
人間の主観的な見方と、神の俯瞰的な見方の違いを理解する必要があって、俯瞰的な物の見方が理解できるようになってから、ようやく古事記の解読に取りかかる段取りなのでしょう。
ここで俯瞰的な物の見方を理解する必要があるのは、第一に霊界からの情報を適切な言葉に翻訳する霊媒で、第二に霊媒が翻訳した情報を受け取る管理人、そしてご覧の皆様です。
そこで、『銀の紐』を通じて俯瞰的な物の見方を理解する材料として、黙示録の再解読がちょうど良いという、霊界の住人の判断なのだと思います。

長らく『古事記』解読の準備に時間を費やしており、更に遠回りを余儀なくされてしまいますが、どうか気長にお付き合い下さい。

Silvercord管理人 





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2016年1月17日日曜日

二人の女神様

先日、霊媒がとある女神様についてのイメージを見たのだそうです。
この女神様は、昨年「神の一手」を打った女神様(記事【神の一手(その2)】)とは別の神様なのだそうですが、一体どの様な意味があるのでしょうか。





■ 霊媒Mが見たイメージ

とある女神がいます。
顔つきは白人系、金髪のロングヘアーで、両サイドの髪の毛を編み込んで後ろで束ねています。
女神様は、清らかに透き通った水を湛えた水瓶を手にしていましたが、ふと水瓶を傾けると、中の水が欧州にこぼれ落ちました。
すると、水のこぼれ落ちた場所から、もくもくと煙が湧いてきました。

そこに、もう一人の女神がやってきます。
顔つきは白人系、金髪のロングヘアーで、左右に編み込んだ髪を、くるくると団子状に丸めて止めています。
こちらの女神様は、どす黒い粘性の水を湛えた水瓶を手にしていましたが、ふと水瓶を傾けると、中の水がこぼれて欧州一帯に広まっていきます。
黒い水の勢いは衰える事なく、そのまま欧州諸国の国境を押し流してしまいました。
そうして黒い水が欧州一帯を覆い尽くした頃、今度は女神様が息を吹きかけると、瞬く間に黒い水から炎が上がり、燃え広がって黒い水を覆い尽くしてしまいます。

一方、綺麗な水を注いでいた女神様は、今度は月桂樹の小枝を手にしています。
その小枝には、若々しい生命力に溢れた葉が生い茂っています。
女神様は、欧州一帯を覆い尽くしている炎を見て、手にした月桂樹の小枝で炎の表面を撫でると、炎はたちまち月桂樹の葉で覆い尽くされて消えてしまいました。

(2016年1月14日)





今のところ、このイメージが何を示すのかは分かりませんが、念のために投稿しておきます。
欧州では難民問題やテロ事件など、社会の秩序に影響を及ぼす事態が続出していますので、そういった出来事と何らかの関わりがあるのかも知れません。
ちなみに、黒い水を注いだ女神様について、霊媒は「何者かが女神様を装っているかも知れないが、詳しい事は分からない」と述べていますが……。

Silvercord管理人 





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2016年1月7日木曜日

日本の安定を揺るがす者との繋がりを断ち切る

少々遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
今年の初詣は諸事情により、地元の神社で私的に済ませてしまいました。
そこで、今年最初の記事は、去年の振り返りと今年の展望から始めたいと思います。
今回は、とある『日本の神様』にお話を伺いました。





■ とある『日本の神様』との対話

管理人
それでは、年初の恒例となっている「昨年の振り返りと今年の展望」というテーマについて、お話を伺いたいと思いますが、まず、今回お話をして頂けるのはどの様な方なのでしょうか。
去年は、とある日本の女神様に登場して頂きましたが、今回もその方なのでしょうか。

日本の神様
その者は忙しいので、代理です。

管理人
そうすると代理の方は、去年話して頂いた女神様とはどの様な関係にある方なのでしょうか。

日本の神様
(女神様と)同じ活動に携わっている者です。

管理人
去年(女神様に)話して頂いた内容や、今後どの様にするという女神様の意向も熟知されているという事でしょうか。

日本の神様
それはわかっています。

管理人
了解しました。
それでは、ここから本題に入ります。
去年の今頃に女神様から伺ったのは、「今年(=2015年)、日本の今後百年間に影響を及ぼす選択を迫られる」というお話でした。(『銀の紐』掲載記事【今後百年に影響する日本の選択】
その選択とは、簡単にまとめると「日本と外国のつきあい方、日本人と外国人のつきあい方について、もっと日本がきちんとした意思表示をする必要があります」、そうしないと「今後百年間に亘って日本が苦しい道を歩む事になります」、そこで「日本の皆さんはどの様な選択をしますか」と問いかけていたと思います。
それから一年が経ちましたが、「今後百年に影響する選択」がどの様に為されたのかという点については、どの様に見ていらっしゃいますか。

日本の神様
過去からの経緯があるので、そこに縛られてしまって、思う様に動けないでいるように見えます。

管理人
まず、「今後百年に影響する選択」を迫られる機会があったと考えてよいのでしょうか。

日本の神様
何か一つの大きな出来事と言うよりは、小さな出来事の積み重ねなので、その積み重ねの部分が、過去からの経緯に足を引っ張られて、うまく行っていないように感じます。

管理人
ということは、「選択を迫られているけれども、思う様な選択が出来ていない」という事ですよね。

日本の神様
うーむ……。
まあ、そうですね。
色々なものに縛られているので、思う様な形では選択できずに、どうしても過去のものを引きずってしまっているように見えます。

管理人
過去からのしがらみ、そのしがらみに引きずられているので――昨年登場された女神様の意向としては、そのしがらみは日本にとってよいものではないので、断ち切った方がよいという意見なのだと思いますが、まだ日本にはそのしがらみを維持したい、維持した方がよいと考える人の影響力が強いと。

日本の神様
そうですね。
だから、断ち切る方向で動くのが難しくなっている。

管理人
それは、そのしがらみを断ち切ろうとしている人たちと、そのしがらみの中でうまくやりくりをしたい人たちの二者がいて、お互いの影響が交錯しているという事なのでしょうか。
それとも、日本国内全体として、「しがらみを断ち切るよりは維持した方がよい」という認識なのでしょうか。

日本の神様
そこは明確に分ける事は出来なくて、そういったしがらみを精算してきちっと断ち切って、「日本は日本としてやっていかなくては」と考えている人でも、過去のしがらみの中から生み出された価値観や文化、考え方を元にして暮らしているので、自分では気づかないうちにそういったものを前提にして、物事を考えて動いてしまっている状況であると思います。

管理人
つまり、そのしがらみを断ち切る事によって、自分たちの生活も困った事になってしまう、そういった仕組みになっているという事でしょうか。

日本の神様
そういう仕組みになっていますし、自分たちでも当たり前と考えている物事が、そういったしがらみの延長にあったりするので、かなり根が深い問題であると思います。

管理人
昨年の段階で「選択を迫られる」というお話でしたが、そもそも「何が選択肢なのかもよくわからないまま、徒に一年が経っていた」と言う事になっていないでしょうか。

日本の神様
そうですね、何となく「こうじゃないか…」というものは見えていても、はっきりと「ここだ!」と言えるものを掴んでいないように見えますね。

管理人
そこをきちっと選択するための――どうにもならなくなってしまうデッドラインは、既に過ぎてしまっているのでしょうか。
それとも、今後立て直しをするための機会は、まだ残されているのでしょうか。

日本の神様
私たちは、かなり早めに警告しているのですね。
ですから、まだ手の施しようがない状態、どうにもならないほど行き詰まっているわけではないのですが、やはり対応が遅れてしまうと、その分だけ大変な状態は長引いてしまうので。

管理人
昨年の時点では、「今後百年に影響する選択を迫られるのが今年(=2015年)だよ」というお話だったのですが、実は去年や今年を含めた今後数年のうちに適切な選択をしないと、その後が大変な事態になるという趣旨だったのでしょうか。

日本の神様
そうですね。
去年のうちから、皆で考えてもらって、気づいてもらう。
そこに注意を向けて欲しい。
霊媒(=霊媒M)との繋がり方の関係があって、細かい内容が伝えられずにいたという事情はありますけれども、一年でパッ、パッと変わる事はないんですね、基本的に。
人間の考えや気持ちの動きがそんなに簡単に切り替わるものではないので、徐々に浸透して変化してゆく事を想定して、予め、早め早めに情報を出すようにしています。

管理人
だからといって、「早めに警告を出してもらっているから、今急に慌てて対処しなくても大丈夫」と調子に乗っていると、後で痛い目を見るという事ですね。

日本の神様
そうですね。
兎と亀の昔話にもあるように。
今年のうちに出来る事は今年のうちに、そこで残った課題はまた来年に、という風に、一年一年を確実に進んでいく事が大事ですね。
「時間があるから大丈夫だよ」と言っているうちに、夏休みの宿題が間に合わない経験をされた方もいると思いますが、その様な事にならないように気をつけて頂きたいと思います。

管理人
それでは、基本的には「今後百年に影響する選択」をするチャンスは今年もまだ残されていて、去年一年間かけて積み重ねた結果に、今年一年でどの程度更に上積みが出来るか、という事になるのでしょうか。

日本の神様
そうですね。
その繰り返しですね。

管理人
ということで、去年の振り返りについては一通り伺ったと思いますが、ここまでの話を踏まえて、今後の展望という事で、「今年はこの様な点に気をつけた方がいい」とか、「今年はこの様な出来事が起こりますよ」といった、これからの道標になるようなお話を頂けますか。

日本の神様
私たちは日本を司る立場の者ですので、日本を中心に考えるのですが、日本の安定を揺るがす者については、霊的な側面から断ち切る方向で動いてゆきますので、あとは人間の皆様が、それを受けてどの様に動いてゆくのかが課題になると思います。

管理人
「霊的に断ち切る」とは、どの様に理解すればよろしいのでしょうか。

日本の神様
「霊的に断ち切る」と、エネルギーの交流がなくなります。
エネルギーの交流がなくなって、異物として扱われるようになります。

管理人
「霊的エネルギーを断ち切る」というと、以前『銀の紐』で、中国に対する霊的エネルギーの供給を止めるという話を取り上げました。(記事【天皇陛下と中国国家副主席会見の裏側】
それと同じエネルギーの供給を断ち切るという意味でしょうか。

日本の神様
それとは違っていて、たとえば、縁があると関係が結ばれて、縁が切れると別れる事になる。
そういった、人と人の繋がりが切られてゆく。

管理人
その「繋がりが切られてゆく」というのは、日本の神様との繋がりが切られてゆくという事でよろしいのでしょうか。

日本の神様
そうですね。
私たちが、日本全体の成長の為に、ここは交流した方がいい、と、ある程度の判断をしているのですが、今までの日本は、多くの国との交流を重ねる事によって学ぶ時期だったので、色々と人間の対応の仕方によって弊害は出ましたけれども、そういった交流を許してきました。
ですが、このままその状態を許していると、成長するどころか、日本国民が存続できるのか怪しい状態になってしまうので、それでは困るのですね。
そして今度は、自分たちが周囲と接触してきた結果、どの様な状態になったのかをしっかり見据えてもらって、それらの問題を精算する――そちらの方向に動きやすいように、私たちの活動も転換したので、今年からは、私たちとしては、(日本を)不安定にする要素を断ち切りに行くので、人間の皆様がそれにどう応えるか、そこを見ていく事になります。

管理人
これは去年の六月になりますが、とある女神様が新たな一手を打ちましたというお話を伺いました。(記事【神の一手】【神の一手(その2)】
そして年末には、日本や日本国民に向けられている呪詛に対して、呪詛返しを行ったとのお話がありました。(記事【榊に結わえられていたもの】
その働きかけの延長で、今後も続けてゆくという事でよろしいのでしょうか。

日本の神様
そうですね。
その呪詛返しのお話の時には、相手の働きかけを受けてこちらが対処したのですが、今度はこちらから動きます。

管理人
その「断ち切る」働きかけは、もう始めているのでしょうか。

日本の神様
それは今年から始める事が決定しているので、既に動いています。

管理人
もう動いているのですね。
では、神様のその様な働きかけを受けて、私たち日本国民はどうするのかが問われてくるのですが、去年の話を踏まえて、何かアドバイスはありますでしょうか。

日本の神様
断ち切る際に注意して頂きたいのですが、周囲の者が発する憎悪に飲み込まれないように、その気持ちに巻き込まれないようにして、自分の考え・思いをしっかり自分の心の中に持って、大事に持って、周りに惑わされないようにして下さい。

管理人
今断ち切るのは、「日本の安定を脅かす者との関係を断ち切る」という事だと思いますが、その関係を断ち切る時に、関係を断ち切られると困る人もいて、断ち切ろうとすると邪魔をする場合がありますよね。
その時に、日本の安定を保つ事が本来の目的であるにもかかわらず、断ち切る行為を邪魔する者にどの様な対処をするかに拘ってしまう、そこの目的を混同しないように気をつけましょうという事なのでしょうか。

日本の神様
まあ、そういう事になりますかね。
「自分たちの邪魔をする者を排除する事」が目的となってしまうと、本来の「日本の秩序の安定」が目的だった場合であれば、条件が達成されている状況であっても、排除する方が目的となると行き過ぎてしまう可能性がある。
そうすると結果が大きく変わってしまいます。
そして今年は、全世界的に憎悪――自分とは考えが異なる者に対する憎悪を抱いて、敵対しやすい傾向になるのですね。
ですので、日本の皆様には、自分の考えをしっかり持って、周囲に惑わされないで、着実に目的の達成の為に動いて頂きたいと思います。

管理人
分かりやすいたとえを一つあげると、日本の中で犯罪を犯した外国人、これは日本の秩序を乱していますので、国外に退去してもらうのは日本の安定に繋がります。
ところが、外国人犯罪が目立つので、きちんと日本のルールを守っている外国人も一緒くたにして、「外国人はみんな日本から出て行け!」とやってしまうのは行き過ぎですよ、と言うお話でしょうか。
秩序を維持する事が主目的なので。

日本の神様
それで問題は、確かに外国人も問題なのですが、日本国内の制度が一番の問題だと思うのですね、そういうトラブルが発生するのは。
ですから、そこに目を向けて、きちっと秩序を維持できるように変えてゆく。
そちらを主に……日本自体が変わってゆく事が重要になってきますね。

管理人
今日本にある、秩序を維持する仕組み。
法律などの仕組み自体が問題という事ですね。

日本の神様
仕組みの場合もありますし、その仕組みがうまく機能していない場合もありますが。

管理人
去年のお話では「日本がいかに自己主張をするか」というテーマですので、ただ単に「外国人は出て行け」といって済む話ではないと。

日本の神様
日本自体の問題を解決しないと何も変わらないので、一度外国人を追い出しても、また別の者が入ってくれば同じ問題が発生します。

管理人
仮に外部から人が入ってこなくても、既に日本国内に秩序を乱す原因があるという事ですよね。

日本の神様
そうですね。

管理人
では、今年特に気をつけたいのは、秩序を維持する仕組みをどの様に変えると、日本の安定に寄与できるか、という事になりますか。

日本の神様
そうですね。
そこがいい加減だと、かえって外国とのトラブルを多く抱える事になってしまいますので、きちっと整えておいた方がいいと思います。

(2016年1月5日)





今回のお話を伺う際に、当初予定した交霊会の日程を延期するというトラブルに見舞われました。
管理人は、交霊会の模様を収録するためのICレコーダーを二台所有しているのですが、直前に動作テストを済ませていたにもかかわらず、二台とも収録の際に動作不良を起こしてしまいました。
その際に霊媒Mが「何らかの霊的な存在に妨害されている」と述べていましたので、その日の交霊会を取りやめて後日に延期し、その間に妨害対策を施す事になりました。
結局、ICレコーダーは二台とも故障していなかったのですが、きっと、今回の記事が社会に周知されると都合が悪いと考える霊的存在がいるのでしょう。

さて、去年打たれた神の一手は、今年に入ると更に一手先へ進めているように見えますが、今はまだ神様の働きかけに人間の対応が追いついていない様です。
しかも、人間が抱えている問題に根深いものがあって、そう簡単に解決できるわけでもなさそうです。
とはいえ、この様な形で問題提起と解決のヒントを提供して頂いているのですから、私たち人間に解決できないわけではないのでしょう。
特に今年気をつけたいのは「日本の安定に繋がる仕組み作り」ということですので、国会議員や政府に働きかける事によって、新たな法律を整えたり、法律の運用を見直す作業を通じて、日本の秩序を改善してゆく必要がありそうです。

Silvercord管理人 





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