2010年1月4日月曜日

日本の神様のお言葉

『松岡利勝』と名乗る霊を通じて、日本の神様のお言葉を頂いたと、霊媒からの連絡を受けました。
以前投稿した記事【松岡利勝霊との対話】でも述べておりますが、松岡利勝霊は、現在、日本の神様からのメッセージの伝達役を務めております。

なお、神様のお言葉に添えられている文章は、松岡利勝霊による解説文です。





『大地を踏みしめ 空を仰ぎ見よ
そこには晴天が広がるのみである
雲に覆い隠され視界を遮られている者は 己の考えを改めよ
心に曇りある者は 晴天の恩恵にあずかることは無い
己を偽る事なかれ
あるがままを受け入れよ』

大地を踏みしめるためには、己の足元の安全が確保されている必要があります。
足元の安全を確保する為に己を偽る事は、結果として己の足元をすくわれる事になります。
偽りは、どこまで行っても偽りであり、事実に変える事は叶いません。
事実に勝るものは無いのです。



『心の曇りを払う事ができるのは己の心のみ
己の心に素直であれ
心の曇りは迷いの表れ
偽りの心 全てを破壊しつくす
迷いあるまま実行する事なかれ
己にとことん問うてみよ
問うて真を見出せ』

迷いは己の眼を曇らせます。
曇った眼では真実を見通すことは叶いません。
己の真実が見えないまま行動を起こす事は、己のみならず、周囲を巻き込み破壊しつくす結果をもたらします。
迷っている間は行動を起こす時期ではありません。
とことん迷い、己を見つめ、真実を見出せる時が来るのを待つことです。



『他者は欺けど 己を偽り続ける事叶わず
偽りは諸刃の剣
己の所業 囚われし心 責めを逃れる事相ならん』

他人を欺く事は出来ても、己を欺き続ける事はできません。
偽りが効果を発揮するのは、ほんの一時です。
己の業の責めは、己が負うしかないのです。



『心して日々精進せよ
真の望みなれば 求めに応じ与えられる
その心に真の光が宿るならば』

純粋な気持ちから発せられた望みには、必ず援助の手が差し伸べられるのです。

(2010年1月3日)





神様からのお言葉のうち、特に最後の言葉については、私にも思うところがあります。
『求める者には与えられる』のは、私自身の経験に基づいた、この世界では普遍的な法則性なのだと理解しております。
ただし、その『求める者には与えられる』法則が発動する為には、他力本願的に望み願うだけではなくて、自らその目的の実現を目指して行動することが求められます。
また、幾ら望み願う思いが強くとも、自他共に認める位積極的に行動していても、思ったように事態が進展していない――その様に感じることもあるでしょう。
しかし、求める目的を達成する難易度が高ければ高いほど、より多くの努力が求められます。
また、自分が求める形とは異なる形で目的が果たされたのに、それに気付かない場合もありますし、その目的の達成がその人の霊的成長に悪影響を及ぼすと予想される場合は、幾ら努力を重ねても目的を達成できない場合もあります。
ですから、ただがむしゃらに目的達成の為に努力するだけではなく、ご自身の望みや行動について客観的に振り返る機会を持つことも大切です。

「そう口で言うのは簡単だけど、実際に行なうのは難しい」と言われる方もおられるでしょう。
しかし、習慣として自然には行えなくとも、時々意識してご自身の望みや行動について振り返るだけでも、その目的を達成するまでの道程はかなり短縮出来ると実感しております。

【Silvercord】管理人 

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