2010年10月27日水曜日

死後の世界と霊界の住人

今回は、記事【『中華思想』蔓延っているから中国は発展できない】のコメント欄からお寄せ頂いた匿名様の質問について、『日本を管理している霊団』の皆様の回答を預かりましたので、ご紹介したいと思います。





■ 匿名様の質問

(前略)

あともう少しだけお伺いしたい事があります。鄧小平さんに限らず霊団の方々や神様と呼ばれる方のご意見が聞ければと思う次第です。ただし単純な私的好奇心からの質問ですので管理人様や冷媒様、霊団の皆様の手を煩わせることになるならどうぞ放置して下さい。
まず霊界と呼ばれる世界で生活される方にとって私達現世の人間の命とはどのような位置づけなのでしょうか。動物たちの意見を聞くことは出来ませんが少なくとも人間は死ぬことに対し恐怖を覚えます。私自身も死ぬことへの不安や恐怖を持ち合わせています。ところが霊団の方々のお話を伺っていると特別な事情を持つ方以外は何の苦もなく死を受け入れているように見えるのです。生死の区別がないと言えばいいのでしょうか生前の生活の延長線上を普通に歩んでいるかのように思えます。
それ程までに境界のない世界であればなぜ霊界から中国へのエネルギー支援を止めたり、また日本やバチカンで天皇や法王を置いてエネルギーを与えたりと手間隙かけて人間を成長させようとするのでしょうか。現世においては寿命というものが生命は勿論、物質や宇宙そのものにまで与えられているので限られた時間を有効に使わねばならないのは仕方ないですが、悠久と思われるそちらの世界では事を急く必要もなく地球人類が滅びれば次の星で生命が育まれるのを待てば良いだけではないのかなと不思議に思うことがあります。
もちろん現世に生きる者として支援なんか要らないと言ってる訳じゃないです。どこかで私達を見守ってくれる事への安心感は本当にありがたいです。今後とも宜しくお願いします。





■ 日本を管理している霊団の回答

「皆様の世界と私どもの世界の境界はきちんとあります。
だからこそ、皆様と私どもは物質的に相容れる事はありません。
ですが、皆様の暮らす世界も私どもが暮らす世界も、みな同じ法則の下に存在しているという事に変わりはありませんので、境界を感じさせないのかもしれません。
死を迎えるということは、これまで過ごした世界での学びが終了した証しであり、とても喜ばしいことであります。
死を迎えることは新たな学びへの出発を表しており、死ぬことで全てが終わるわけではありません。
今まで学びを与えてくれた肉体を失う―――それが、私どもの死に対する理解の仕方です。
肉体を失うことで、生きておられる皆様からはその存在自体を五感で感じ取る事出来なくなるために、とても悲しい気持ちになるのです。
ですが、亡くなられた方は肉体という制約から解放されているので、皆様の存在を感じる事ができます。
何れ再び、大きな制約を課せられる肉体を有する世界へと赴かない限りは、その想いは常に皆様と共にあることができるのです。
ただ、何の苦も無く死を受け入れておられるのは極少数の方です。
死を受け入れるまでには、皆様、多くの時間を費やしておられます。
事前に霊界に関する知識を有しておられる方でないと、なかなか死を受け入れることは難しいようです。
私どもが死後の目覚めと表現しているのは、死を受け入れ新たな目標へと活動を始めた方々のことであり、死を受け入れる事ができる状態になるまで意識が無いというわけではありません。
大抵の場合は死後5~10年の間は自分の死を受け入れる事ができず、悩みの時期が続きます。
それまでに過ごしてきた世界を離れるという事は、それほどに大きな決意を必要とするのです。
ですから、すぐに死を受け入れられる方のほうが稀であり、死後すぐに目覚めるという事は、その方に余程大きな目標や決意がなければとても難しいことであるといえるのです。
死に対して、皆様必ずと言ってよい程「理屈としてはわかるけれども感情がついていかない」という悩みを抱えるようです。
一つの学びを終え新たな学びへと歩み出すまでには、皆様それぞれに悩みを持ち、苦労をしておられるのです。
それらの苦労を感じさせないという事は、その方が悩みの中からご自身なりの答えを見つけたからなのでしょう。
悩みの中から新たな目標を見出し、それを成し遂げようと集中しておられるからこそ、簡単に死を受け入れてきたように思えるのかもしれませんね。

私どもも皆様と同じ、多くの学びを必要とする存在です。
皆様が今学んでおられる事をほんの少しだけ早くに学び、知識や知恵を備えているだけなのです。
私どもにも、今以上に知りたいことや学びたい事が数多く存在しております。
それらの学びを得るための一つの経験として、今は皆様の世界を正常に運営するために管理者としてのお役目をいただいております。
私どもは決して完成された存在などではなく、皆様と同じように学びを必要としている存在であるのです。
知っている事よりも知らないことの方が数限りないほどですから、皆様と接する中で多くを学びたいと思うのは自然な欲求であると思います。
皆様よりもほんの少しだけ多くを経験し、ほんの少し多くの知識を有しているだけなので、皆様が思っておられるほどに遠い存在では無いのです。
皆様と共に学び、共に成長する喜びを感じている―――それが私どもの姿なのです。」

(2010年10月26日)





重ねて強調しておきたいのですが、霊界の住人も皆霊的成長を目指しており、それは私たち人間と同様です。
但し、霊界の住人と私たちとでは、現段階の成長度から見た“必要な経験”が異なるために、それぞれが必要な経験を積む際に都合の良い環境に置かれております。
私たちが肉体に宿って物質世界での経験を積むのと同様に、当Blogでご紹介する霊界の住人の皆様は、この世界が私たちの霊的成長を促進するに相応しい状態に置き、また時には直接私たちとの意思疎通を図って、私たちの霊的成長が促進されるように働きかけます。
その活動から得た経験が、彼らの霊的成長を促進させるからです。

また、本家サイト『銀の紐を越えて』掲載の下記記事が参考になると思いますので、合わせてご覧下さい。
【環境問題の本質について(メッセージ54)】(様々な境遇に置かれた動物の命について)
【中絶されてしまう子供たち(メッセージ58)】(生まれてくる事ができない命の意味)
【肉体を失った後(メッセージ59)】(人間としての人生を終えた後について)
【命を尊重すること(メッセージ79)】(命について考えてみましょう)

【Silvercord】管理人 

10 件のコメント:

  1.  丁寧な回答を頂きありがとうございます。死の先にもまだまだ学ぶ事があるとは不思議な感じですが面白そうな世界ですね。そちらの世界に早く馴染み更に成長したければこちらの世界で学べる事を一生懸命頑張りなさいという事なのでしょうか。
     今回質問させて頂いた後も自分なりに考えてみました。天照大神が天皇にこの国の統治を信託されたスタイルと天皇が私達に国の運営を任されたスタイルというのは相似形ではないのかなと考えてみました。今回頂いた回答に霊界の方々と人間には似た部分があると聞き、いわゆる大御心と大御宝の関係というのは「繋がり」の相似形の本質なのではないかなと思いました。日本人限定な考え方かもしれませんが天皇と国民の関係の本質を得る事が出来れば相似形である神様と人間、霊団と人間、神様と霊団の関係をより理解しやすくなるのではないかなと。神様、霊団と人間の関係にあっては相似というよりも数学的な4次元像を3次元に投影させた影のような気がします。頓珍漢な感想しか書けないですが考え方の幅が少し拡がった気がします。ありがとうございました。

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  2. 10月28日1:56投稿の匿名様

    『相似形』とは、なかなか興味深い点に注目されたと思います。
    この世の中には、一見全く関係がないように感じても、更に詳しく観察するうちに「互いに似通っているように見える物事」が数多く存在します。
    そのうち、互いに似通っているというだけではなく、それらに共通して作用している法則性が垣間見えるようになってくると、私たちの住む世界はもとより、霊界に付いての理解も深まって参ります。
    霊界に付いて考える際に、私たちの身の回りの出来事に例えて考える事が出来る様になるからです。

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  3. 『相似形』について
    割り込みコメントです。
    キリスト教でいわれている「神は人を自分に似せておつくりになった」といったような話は、もともとマクロからミクロまでその構造やら、法則やら・・・物事の在りようのことではないかと、十代の頃に考えていました。(通っていた学校にキリスト教概論があったので)大人になるに従って、それが本当にそういうものなのだな~と思わずにはいられないことが増えてきました。そうやって考えるとこの世の中って、かなり面白いです。(面白がってばかりいてもいけないのかもしれませんが)

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  4. baseheat様

    『聖書』の中に、イエスに対して弟子たちが「なぜ譬えでお話になるのですか」と問う件がありますが、それに対してイエスは何と答えたのでしょうか。
    私たちが見て触って確認できない世界についての理解を深めるための方法を、イエスは既に周囲の人々に示していたのです。

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  5. baseheatさん
    今回質問させて頂いた者です。当方はキリスト教は基より宗教について余り勉強せず理解出来てないのですが、本物の宗教の根幹、教えというのは霊的な成長を果たす為にはどう生きればいいのかという事に帰結するのかなと思いました。かといって私自身は霊的な成長を果たすことのメリットは何かと言う問いに答える事はできません。霊団の方々も向学心に喜びを覚えていらっしゃるようなので似たようなものなのかなと想像します。「マクロからミクロまでその構造やら」これもまた物質的な物の見方しかできないのですが今のところ超マクロな存在である宇宙を構成するのは超ミクロな事象を説明する為の量子力学が必要であり、重力や電磁気力強い核力弱い核力という細分化された力もお互いとても似た数式の形を持っていることからも科学も行きつく所は宗教的なこの世の理と同様の事が言えるような気がします。天才数学者、物理学者と呼ばれた方々にとって霊界というところはパラダイスなんじゃないかなと思います。

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  6. Silvercord manager様
    毎度、ありがとうございます。そうですね。譬え話は、準備の出来ていないものには見ることも、聞くこともできないように・・・でしょうか。見るものがあっても見えず、聞けるものがあっても聞かず、せっかくの教えを無にしてしまうと。イエスさんは、分かる者にはきちんと説明をしたとありますね。一番最初のキリスト教体験は小学生の時の日曜学校でしたが、教会にしか神様は居ないという話にあきれて行かなくなりました。中学生頃まで家族で明治神宮に初詣していたので、その影響があったのかもしれません。聖書は書物として時折読んでいます。キリスト教概論のテストの時などは、自分なりの解釈を答案に書いたりしてました。その頃からイエスの体験したこと語ったことは、キリスト教団体が教義とすることとは別なのだろうと思うようになりました。
    聖書に書かれていることは改ざんされている・・・と言われていますが、それでも真理の片鱗はちゃんと読めば理解できるように思います。翻訳物でも。
    ※元書き込みの最後にありました本家サイトの掲載、ちょうど自分の参考となるものでした。ありがとうございます。長谷寺の観音様にも何かの折がございましたら「ありがとうございます」とお伝えください。

    10月30火9:19の匿名様
    コメントありがとうございます。私の感覚では、霊的な成長を果たすことは「メリットの有り無し」というよりも命題(命の題目)のように思います。得か損かということではないような・・・。子供がいつか大人になるようなものです。成長せずに留まっていたいと望む自由もありかもしれませんけれど。
    科学とオカルト・宗教は反目するかのように思う方々は多いですが、もともとこの世の真理を求めるということでは登り方が違うけれど同じ山を目指していますね。科学の方が物質偏重で来ていましたから(それも必然なのでしょうが)、これからより目に見えない世界側へと舵取りがされて、いいバランスをとれるのではないかと勝手な期待をしています。

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  7. baseheat様

    教会とは神社・仏閣と同様に、霊界の住人が私たち人間に対して様々な働きかけを行う際の活動拠点としている場所です。
    他の場所と比べると霊界に近く、霊界側にもその施設の秩序を維持する霊(神社で言う御祭神のような存在)がおります。
    ですから、「教会にしか神様は居ない」との見解は正解ではありませんが、全くの誤りかというとそうとも言い切れないのです。
    霊媒Mと私は、これまでに霊的スポットとしての神社・仏閣を紹介して参りましたが、キリスト教の教会やその他の宗教的施設についても、今後機会があれば紹介していきたいと考えております。

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  8. Silvercord Manager様
    誤解を生むような書き方だったでしょうか。すみません。
    その頃の私の認識では、神社仏閣、教会他、霊峰、滝などは、力が降ろしやすく人が認識しやすい目安処であって、本来「どこにでも居る」でした。

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  9. 基本的な言葉に関してなのですが、質問させてください。

    日常でしばしば「成仏する」という言葉を使いますが、
    もしこの言葉を使うとすると、
    自らの死を受け入れる目覚めの時までは、
    成仏していないという事になるのしょうか?
    目覚め=霊界に行くという捉え方であっておりますでしょうか?
    目覚めるまでの魂は地上界に滞在しているのでしょうか。

    私も頭の中では、死は終わりではなく
    学びの一つの通過点であると、わかってはいるつもりですが、
    その時が来たらやはり受け入れるまで時間がかかるだろうと思います。
    中川昭一さんは死後すぐに目覚められたという事ですが、
    それは非常に稀な事なのですね。
    政治家の方々(勿論全員ではないにせよ)は、
    国の行く末を案じておられるのだなと改めて考えさせられました。

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  10. 11月7日0:47投稿の匿名様

    以前投稿した記事【輪廻転生について】及び【輪廻転生について(その2)】をご覧下さい。
    特に、【輪廻転生について(その2)】のコメント欄では、当Blogとして「成仏する」という言葉の意味を定義しております。

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